ストレスを抱えがちな活動中に、自分でできる心のケアが「ソリューション・フォーカスト・アプローチ」。
その手法について、元保健師隊員の羽地典子さんに詳しく伺いました。
講師 羽地典子さん
ヨルダン/保健師/1997年度3次隊・大阪府出身
「カウンセリングルーム・灯り」代表。保健師・看護師・公認心理師・産業カウンセラー。大阪市の保健所に7年間勤務後、協力隊でヨルダンに赴任。地方巡回しながら現地の保健センターの患者の実態調査のため、統計を取る、健康指導セミナーを実施するなどの公衆衛生活動を行う。帰国後は複数の企業で、健康管理室などの勤務を経て「灯り」を独立開業。
ソリューション・フォーカスト・アプローチとは、過去に起きた〝問題〟に焦点を当てるのではなく、自分がこうしたいと思う未来、つまり〝解決〟に焦点を当てることで、短期間に結果を出せる手法。アメリカで開発されたブリーフセラピー(短期療法)の一つだ。ポイントは3点。
❶ うまくいっていることは、変えようとするな
❷ うまくいってない時は、別の方法をしてみる
❸ うまくいっている時、それを繰り返せ
「うまくいっていることには必ず理由があります。それを評価し、スキル化すると、繰り返し使えて解決につながります。反対に、うまくいっていないのに、無意識に、同じことを何度も続けてしまっている時があります。うまくいってないのですから、少し他の方法を試してみるべきなのです」
この手法は、通常はカウンセラーが相談者の話を聞きながら解決策を引き出していく。
例えば、相談者が人間関係の悩みでカウンセリングを受けに来たとする。カウンセラーが「今日までに同じような悩みが人生の中でありませんでしたか」と聞き、相談者から「学生の時、大学教授と論文執筆の際に考えが合わなくて、しんどかった」という答えがあったら、それをどうやって乗り越えて卒業できたかを聞く。相談者から「その時は教授と仲の良い先輩に相談し、その教授が耳を傾けてくれる話し方のコツを聞いてから提案し直したりして、何とか仕上げました」という答えがあったら、「それは、とても良い方法ですね。今回の場合にもそれを使ってみるとどうなるでしょう?」というように提案して、考えを整理する。つまり、うまくいっていない時、目指す未来に向けた解決策を、今までの自分の経験から探していくのだ。
「うまくいっていない時に自分の考えに固執してしまって、そこから抜け出せない人は、『それは自分の考えや価値観であって、相手はそうは思ってない。自分と同じではない』ことを認め、何か違う方法をやってみることが大事なんです」
このソリューション・フォーカスト・アプローチをカウンセラーなしで自分で行うにはどうしたらいいか。自分の中で解決像が描けない時は、〝指針〟を持つとよいという。
「私の場合、訓練所で講師の保健師の方から聞いた『専門職種は自分の興味や関心で仕事をしてはいけない。きちんと統計を取り、統計からその地域に必要なことを選択して計画的にやりなさい』といった言葉が指針になりました」
以下、羽地さん自身の体験談をもとに、隊員に多い悩みに対して考え方を解説してもらった。
同じ協力隊員でも、気楽にやればいいと思っている人もいれば、自分の技術を派遣国に役立てたいと考えている人もいます。隊員全員で研修を受ける最初の1カ月の間に、その価値観の違いでストレスを感じる場合もあります。私もそうでしたが、特に真面目過ぎる人は、気楽にやっている人のことが遊び気分で来ているように見えてしまい、そうした人を許せない気持ちになってしんどいのです。
そういう時は、ポイント❷のように別の考え方をします。この場合の「解決(こうしたいと思う近い未来)」は、自分が派遣国で役立つ活動をするということで、皆が自分と同じ考えを持って行動することではないはずです。ですから、ボランティアに対する価値観は人それぞれで、押しつけてはいけない、自分の仕事は自分の価値観でやればいい、と自分を納得させましょう。任地でも、隊員同士のつき合いは大切です。話をしてストレス解消したり、病気の時に助けてもらったり、活動中は欠かせない存在となりますから、お互いの考え方の差異は気にしないようにしましょう。
「目指す未来=活動を進めたい」と思っていた私にとっても、ラマダンの約1カ月半は全く仕事が進まないので、気が重たくなる期間でした。現地の宗教行事や文化的な習慣は受け入れなければいけないとは思いつつも少しでも仕事を進めたいので、こちらから粘り強く交流しながら自分のやりたいことを伝えて少しずつ理解してもらうことに努めました。
例えば当時、私は健康教育の教材作りをしていたので、ラマダン中は手伝ってくれる人たちに自分のやりたいことを一生懸命話し、その人の持っている技術が必要なことをしっかり伝えました。そのことで、相手もそこまで言うならやってやるか、という気持ちになってくれたのだと思います。ラマダン中でも仕事を進めてくれる人が出てきました。ポイント❶と❸のケースです。ただし、たとえ進められなくても「ラマダンが明けたら進められるだろう」と、前向きに捉えることも大事と、カウンセラーになった今はわかります。ストレスは心の病になりますが、前向きに考えるクセがつくと自己肯定感が高まるからです。文化的な違いからくるストレスを一般化しないことも大切です。「アラブの人はこうだからダメだ」と思わず、「この人の考えはこうだけど、他の人はわかってくれるかもしれない」と部分的にプラス思考で考えるとよいでしょう。
私の場合は、アラビア語を読む、書く、話す、その習得が本当に大変でした。活動が保健指導や健康教育など対話が中心なので、コミュニケーションができないもどかしさで、当時はいっぱいいっぱいでした。しかし目指す未来は現地語が堪能になることではなく、活動を進めることなので、できなければできることをするという考え方にチェンジしました。ポイント❷のように、代替案を考えたわけです。セミナーで対話できない部分は教材を作り、医療用語のわかるカウンターパート(以下、CP)に概要を説明し、詳しい話はCPにしてもらいました。セミナーでは、ところどころで聞き取れた言葉だけ拾ってCPに意見を聞いてもらって、その意見をホワイトボードに掲示したりと、CPの力を借りて進めました。
派遣国の気候の厳しさに悩まされる隊員は多いでしょう。私の赴任したヨルダンは砂漠気候で、昼は暑くて乾燥しているけれど、夜はすごく冷え込みが厳しい。主な暖房手段はストーブでしたが、灯油が高くてなかなか買えず、ある時私は、ついに高熱で倒れてしまいました。当時は携帯電話の支給がなかったのですが、私を見かけないと心配した大家さんが私を発見し、近くの隊員に連絡してくれて、その隊員が首都の病院に同行してくれました。何日か入院して回復しましたが、大家さんや隊員と良い関係性があってよかったとしみじみ感じました。協力隊活動全般を考えた時の目指す未来とは「任地の人や隊員同士とも良い関係をつくる」こともあると思います。任地では日本にいる以上に人間関係のストレスが感じられるかもしれませんが、任地でも日本でも、いろいろな人がいて、性格的に合う合わない人がいるのは同じです。今までの経験、日本にいた時、どうしていたかというスキルを参考に、良い関係性を築いていきましょう。とはいえ気候は変えられないので、暑い時は外に出ないなど工夫して、活動はできる時期や時間帯に行い、無理をし過ぎないことをお薦めします。
Text=池田純子 Edit=ホシカワミナコ 写真提供=羽地典子さん