帰国後、内定までの就職活動の方法を聞きました。
就職先:ガイアフローディスティリング株式会社
事業概要:ウイスキーの製造。オリジナルブランドの「シングルモルト静岡」を生産している。
大学時代、協力隊OVの先輩であったり、協力隊を志す友人が多かったりしたことから、協力隊に興味を持つようになった茂 北斗さん。海外で生活したいという漠然とした思いもあり、取得していた理科の教員免許を生かせる理科教育の職種で協力隊に参加した。
ガーナで配属されたのは、約1900人の生徒が在籍する大規模な高校。教員不足が深刻で、赴任してすぐに1年生の化学の授業すべてを任された。しかし、教員経験のない茂さんにとって、高校生を前に英語で授業を行うことは簡単ではなかった。
「精神的に追い詰められて、出勤拒否したくなったことさえありますが、ホームステイ先が高校の敷地内にあるのでそれもできなくて(笑)」
茂さんも同僚の教員たちも授業に追われて忙しく、ひたすらマンパワーに徹する活動が続いた。そんな毎日の中で身につけたのは、やらないことを決める習慣だという。
「あれもこれもやろうとすると、中途半端になってしまうので、思い切ってやらないことを決め、やるべきことに集中するようにしました。その習慣は、今でも役立っていると思います」
帰国後は代替教員として地元・北海道の小学校で働いていたが、ある日突然「ウイスキーを作る人になりたい」と思い立ち、近隣の蒸留所を訪問するところから就職活動を始めた。なぜウイスキー作りを選んだのか、茂さん自身にもよくわからない。ただ、隊員時代にウイスキーの味を覚え、作る人への憧れを感じていたという。
就職したガイアフローディスティリング株式会社は、2014年に設立された新しい会社。小さな会社なので、ウイスキー作りの全工程に携われるのが、今の茂さんのやりがいだ。
「30歳の今になって思うのは、過去のいろいろな経験が今の自分をつくっているということ。協力隊経験を見込まれて海外出張へ行かせてもらったこともあります。大変なことも経験して良かったと、ようやく自分を客観的に見ることができるようになりました」
教え方に悩んで苦労した茂さんだったが、教室にギターを持ち込むなど楽しい授業を心がけたこともあり、生徒からの人気は高かった
配属先のカジェビ・アサト高校は、一般文系、農業、商業の3コースがある大規模校でしたが、私以外に化学の先生は1人しかおらず、マンパワーとして期待されていたようです。そのため赴任早々に1年生の化学の授業を私一人で担当することに。語学力がまだ不十分だったため、1年目の頃は毎朝5時に起きて、その日の授業で話すことを紙に書いて覚えてから出勤するという毎日でした。2年目は1年目の反省を踏まえながら活動に臨んだので、もう少しスムーズに授業を行えるようになり、生徒たちともうまく向き合えたと思います。
活動中は就職のことを考える余裕がなく、帰国後もしばらくは何もせずにいました。何をやりたいのか決まっていなかった時に、知り合いから産休中の教員の代替教員の仕事を紹介され、小学校で働くことになりました。
家の近所の蒸留所を皮切りに北海道内にある蒸留所を訪ねて回り、雇ってほしいとお願いしましたが、ことごとく断られました。そこで道外の蒸留所も視野に入れ、ホームページで求人情報を探しました。その時に見つけたのが、静岡県にあるガイアフローディスティリング株式会社でした。ホームページから問い合わせのメールを送ると、すぐに面接に来るように連絡がありました。
面接と前後して、履歴書と小論文を提出しました。応募動機には、蒸留所で働きたいが、他社からはすべて断られたことを正直に書きました。小論文では「ウイスキーと私」というテーマを与えられ、熟成するまでに何年もの時間がかかるウイスキーと、すぐに成果が出ない自分の人生、経験を絡めて書いたと記憶しています。
それまでの就職活動では、経験もないのに「何でもやります」「頑張ります」とアピールに必死でしたが、この時は「何もできないかもしれないけれど謙虚に働きます」と伝えました。結果的に、それが良かったのかもしれません。後から聞いた話では、他社にすべて断られていたのに諦めず、わざわざ北海道から静岡県まで面接に来たので、採用を決めたということです。
まきの火で発酵液を熱して蒸留を行う工程。「蒸気やガスではなく、まきで加熱するのが当社の特色で、担当になった週は一日中、ボイラーにまきを入れ続けます」
社員30人ほどの小さな会社なので、全員がすべての作業に熟達できるように、仕込みから荷物の搬入までローテーションで作業をしています。1つが50キログラムもある樽をトラックから降ろして搬入するような肉体労働もありますが、全体のプロセスに触れられるのは面白いです。先日は本場のウイスキー作りを見るためスコットランドに行く機会がありましたが、現地での移動や、化学の用語を用いた英会話にも不安がなく、思いがけず協力隊での経験が生きています。
現役の隊員に伝えたいのは、失敗を恐れず、やれることをやってほしいということ。私自身、もっとできたことがあったのではないかという後悔があるので、なおさらそう思っています。帰国後の進路を考えている隊員に伝えたいのは、進路は自分で決めたほうがいいということ。人に言われて決めてしまうと、何か嫌なことがあった時に人のせいにしてしまいます。ただ、僕自身は蒸留所で働きたいと必死になり過ぎていたと反省する面もあるので、冷静に考えることも大切ですね。
Text=油科真弓 写真提供=茂 北斗さん