失敗に学ぶ
~専門家に聞きました!   現地で役立つ人間関係のコツ

今月のテーマ:変えられないことが多すぎる

今月のお悩み

▶カリキュラムが変えられない以上、何をやっても無駄に感じます。(幼児教育/男性)

   派遣国のカリキュラムは、幼児教育であっても、小学生のように文字や数字を覚えさせることが多いです。数字も1、2、3と復唱方式で暗記させます。先生たちも「教える」に特化していて、子どもたちと遊ぶといった感覚はなく、スカートやヒール姿です。そうした中で一人の隊員が何をやっても無駄なのではと、やる気を失っています。

今月の教える人

坪川紅美さん
坪川紅美さん
マレーシア/幼稚園教諭/1988年度2次隊・大阪府出身、JICA海外協力隊技術顧問(幼児教育)

マレーシアにおけるJICAの技術協力プロジェクト「全人教育推進プロジェクト」幼児教育短期専門家。ピアジェ理論(※)を土台に、子どもの発達に視点をおいた保育実践の在り方について、国内・海外で現場の先生方と模索している。

※ピアジェ理論…スイスの心理学者、ジャン・ピアジェが提唱した認知発達の理論。乳幼児期から青年期までを四つの発達段階に分け、子どもが能動的な行動から認知を発達させていくことを説いた。

坪川先生からのアドバイス

▶目に見える成果は出ないものと割り切って。
カリキュラムにつなげられる遊びがあれば、提案してみましょう。

   幼児教育が根づいていない国に派遣される隊員に、派遣国のカリキュラムを変える力はありません。そこで、カリキュラムに遊びを織り交ぜられることはないかと考えたヨルダンの隊員が、アラビア文字を書く際によく使う丸(〇)に着目し、「いろんな色でシャボン玉を描いてみよう」と、遊びとカリキュラム(〇を描く字の練習)を結びつけた好例があります。「シャボン玉を楽しく描いていく過程で、子どもたちは〇を描けるようになり、それが結果的にアラビア文字の練習につながる」ことを提案すれば、現地の先生もやってみようという気になりますね。

   こうした視点で考えていくといいかもしれません。例えば数字を学ぶ時。派遣先の先生は復唱方式で教えますが、1、2、3…と数字を暗記させても、幼児に数字の概念は伝わりません。子どもたちは正直ですから、つまらなければ集中しませんし、騒ぎだしてしまう子もいるでしょう。でも、「そこの落ち葉からきれいな3枚を選んできて」と子どもたちに投げかけるだけでも、数を学ぶ機会になるのではないでしょうか。日常生活の中に数量が含まれているものはたくさんありますから、「ままごとのような環境を整えるだけで、子どもたちが数量を体感できる」といった説明をすれば、先生たちの協力を得られやすいと思います。

   幼児期には幼児期に適した学び方、つまり、「遊びを通じた学び」があります。例えば、派遣先で隊員がそれを実践した時、「遊ばせるためにお金を払っているのではない」と、保護者が怒ってわが子の通園を辞めさせようとしたものの、子どもが泣いて抵抗したため、保護者の意識が変わったという話を聞いたことがあります。 「うちの子が『今日は日本人の先生が来て、こんなことをやった』と笑顔で話してきた。こんなことは今までなかった」と保護者が言ってくることもあるそうです。

   このように、子どもが目に見えて変われば、保護者だけでなく、先生の意識も変わっていきます。一人でも隊員の活動に共感してくれる先生が出てきたら、そこを突破口として周辺の園の先生方を集めたワークショップを行うと、次の活動に発展しやすくなります。先生方にもライバル意識がありますから、「あの先生がやるなら、私もやるわ」と、一気に各園に広まる可能性もあります。

   とはいえ、初代の隊員は特に、派遣先の変化を感じるような活動がなかなかできず、落ち込むことが多いと思います。私も技術顧問として、「先進国の幼児教育を紹介する本はたくさんあるけど、途上国の幼児教育を紹介する本はない。あなたの報告書が次の代につながっていくと思って、自分一人ではびくともしない岩があったら、そのことをしっかり報告書にまとめてほしい」と伝えています。

   一方、隊員自身は「何もできなかった」と思っても、変化が起きていることもあります。

   スリランカに初代で派遣された男性隊員の話です。女性の先生方から「私たちの仕事は教えること。だから子どもたちと一緒に遊ぶなんてできません」といった対応をされる中、彼は毎日子どもたちと遊び、その姿を先生方に見せていたそうです。当然、園の子どもたちは見違えるように生き生きしてきます。

   すると任期終盤頃、いつもスカートにハイヒールを履いていた女性の先生が、パンジャビドレス(パンツ姿)にローヒールの靴を履いて登園してきて、「これから、体操がある日はこの服で来るわ」と言ってくれたというのです。ある隊員が「自分たちは先生と子どもたちがいい関係を築けるようにする黒子の役割だ」と話してくれたことがありますが、まさに彼は黒子の役割を果たしたと思い、感激しました。

   協力隊員時代の私もそうでしたが、変えられないことばかりでやる気がなくなった時には、隊員同士で集まって、おいしいものを食べながら愚痴を言い合ってストレス発散しましょう。何代も隊員が根気よく巡回して、少しずつ少しずつ幼児教育のイメージを広げていくことが、将来的な成果につながると信じ、踏ん張ってみてください。

Text&Photo=ホシカワミナコ(本誌) ※質問は現役隊員やOVから聞いた活動中の悩み

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