▶私が話したことが噂で広がる一方、
住民の意見がわからないため課題への取り組み方に困っています(日系JV/女性)
私が任地の日系社会で話したことを、別地域の日系社会の人が知っていました。また、他の人から「あなたはあの人と仲がいいのね」と否定的な意味合いで言われたこともあり、誰と誰がつながっているのか、どこで噂が広がるのかわからず、混乱してしまいます。
一方、ワークショップを行って住民から意見を募っても、あまり積極的に話してくれません。住民が困っていることや希望していることがはっきりせず、課題をどう設定してよいかわからずに困っています。
フリーランス・ファシリテーター。JICA海外協力隊環境教育職種課題別派遣前訓練講師。愛知淑徳大学、金城学院大学、日本福祉大学、南山大学の非常勤講師。特定非営利活動法人アイキャン理事。学生時代に国際開発学を学び、卒業後、出版社などの勤務を経て、協力隊に参加。帰国後はJICAの国内研修のコーディネーターを務めた後、2008年から大学院でファシリテーションを学ぶ傍ら、協力隊の短期ボランティアにも参加。大学院修了後は自治体のまちづくりなどに携わるようになり、17年にフリーランスのファシリテーターとして独立した。
▶同じ地域だから皆の意見が同じで住民同士で仲が良いとは限りません
そこを意識しながら人間関係を把握していくことが大切です
任地のコミュニティ内の人間関係は活動に影響しますから、地域の人たちとどう関わるかを考えることが大切です。別の地域の日系社会の集団同士に限らず、小さな村一つの中にもいくつもグループがあることもあります。活動を進めながら人間関係を把握していきましょう。
私の隊員時代にも、人間関係の把握が大切と痛感した出来事がありました。村落開発普及員としてセネガルに赴任した私は、まず活動先の村の人々に集まってもらい、何に困っているか、村をどうしていきたいか、ワークショップで自由に意見を話してもらう場を設けました。
ところが、最初に村長が「村の課題は、学校がないことと井戸がないことだ。さらに病院も必要だ」と言うと、後に続く人たちからは、「私は村長の意見に賛成だ」という言葉しか出てきませんでした。村一番の権力者である村長に対して、違う意見は言えない様子でした。「これは失敗した!」と思い、みんなで話すワークショップはやめました。代わりに始めたのが、村の全家庭を個別訪問することでした。朝、村に着いたら、まずは村長の家に挨拶に行き、次に女性グループのリーダーの家、と村の秩序を崩さぬよう、偉い人から順番に会いに行きました。
多い村では約50軒、少ない村で9軒。その9軒でも約100人の村人(うち約60人は子ども)がいます。挨拶して回るだけで半日が終わることも珍しくありませんでしたが、個別訪問には多くのメリットがありました。
まず、他の人に気兼ねする必要がないため、それぞれの人が課題に思っていること、やりたいと思っている本音を知ることができました。効率は悪いけれど、建前ではない個別のニーズを聞くことができました。
一旦、私の中に全部の情報や意見を入れた状態で、皆が共通して抱えている課題を整理しました。その上でワークショップを開けば、「こんな意見がありました」と私が発表を始めて、それを呼び水にして話し合ってもらうことができます。少数の意見も私が代弁することで、みんなに伝えることもできます。
また、個別訪問を通じてそれぞれの経済状況や家族関係がわかったことも収穫でした。セネガルは一夫多妻制なので一軒に奥さんが2人も3人もいて、さらにその子どもたちもいるので家族の把握も大変でしたが、訪問するたびに、外で会ったこの子はこの家の子だったのかとか、兄弟姉妹、親戚といった関係がわかってきます。始めのうちは皆が同じ顔に見えてよく間違えましたが、メモを取りながら地道に覚えていきました。
さらに、訪問を続けながらよく観察していると、同じ村の人々であっても交わらない関係があることにも気づきました。あるお母さんは、Aグループの集まりには参加しても、Bグループには絶対に参加しないとか、家が隣同士でも、他のグループだと一緒にならないなど。セミナーや作業などに限らず、日常生活もこのグループが基本単位となって動いていたのです。
井戸端会議もお金の貸し借りも、グループ内でしか行われません。そんなグループが大きい村にもなると八つもありました。別に対立しているわけではないので気づきにくいかもしれませんが、親戚関係や民族、宗派などで自然と出来上がっているようでした。
そのことに気づかないと困ったことも起こり得ます。例えば一つの村でセミナーを開いて指導したから次の村に行けばいいと予定を立てていても、同じ村でグループが違うと参加しないので、「他のグループばかり教えて、なぜ私たちのところは来ないの!」と怒る人たちが出てきますから、注意が必要です。
相談者さんの場合は違う地域の日系社会とのことですが、たとえ同じ地域でも、それが一つのグループとして全員の仲が良いとも限りませんし、逆に今回の相談のように、別の地域の意外な人とつながっていることもあるでしょう。特定の人やグループの意見だけを聞いて〝わかったつもり〟になってしまうことにもなりかねませんから、手間はかかっても、一家庭ずつの単位で話をして信頼関係を築き、任地の人間関係を把握していくことも大事だと思います。
※質問は現役隊員やOVから聞いた活動中の悩み
Text=阿部純一(本誌) Edit=ホシカワミナコ 写真提供=稲葉久之さん