編集室 JICAボランティア事業を黒子として支えてきた皆さんに、ここからは現役隊員へのアドバイスをお願いしたいと思います。まず基本となるのは心身の健康ですよね。体調管理法などがあれば教えてください。
太田さん 健康管理員(HA)が常駐している在外事務所もあります。彼らは健康の専門家なので、自己管理を基本としつつも、体調面で何か不安なことがあれば相談してください。
生活面では、私の経験則にすぎませんが、人間はやはり食が基本だと思います。現地の食事が合わないとか自分で作れないという理由で食が細っている人はみるみるうちに元気がなくなっていきます。またホームステイ先や同僚から「いつでも食事を提供してあげる」と言われているのに、自分の殻に閉じこもって行けない人もいます。孤立して体が弱ると考え方もネガティブになって負のスパイラルに陥りやすくなります。これは語学能力ではなく、性格やコミュニケーション能力の問題のような気がします。
榊原さん 現地に溶け込んで、何かあった時に必要な助けを得られる人は、隊員としての活動だけでなくプライベートも充実させている印象があります。スポーツなどを通して現地の人と親しくなりつつ、気分転換を図ることを心がけるとよいかもしれません。
プライベートでも現地の人々と積極的に関わり溶け込んでみよう(イメージ写真提供 飯渕一樹 本誌)
若井さん 気分転換は大事ですね。活動で悩んでいる時は、同じ地域にいる他の隊員からヒントを得られる場合もあります。その地域の情報は私たちVCよりも隊員のほうがはるかに持っていたりしますから。
一方で私たちVCから「先輩隊員の〇〇さんに相談してみたら?」と勧めることもあります。隊員の悩みを解決してくれそうな人=専門家なども含め、関係者とつなぐこともVCの役割だと思います。
渡邉さん 任期中、多くのVCが体調を崩さないように細心の注意をして、気を張ってると思います。
僕はベテランのVCから「常にフルパワーで仕事をしないこと」の大切さを教わりました。VCの仕事は膨大にあるけれど、気持ち的に余裕を残しておかないと想定外の事態に適切に対応することができなかったり、周囲への配慮が不十分になってしまうからです。常に100パーセント以上の力を出してしまいがちの方には参考になる考え方かもしれません。
PROFILE
中学からバドミントンを始め、社会人まで競技を続け、ヨネックス株式会社を退職後、協力隊員としてモルディブでバドミントン指導に当たる。帰国後、JICAボランティア事業に関わる仕事を続け、複数のJICA在外拠点にて企画調査員(ボランティア事業)と、青年海外協力隊事務局にて国内での支援に従事。現在は青年海外協力隊事務局課題業務・選考課にてIT、通信インフラ、エネルギー、商業・金融の担当に加え、スポーツ分野の総括を行い、これらの課題に関わる支援を行っている。
編集室 活動がうまくいくようなアドバイスも頂けますか。
榊原さん 隊員は何かしらの成果を出すために焦りがちですが、現地での生活を通して人々と交流し、特にすることがなくても配属先に顔を出す、それだけでも活動になっていると僕は思います。逆に言えば、さまざまな人に会って現地に溶け込まないと何も始まりません。活動に直接関係のない人との関わりも、地域では大きな意味があったりします。
渡邉さん 榊原さん、いいVCですね~(笑)。僕も同じ意見です。焦っていきなり活動を進めようとしても信頼関係は生まれないし、本当の意味で協力してくれる人は現れないと思うので、まずは周りの人と一緒にごはんを食べてゆっくり話をして、仲良くなることが大切だと思います。次第に、その人たちが何に困っていて、何に満足しているかがわかってきて、自然と体が動きだすと思います。
若井さん 村の人からお茶に誘ってもらったら行きましょう。活動状況にもよりますが、現地の風習であれば活動をサボっているという罪悪感を持つ必要はありませんし、いろんな人と一緒にお茶をして話すことで活動のヒントを得られたり、現地の人と意外なつながりが生まれると思います。
太田さん そして、活動が軌道に乗って忙しくなってきても毎日睡眠は十分に取ること。特に年齢が若い隊員の方は、土日も誘われるままに動き回り過ぎた結果、体調を壊してしまうことも少なくないので、無理は禁物です。
編集室 任期序盤から終盤まで、隊員はとにかくいろいろな人に会います。相手の名前と顔を覚え、自分のことも知ってもらうコツはありますか。
若井さん 積極的な人は紹介された人の名前をノートに記しながらどんどん現地の人間関係に入っていっています。でも、こちらが覚えるだけでなく、覚えてもらうことも大事ですよね。
