任期終盤になると特に、目に見える活動成果を残さねばと焦ることもあるでしょう。
しかし何を持って成果と考えるか、どの段階で判断するかなどで成果の捉え方も変わってきます。
4人の先輩隊員に活動を振り返っていただき、成果の捉え方についてアドバイスをもらいました。
心理カウンセラー、心理カウンセラー養成学校運営。NECに勤務しながら協力隊に現職参加。帰国後は、広報部社会貢献推進室に勤務。2010年に退職した後は、心理学の道に進み、現在に至る。
皆でスペイン語に訳して作り上げた指導書
協力隊の隊員たちが、なぜ成果を出さなければいけないと焦るのか。それは「自分の2年間が無駄でなかったと思いたいとか、自分がここにいたことに意味があったとか、派遣国のために何か残したいといった思いがいつの間にか生まれてしまうからではないか」と話すのは、2008年度のモルディブの陸上競技隊員、現在はJICA青年海外協力隊事務局で働く後藤大祐さん。
しかし自分のいた証しを任地に残せたかどうかは、その時にはわからない。「派遣から30年以上たってわかった」と話すのは1986年度に水泳隊員としてコスタリカに赴任した磯野美子さんだ。
当時のコスタリカからの要請は、シンクロナイズド・スイミングのナショナルチームの選手の育成。20代の磯野さんが任地に赴いて驚いたのは、選手希望の人たちが自分と同世代の20代だったことだ。「シンクロの選手は体力的なこともあって、10代が花なんです。私自身、中学生から始めました。20代では遅すぎる。しかもコスタリカの選手希望の人には泳げない人もいました。選手育成は難しいと感じて、赴任して早い段階で、活動目的を指導者育成に変更しました」。
磯野さんの活動場所は、首都のサンホセとカルタゴの2カ所の学校。
「とにかく生徒たちに見る目を養ってもらいたくて、日本から持参したビデオやテキストをフル活用しました。テキストは生徒と一緒にスペイン語に訳していき、オリジナルのテキストに作り変えました。また水中スピーカーや水着も手作りしました」
磯野さん自身、選手経験はあっても指導者は、ほぼ未経験。試行錯誤しながら同世代の指導者を育て、生徒たちが指導した子どもたちの大会を開催することができたのが帰国直前。帰国後は、見込みのあるカルタゴの生徒一人を日本に招き、1年間のトレーニングを行った。
また、一般社団法人協力隊を育てる会が主催する「視察の旅」のつき添いで現役隊員の親たちを任地に連れていくため、帰国1年後にコスタリカに里帰りしたが、その時の現地の状況は「それなりにやっていたので安心しました」。その後は元の会社に復職、25年間勤めた後、心理学の道へ。そんな磯野さんに、思いがけない人から連絡がきたのは2020年のことだ。
「インドネシアでシンクロを教えていた現役隊員の女性から、私に会いたがっている女性がいると私のSNSに連絡が届いたんです。会いたいと言ってくれていたのは、かつてサンホセでの生徒だったクリスティーナ。彼女は、なんとコスタリカのナショナルチームのコーチになっていたんです」
隊員時代の磯野さん(手前)。サンホセの生徒たちと
驚きと共に嬉しさが湧き起こったが、〝クリスティーナ〟という名前を聞いても、すぐには顔を思い出せなかった。それぐらい目立たない生徒だった。しかしクリスティーナとつながったおかげで、磯野さんは23年3月にコスタリカへ30年以上ぶりに里帰りし、クリスティーナをはじめ、当時の生徒たち20人近くと再会した。
「まずクリスティーナが教えているところを見学させてもらい、びっくりしました。私は水の中でカウントを取る時に、はしごに金具をカンカン当てていましたが、それと全く同じやり方をしていたのです。その後、開かれた懇親会の席で、かつての生徒一人が持参した箱を、宝箱のように開けてくれたんです。そうすると当時の教則本や新聞が出てきて……、ずっと大切にしまってくれていたことに感激しました」
クリスティーナによると、現在コスタリカのシンクロチームは4チーム。そのアクロバティックな競技レベルは、磯野さんが教えたレベルをはるかに超えていたという。
同年夏、クリスティーナはコスタリカのナショナルチームと共に、世界水泳選手権2023福岡大会に出場するために来日を果たした。
コーチになったクリスティーナと再会
振り返ってみると、磯野さんが力を入れて教えて日本にまで送り込んだカルタゴの生徒は芽が出ず、思ってもいなかったクリスティーナというサンホセの生徒から芽が出て育った。
「結果的に全く意図していないところで成果が出たわけです。しかも、それがわかったのは30年以上たってから。クリスティーナは『ヨシコは愛を持って育ててくれた』と言ってくれましたが、その時はただ一生懸命やっていただけ。当時は成果といえる有形のものを残すことはできませんでしたが、このように無形のものは残すことができていたんですね。そして、そこで教えていた生徒が、私が教えたレベルをはるかに超えてコーチになったなんて、信じられません」
人を育てるというのは、子育てと同じで、すぐには成果が出ない。だからこそ、現地の人と共に育ち合うほうが楽しいと力を込める。
「私は生徒たちと同世代ということもあって、よく一緒に遊び、よくけんかもしました。互いに育ち合ったという感覚が強いですね。結局、成果を追い求めると、どんどん視野が狭くなっていってしまう。精いっぱいのことをやっていれば、何か残すことができるかもしれないし、やがて思いがけないギフトがもらえるかもしれません」
つづく(後藤大祐さんのページへ)Text=池田純子 写真提供=磯野美子さん