協力隊時代、診療所で乳幼児の体重測定の補助をする東海林さん
サウナの中で草木の枝葉を束ねたウィスクを用いて全身をトリートメントし、発汗やリラックスを促すウィスキングなど、さまざまなサウナプログラムを行うサウナのプロ=サウナマスターの東海林美紀さんが、エイズ対策隊員としてニジェールに赴任したのは、今から約17年前のこと。
「大学時代は国際協力NGOでインターンをしていて、公衆衛生の大学院に進む予定でした。その前にフィールド経験をと思っていたところ、知人に協力隊にエイズ対策という職種があることを教えてもらい、応募しました」
当時は、国際的に「アフリカでエイズ対策を」という機運が高まっていたことから、東海林さんは、ニジェールの初のエイズ対策隊員となった。
「診療所やNGOで村の人たちの支援をしつつ、不定期に国のエイズ対策委員会やアーティストたちと組んで啓発イベントの企画と運営をしました。初のエイズ対策隊員で、しかも一人。村から国まで、たくさんの人と幅広く動けたことはとても勉強になりました」
写真絵本『世界のともだち 28 エチオピア ナティはたよれるお兄ちゃん』の撮影で行ったエチオピアで
とはいえ、活動としての立派な成果を出したいと思っていたわけではないと言う。「私は現地の人たちと衣食住を共にして、観察していただけです。ニジェールは暑さも生活の厳しさもケタ違い。人が生きていくこと自体が大変な国です。女性の地位は低く、男性に自分の意見を言うことが難しい。『コンドームをつけて』と頼むこともできず、HIVに感染した夫から知らない間に感染させられるケースもありました」。
赴任当初は、帰国したら組織の中で公衆衛生に関わるつもりだったが、ニジェールで過ごすうちに、アートやコミュニケーションという手段で、人々との行動を変え、暮らしを豊かにする手伝いをしたいと思うようになった。
「ニジェールの女性たちは我慢強く、しなやか。過酷な環境も『神から与えられたもの』と受け入れています。そういった女性たちが単色の衣装を着て、アフリカの夕日に照らされている姿は、見ほれるほどに美しくて」
スチームバスの中でウィスクを使ってのサウナプログラム
そんな女性たちの姿を撮影するために、隊員活動を終えて、またアフリカに戻った。2カ月間の滞在後、写真展を経て、東海林さんのフォトグラファーとしてのキャリアがスタート。インターンをしていたNGOと業務契約し、フォトグラファー兼ライターとして世界中を巡ることになった。時代はチャリティブーム。さまざまなメディアの人たちと関わるうちに仕事の幅も広がり、フリーランスに。海外の写真絵本を一冊任される仕事も入ってきた。
「土地の人たちと一緒に暮らしているかのように撮影する私のスタイルは、間違いなく協力隊時代に培ったもの。そこになじむことができれば、ありのままの姿を伝えることができます」
サウナとの出合いは約9年前。撮影で訪れたフィンランドで、初めてサウナに入って衝撃を受けた。 「サウナは熱くて苦しいというイメージ。でもフィンランドで入ったサウナは、静かで暗く、温泉のように熱が重く、気持ちが良くて。大自然とつながる体験でした」。その後、3回立て続けにフィンランドに行く機会があり、3回目にはサウナを追究していきたいと確信。そこからは撮影で海外に行く際に、その土地のサウナもリサーチするようになった。
左:『世界のともだち』シリーズ(偕成社)や右:『現地取材! 世界のくらし』シリーズ(ポプラ社)など著書多数
「サウナというのは、もともと人を癒やすもので、昔から世界中にあります。そこで健康とは何か、といった公衆衛生に立ち戻ることになりました」
そしてサウナのプロとして、人の健康(ウェルネス)のために携わることになった。「ボディ、マインド、スピリットの三つのバランスが取れて健康といわれますが、スピリット=魂、信仰の部分も大切です。昔から行われてきた癒やしの儀式を、どう21世紀にアップデートしていけるかを探っています」。
現在はサウナマスターとしてウェルネス分野で活動しながら、写真家として撮影を続けている。国内外のさまざまな土地に滞在し、衣食住に触れながら、本を作り、サウナにいろいろなアプローチで関わっている。
「私が追い求めているのは、健康に生きるとは何かということ。私はニジェールで、ただ現地の人々と共に暮らしながら活動していただけですが、点が線になっていくように、自分の人生に起こるすべてのことがつながっていくことを実感しています」
▶山形県鶴岡市に生まれる。
「日本有数の米どころで、周囲は見渡す限り田んぼ。山や海も近く、山岳信仰が残り、自然を身近に感じながら育ちました。アフリカでの国際医療協力の写真を見たのは、小学校6年生の時。将来はアフリカに行きたいと思い始め、協力隊のパンフレットを自分で取り寄せた記憶があります」
▶2006年、大学3年時から国際協力NGOでインターンを行う。
「大学は法学部でしたが、公衆衛生や女性の人権に興味があったことから、大学3年時から女性を支援する国際協力NGOでインターンを始め、研修を手伝いました。さまざまな国際医療協力のセミナーに参加し、たくさん旅をしました。協力隊に応募したのも、大学3年時でした」
▶2007年1月、駒ヶ根訓練所へ入所。
「訓練を経てニジェールへ。平日は診療所で母親を対象に乳幼児検診で家族計画や栄養の話をし、週末はNGOでHIV感染者のサポート業務をしました。啓発イベントは、大統領直属のエイズ対策委員会やミュージシャンやダンサーなどのアーティストと組んで企画していました」
▶2009年10月、帰国後にアフリカに戻り、フォトグラファーとしてのキャリアがスタート。
「ニジェールとガーナの女性たちの日常生活を撮るために、西アフリカに約2カ月間滞在しました。表現者として国際協力に関わった第一歩です。帰国後、写真展を開催し、女性として、また、母としてたくましく暮らす人々の姿を多くの人に見ていただきました」
▶2014年12月、フィンランドで初めてサウナに出合う。
「初めてフィンランドで体験したサウナは衝撃的な心地よさでした。もっとサウナを知りたい!とそこからサウナを追究する旅がスタート。サウナマスターとして国内外での活動をはじめ、大会の審査、ホテルやスパなど、さまざまなサウナ・ウェルネス関連の仕事に携わっています」
Text=池田純子 Edit=ホシカワミナコ 写真提供=東海林美紀さん