派遣から始まる未来
進学、非営利団体入職や起業の道を選んだ先輩隊員

音楽やアートを切り口にNPOを設立・運営

吉田佳代さん
吉田佳代さん
チュニジア/音楽/2012年度2次隊、SV/ジャマイカ/音楽/2015年度2次隊・東京都出身


音楽が社会に与える影響を信じて
瀬戸内海の島から世界とつながり、社会に貢献する

ジャマイカ派遣時代、キーボードのグループレッス ンをする吉田さん

ジャマイカ派遣時代、キーボードのグループレッスンをする吉田さん

   私が愛する音楽と音楽家たちをいろいろな人に知ってほしい。そして、今までとは異なる視点を持つきっかけにしてもらい、よりよい社会をつくっていきたい――。瀬戸内海の島々を結ぶしまなみ海道が通る愛媛県今治市の大三島で、地道かつ壮大な構想のNPO法人、「しまなみアートファーム」を設立した吉田佳代さん。その原点には、協力隊での体験がある。

「派遣前訓練でさまざまな分野のエキスパートの同期隊員と知り合うことができ、任地では厳しい状況を一緒に乗り越えたりして絆が深まりました。それまで音楽にどっぷり浸って生きてきた私が、他の専門分野や興味関心を持つ人たちと親しく接して共に何かに取り組む楽しさを知ったのです」

   東京で生まれ育った吉田さんは音楽大学でピアノの演奏を学び、ジャズに感銘を受けて渡米。十数年間アメリカで音楽関係の仕事を続けた後、協力隊に応募してチュニジアに赴任した。

「イスラム圏に住むのは初めてで、女性蔑視や外国人嫌いの方の存在に直面した一方、温かい人情にも触れました」

   吉田さんは文化省付属の音楽・ダンス学院で小学生から大学生までの年齢層にピアノを教えた。成果とやりがいを感じて帰国し、シニア海外ボランティアとして再度チュニジアで活動する予定だった。しかし、情勢不安のため要請自体が白紙になってしまう。

大三島で実施したイベント「しまなみアートファーム アフリカとのきずな編」の様子

大三島で実施したイベント「しまなみアートファーム アフリカとのきずな編」の様子

「代わりの派遣国として提案されたのがジャマイカです。経済的には厳しい小国ですが、レゲエで世界中に影響を与えています。そんな国を内側から見られることに強く引かれました」

   今度の配属先は現地の音楽大学。すでにプロのレゲエミュージシャンとして活躍しているような人が学位取得を目指して通っており、意見の違いから、たくさんの衝突も経験した。

「私が音楽の基礎や体系的知識を教えると『あなたは私たちのスピリッツを殺そうとしている』と言われ、技術の必要性を言い返したりする日々でした。実際、レゲエは世界中に広まっていて、世界基準の技術や知識がなければ、その業界の中で太刀打ちできません」

   音楽が生活そのもののような国での熱い日々が気に入り、任期を延長して3年間過ごした吉田さん。計5年間の協力隊経験で物事の見方が大きく変わったと振り返る。

「上から目線で演奏法を教えればいいわけではありません。文化的な背景を含めて広い視点で相手を理解することの大切さを知りました。音楽が果たす社会での役割など、私の音楽への認識に深みを与えてくれました」

しまなみアートファームの活動でジンバブエに中古 の鍵盤ハーモニカを届け、国立大学の音楽科で研修を実施。今年11月にも第4弾の寄贈を行う予定

しまなみアートファームの活動でジンバブエに中古の鍵盤ハーモニカを届け、国立大学の音楽科で研修を実施。今年11月にも第4弾の寄贈を行う予定

   ジャマイカからの帰国後、吉田さんはイギリスの大学院に留学し、音楽開発学の修士号を取得して日本へ戻ったが、コロナ禍が始まっていたため、一時避難のつもりで東京から大三島に移り住んだ。「ジャマイカのように海の風を感じられるところがいいなと思って選びました。地元の人たちも優しく面倒を見てくれて暮らしやすく、今は80万円で広い古民家を買って住んでいます。周囲に家がないので自宅でミニコンサートもできます」。

   自らはオンライン音楽教室「ミュージッキング」の講師や瀬戸内海各地での演奏活動などで生計を立てる一方、今までの学びの実践の場としてしまなみアートファームを設立。地域でアートや異文化理解に関わるイベントを開催するほか、イギリスの大学院時代の同窓生である音楽家と共同でジンバブエの音楽教育を支援するなど、国際協力にも取り組んでいる。

   その活動には音楽だけでなく環境教育や農業など各種分野の人が参加しているのも特色で、例えば、島の問題であるイノシシの獣害について、研究グループと共同で生態調査を報告する市民交流会なども企画している。吉田さんが隊員時代に得た「専門分野の垣根を越えて協力する」経験が生きている。

「2024年1月には、インドのスラムに住む子どもたちに音楽を教えるドキュメンタリー映画の上映会を開きました。現代インドのカーストに関する研究者による講義つきです。一過性のイベントにするのではなく、学びを深められるように心がけています」

   音楽を起点に世界各地で活躍してきた吉田さん。今、日本の地方である大三島から海外とつながり、その経験と能力を社会に還元している。


吉田さんの歩み

1972年、東京都品川区生まれ。昭和音楽大学器楽学科ピアノ音楽コース入学。

『学生時代にインドで1カ月間過ごす機会がありました。現地の音楽にどっぷり浸り、西洋以外の民族音楽に目覚めました』

1999年、アメリカ・ボストンのバークリー音楽大学演奏学科に入学。ジャズや作曲、編曲を学ぶ。

『ジャズの起源はニューオーリンズの黒人奴隷たちの音楽で、それが多様な文化を取り込みながら発展しています。特に洗練された即興演奏の方法と技術に興味を持ちました』

2003年、ボストンからロサンゼルスに拠点を移し、10年間ピアノ演奏活動とピアノ教室運営を行う。

2012年、協力隊員としてチュニジアに赴任。

『アメリカに長く住んでいて世界を見ているような気がしていましたが、大きく文化の異なるチュニジアに住んでそれは間違いだったと知りました』

2015年、シニア海外ボランティアとして、ジャマイカのエドナマンレー芸術大学音楽学部に配属。

『音楽は、日本では単なる娯楽やBGMとして扱われがちですが、生活環境が厳しい社会ほどその存在は重要です。人々に希望を与え、時には世の中を変える原動力となるのです』

2019年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院音楽学部の音楽学科修士課程に入学。20年に修士号を取得。

2021年、大三島にてしまなみNPO法人アートファームを設立。

『アートを切り口にして地方活性化、環境保全、国際貢献、国際交流・異文化理解促進を目指すNPOです。世界中の人々が共存できる生き方を模索しています』

Text=大宮冬洋 写真提供=吉田佳代さん

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