渡邉さん 頑張って「覚えよう」とするのではなく、その相手に関心を持って接することが大切かなと思います。誰しも自分に興味を持ってもらえるのは嬉しいので、自然と名前を覚えてくれますよね。
在外事務所で一緒に働いていたNSは「あなたの両親や家族は元気?」などと、家族のことまで気にかけてくれていました。こういった会話の積み重ねでお互いのことを覚えていきますし、「この人は自分を深く知ろうとしてくれている、仲間なのだ」という感覚が芽生えていきます。僕はそのNSから敬意や関心をもって接することの大切さを教わりました。
太田さん 相手にとっても日本の名前は覚えにくいものなので、現地の人が覚えやすいニックネームで呼んでもらうのもいいかもしれません。
また、「おはようございます、〇〇さん」と相手の名前を呼んであげることで相手からも喜ばれますし、毎回口に出して呼んでいるといつの間にか名前は覚えていくようになると思います。
PROFILE
大学在学中、在ハイチ日本国大使館で在外公館派遣員として勤務。大学卒業後、国内での民間企業勤務を経て、協力隊に参加。カメルーンで水の防衛隊として住民の水衛生環境の改善活動に従事。2020年3月に、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、退避・一時帰国。その後、国際協力機構国内事業部外国人材受入支援室で国内協力員や国際協力推進員、JICAマダガスカル事務所で企画調査員(ボランティア事業)として勤務。現在は青年海外協力隊事務局参加促進課で募集広報業務を担当。
編集室 隊員からは「要請内容が現地で理解されていない」「インターンと間違われた」という声を聞いたりします。なぜここにいるかといった説明を含め、自己紹介の仕方についてアドバイスがあれば教えてください。
若井さん 「ここにはこんな課題があるから私がやって来た」という言い方をすると、現地のことを否定したように聞こえてしまいます。
誰だって自分が住んでいる地域や仕事のことを悪く言われたら気分が良くありません。言い方には注意が必要です。自分は派遣された国で受け入れてもらっているのだという謙虚な気持ちも大切だと思います。
榊原さん 村落地域では家族の絆がとりわけ強かったりしますから、いきなり活動の話などをせずに、自分のほうから日本にいる家族の写真を見せたりすると、思いのほか喜ばれます。先に自己開示をして信頼関係を築きながら、自分が来た目的などを話していくとよいのかもしれません。
太田さん 隊員が協力隊の役割や意義をすべての人に説明する必要はないと思います。その隊員がどんな活動をしているのかを周りが徐々に理解していけば、「あなたは何しに来たのか」なんて聞かれなくなっていくと思います。
渡邉さん 「自己開示」、とっても大切ですね。最初のうちはカウンターパート(以下、CP)とじっくり関係を築き、その人を通じてご自身や活動の目的などを伝えていくのもいいかもしれません。繰り返しになってしまいますが、相手に何かを伝えたい時に大切なのは敬意や関心、あるいは信頼だと思います。その意味で、懸け橋になってくれる方と仲良くなることはとても大切です。現地の文化と慣習を理解し、尊重しながら生活していると、属性ではなく、自分自身を見てくれるようになると思います。複数の隊員を見ていて、活動がうまくいくきっかけはそういうところにあるように思いました。
編集室 現地での人間関係がうまくいかず、苦しい思いをする隊員もいます。良い方法はありますか。
榊原さん 本音でぶつかってみることでしょうか。
ある隊員は体調を崩しがちになるほど活動に悩み続けていました。そこでCPに今まで悩んでいたことを洗いざらい話して「日本に帰りたい」と大泣きした結果、CPに考えていたことが伝わり、関係性が一気に良くなったそうです。現地での活動も進むようになりました。
若井さん 隊員とCPなどの関係が悪化した際、お互いに言いたいことを吐き出す機会をつくるために、私たちVCが間に入ることもあります。
聞いてみると、気持ちが擦れ違ったきっかけはほんのささいなことだったりするんです。現地の人からは「(大切なおもてなしの文化である)お茶や食事に誘ったのにあなたは断ったじゃないか」とか「最初に挨拶に来なかった」、隊員からは「お願いしたことをやってくれなかった」といったことですね。
本音をさらけ出して話をすることで信頼関係が生まれたり、CPがサポートしてくれる範囲とそうでない範囲の区別がついたりするものです。
編集室 逆に印象に残っている、隊員の成長の例はありますか。
榊原さん 成果品で言うと、各国の隊員が作り上げてきたものはたくさんあり、そのリストが在外事務所で隊員向けに公開されていたり、リスト化されていなくても、VCに聞けば教えてもらえると思います。
