※人数は2024年5月31日現在
PROFILE
高校の体育教員を務める中、大学時代の後輩の協力隊活動に刺激を受け、自身も1988年に協力隊に参加。モルディブで陸上競技隊員として活動した。その後、モルディブの教え子たちが代表コーチになったり、スポーツクラブを運営したりする姿を見る機会が増え、「もう一度、役に立てないか」とブータンに体育隊員として赴任した。
配属先:パロ教育大学
要請内容:ブータンは2008年に小・中学校へ保健体育を導入した。パロ教育大学では15年に保健体育専門の学部を開設、体育指導者を目指す学生の育成を始めた。小学校時代に体育を学んだ経験がない大学教員をサポートしていく。
PROFILE
父が海外でODA関係の仕事をしており、幼い頃から自分も海外で人の役に立ちたいと思う。大学卒業後、高校の体育教諭を4年間務めるなかで、学級担任として進路を決断する高校生たちに自分の言葉が与える影響の大きさを感じ、「さまざまな経験をして説得力のある人間になりたい」と協力隊に参加した。
配属先:スーリオフィットネスジム
要請内容:生活習慣病対策や健康維持のため利用が増えている州立のフィットネスジムで、利用者に合ったトレーニングメニューや機材の使用方法をアドバイスする。利用者に助言できるようスタッフも指導する。
体育隊員の活動には、学校の体育の授業指導や改善のための助言、教員養成校での指導、地域のスポーツ系機関での障害者や住民への啓発活動などがある。保健体育教諭免許や小学校教諭免許を持つ人が主な対象となるが、スポーツの指導経験などがあれば、教員免許がなくても可能な要請もある。
齋藤 亨さんはブータンのパロ教育大学で、小中学生の体育指導員を目指す学生たちに、主に陸上競技や球技などの実技を指導した。大学には保健体育を担当する教員が5人いたが、「全員、自分が生徒として体育の授業を受けた経験はありませんでした」。教員は指導や研究で忙しく、齋藤さんの活動は大学生への直接指導が中心となった。
活動は、大学2年生による小学校での教育実習に、教員が巡回指導をする際、同行することから始まった。学生による実習は、過去の協力隊員が伝えた内容を引き継いでいて、指導内容や方法など、評価できる内容だった。また、教員の学生に対する助言も適切だった。
しかしながら、小学校の一般教員の授業では、「ボールを子どもに渡して、あとはサッカーで遊ばせている」ようなものも多く、「体育本来の面白さを子どもたちに味わわせていない」と感じていた。そこで齋藤さんは、学生たちが成長の喜びを感じ、自信を得ることができるようなアプローチを考えた。
陸上競技では、最初にタイムを測り、走り方の改善ポイントを説明して練習し、またタイムを測る。すると数字で能力の伸びがわかる。バレーボールでは、スパイクを打つところなどを齋藤さんがスマートフォンで撮影し、学生に自分のフォームを見せ、効果的に自分で改善できるようにした。
ブータンでは夏と冬、大学対抗の競技会が行われる。帰国後の競技会では、大学に入るまでそれほどバレーボールの経験がなかった男子学生が何本もスパイクを決め、優勝したことを聞いた。
「最初はできなかったけれど、頑張ったらできたという体験を、まずは学生自身に心に留めてもらい、将来、指導者となって、子どもたちが伸びた時に、認めてあげてほしいと思います」
ハードル走や走り幅跳びなどの陸上競技を通じて、「走る」「跳ぶ」「投げる」を教えたかったのですが、大学には走り幅跳び用の砂場がありませんでした。大学に砂場の設置を依頼したのですが、できたものは深さがぜんぜん足りません。そこで、学生たちと造ることにしました。男女共にくわで地面を掘りおこし、砂をふるいにかけて交じっていた石や枝を地道に取り除き、見事な砂場を完成させました。地方出身の学生たちは道具の扱いにとても慣れていて驚きました。
ブータンの教育大学で学生に体育の指導をする齋藤さん
私の誕生日に、学生たちが予告なしにケーキを持ってきてくれて、「あなたみたいな先生に教えてもらったことはなかった」と言ってくれたことです。また、帰国後も成果を感じました。教育実習中の2年生から、実習でこんな指導をしました、と動画が送られてきて、そこには大学で学んだことを生かし、子どもたちにうまく教えようとする前向きな姿が写っていました。私からのバトンが次に渡っていくような感じがしました。
太平洋の島嶼国では、肥満や糖尿病などの生活習慣病の増加が問題になっている。食生活の改善と共に、運動習慣の普及も解消のカギとなる。髙瀬 紬さんは、パラオの都市コロールにある州立のフィットネスジムで活動した。
ジムにはウォーキングマシンなどの各種器具が設置してあり、「利用料は1日1ドルと安いのですが、パラオの人々にとってはそれでも高いという認識でした」。
髙瀬さんは、ジムの利用者を増やすことと、多くの住民に体を動かす楽しさを知ってもらうことを目標にした。
「『こういう運動をするといいよ』『私はいつもいて指導するよ』と利用者に積極的に声をかけました。トレーニング後には、『次はいつ来られる?』と聞いて次回の約束も忘れませんでした」
利用者が友人を連れてきたり、知人を紹介してくれたりして、利用者は増えていった。
高校の体育教諭だった髙瀬さんは、「学校でも運動を広めたい」とカウンターパートに相談した。「放課後、親が働いている子どもたちのためのプログラムならいいと思う」と許可してくれた。
週4日、小学校低学年の子どもたちと体操や柔軟運動、音楽に合わせて体を動かす運動で一緒に楽しんだ。「エビやカニのはさみの動きをモチーフにして歌って踊る運動は、どこでも盛り上がりました」。
シニアのための集会所や海の環境を守る州政府のレンジャーの施設も訪問し、体操や体を動かす運動を広めた。フルマラソンや小さなスポーツイベントにも、スタッフや利用者と一緒に参加してジムをアピールすると、着任時、約30人だった利用者は、任期終盤には約50人になっていた。
ジムへの集客のため、スマートフォンと連動して体脂肪率や肥満度指数(BMI)などを計測できる体重計を用意して、「ジムに来て、自分の体重を知りましょう!」とアピールしたところ、好評で多くの人が来てくれました。ところがある日、体重約130キロの人が乗った時に壊れてしまい、焦りました。でもなかには体重を知る重要性に気づき、自分で体重計を購入した人も何人かいて、体重が減ることがやる気につながって、ジムにも来てくれるようになったのでほっとしました。
州政府のレンジャーたちに運動の指導をする髙瀬さん
パラオはスポーツイベントが多く、積極的に参加していました。ジムに通ううちに運動が好きになり、そうしたスポーツイベントに参加する利用者が増えてきたことが嬉しかったです。特に盛り上がったのは、「コンカー」という障害物レースを行うイベントです。走る、重りを持つ、ぶら下がるなど多くの障害があります。「ジムをアピールしよう!」と、そろいのTシャツを作り、スタッフと利用者が一緒にトレーニングして本番に臨み、いい思い出になりました。
Text=三澤一孔 写真提供=齋藤 亨さん、髙瀬 紬さん