※2024年3月14日現在
出典:外務省ホームページ
※2024年3月31日現在
出典:国際協力機構(JICA)
27年間の中断を挟み、2006年に協力隊派遣が再開したインド。
JICAインド事務所次長に協力隊事業の特徴を聞いた。
お話を伺ったのは
PROFILE
JICAインド事務所次長。2000年国際協力事業団(現JICA)入団。10年~13年にインド事務所に駐在し、現在も続くインド工科大学ハイデラバード校への支援や製造業幹部育成への協力などを所員として担当。その後、総務部、財務部、地球環境部を経て21年3月より再度インドに赴任。総務、経理、安全管理、民間連携などの担当次長。
インドは仏教の発祥地であり、日本との関係は奈良時代のインド人僧侶が東大寺大仏殿の開眼供養の導師を務めたことまでさかのぼる。第2次世界大戦中には植民地支配を受けてきたイギリスからの独立を目指す「インド国民軍」を日本軍が支援した経緯もある。1947年の独立後、52年には単独で平和条約を締結して国交を結び、敗戦した日本を励ましてきた。
経済関係では、明治時代からインドの綿花、鉄鋼石が輸入され、日本の近代化や産業振興、経済成長を支えてきた。近年、両国は「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」を結び関係を強化。経済面では、成長著しい市場として多くの日系企業が進出、2022年現在で約1400社を数えた。
日本はODAを通じて、インドのインフラ整備や開発にも大きな役割を果たしてきた。インドは1958年に始まった円借款の最初の供与先であり、2004年度以降、日本の円借款の最大の供与国となっている。02年に開通したデリーメトロをはじめとする鉄道網や道路建設などに貢献してきた。
急速な経済成長を続ける一方、国民1人当たりのGDPは日本の約20分の1で、依然として2億人近くが貧困層とされ、非識字率や乳幼児死亡率などは開発途上国の中でも高水準にある。JICAは、今後もインフラ整備、投資促進や貧困削減につながる幅広い分野で支援していく方針だ。
協力隊の派遣は1966年、看護師、栄養士、自動車整備隊員から始まり、職種を拡大してきたが、79年、インド政府の政策変更に伴い派遣が中断した。それから27年を経て日本語教育や柔道といった日本人ならではの職種で再開し職種を広げつつあるが、一般の人々の間での日本や協力隊への認知度は依然として低いという課題もある。
JICAインド事務所次長の近藤 整さんは、「日系企業進出の拡大を背景に日本語教育へのニーズは高く、今後も同職種やスポーツ分野を中心に、開発の遅れている北東州も含め全土に派遣を広げていく方針です」と話す。
「インドの人々は自己主張が強いと感じることも多いと思いますが、自分からも意見を伝えてみるとよいでしょう。合意できなくても、思いどおりに動いてくれなくても、そうしたプロセスが大事です。思い悩まず、焦らず活動してほしいと思います。一方、情に厚い人も多く、それは現地の人々と深くつき合うほど実感するでしょう」
今後の日印関係における課題は人的交流の拡大だ。実は、留学をはじめ人の往来は他のアジアの国に比べ、はるかに少ない状況にある。
「任地では協力隊によって初めて日本や日本人を知る人もいます。日本への理解を深める橋渡し役としての活躍に期待しています。言語、文化、人種など、一つの国とは思えないほど多様な文化が根づいています。それを実体験できるのはインドの魅力だと思います」
Text=工藤美和 写真提供=近藤 整さん