赴任していたマダガスカルでは、事務所に料理のレシピ本や「買い物すごろく」などの過去の成果品を集めたキットが置いてありました。有名なものでは、マダガスカルの人気歌手と隊員が一緒に作ってヒットした「手洗いソング」などがあります。こうした成果品はいろんな隊員が関わりながら引き継がれていたりして、隊員同士の横のつながりをつくるツールにもなっています。
使い方は「JICA海外協力隊の世界日記」にも記載があります
(画像提供=JICAマダガスカル事務所)
若井さん ラオスでは、隊員の活動がJICAの技術協力プロジェクトにも発展しました。
ラオスは乳幼児死亡率が高いことで知られる国の一つで、特に未熟児などは放置されて死亡していました。そのことに問題意識を抱いた一人の隊員が同じ助産師職種の隊員に相談しミーティングを重ね、やはり国全体で意識を変えないといけないという話になり、専門家に相談し、保健省主催のワークショップを開催しました。
この活動が最終的にJICAの技術協力プロジェクトに発展しました。歳月が必要でしたが、隊員が現場で見つけた課題への行動が発端となり、大きな取り組みへと広がっていきました。こんな可能性も信じながら隊員の活動を支えていくことがVCの仕事だと思っています。
編集室 協力隊後にVCを目指す方もいると思います。最後に、仕事のやりがいと共にどんな人が向いているかを教えてください。
太田さん 最初はとにかく世話が焼けた隊員がたくましくなって、2年後の活動報告会ではその国の人たちに堂々と感謝の言葉を述べていたりします。そういう姿を見るとホロッとくることも多く、VCをやっていてよかったと思う瞬間です。
榊原さん 隊員は現地での活動を通して次第にたくましくなっていきます。「協力隊員になっていく」と表現できるのではないでしょうか。
その姿を傍らで見られるのは何にも代え難い喜びです。自分が直接にではなく、隊員を通して国際協力をしているというのも僕の性質に合っています。今後もチャンスがあれば、VCとして隊員と関わっていきたいです。
渡邉さん VCはすごく楽しくて充足感のある仕事なんだと思いますね。隊員と現地の方が一体となって活動し、お互いの境界線がなくなるくらいの信頼でつながり、人間として成長するプロセスを間近で見られるわけですから。一人ひとりにユニークなストーリーがあって、面白いんです。イレギュラー対応ばかりで大変な仕事なんですが(笑)、そういうものが一瞬で吹き飛んでお釣りが来るくらい、やりがいのある仕事だと思いますね。
若井さん 協力隊員としては「素人さん」だった人が、現場に入って模索して少しずつ成長していきます。次の隊員が3カ月後に来ると、「私はまだ何も活動できていないのに」と焦りを口にする人もいますが、そんなことはありません。1年後にはすっかり現地化して、習慣も身につけ半分ぐらいその国の人になっていたり(笑)。そういう姿を見られるとVCも元気をもらえます。
主役はあくまで隊員ですので、VCは裏方として人を支えることに喜びを見いだせる人が向いていると思います。
太田さん 向いている人の条件は、何より協力隊事業が好きであることだと思います。それがないと、現地で大変な時に乗り越えられません。調整役としての能力も必要です。自分が主役となって活躍する専門家と違い、VCはそういう人たちの活動を黒子として下支えするような役割です。
榊原さん 僕は元々JICA技術協力プロジェクトなどの専門家志望だったのですが、隊員時代に他の隊員が情熱をもって活躍する姿を目の当たりにして、協力隊事業の素晴らしさを感じて黒子役であるVC志望に変わりました。
渡邉さん 僕はいろんなタイプのVCがいていいし、いたほうがいいと思っています。多様性はこの事業の特徴の一つですし、自分にない視点を持っている人が与えてくれる気づきの連続が、よい事業を持続させると思うからです。VCは修士号を求められませんし、一定の語学力と健康体であれば応募することができます。たくさんの意欲ある方がVCを目指すような、そんな事業であり続けてほしいなと思います。
太田さん VCは想像以上にさまざまな業務を求められるので、いろんなことをやりたい人に向いていると思います。自分は好奇心旺盛だと思う人はJICAの公募ページを参考にしてぜひチャレンジしてほしいです。
▶コミュニケーション能力(ファシリテーション能力、語学力・交渉力、ボランティア事業のプロとしの意識およびバランス感覚、チームプレーヤーとしての協調性)
▶開発に関する情報分析能力・課題解決能力・専門的な知識
▶健康と自己管理能力・安全管理能力
▶事務処理能力
出典:「2023年度第2回企画調査員(ボランティア事業)募集要項」より
Text=大宮冬洋 Photo=ホシカワミナコ(本誌)