派遣国の横顔

グアテマラ共和国グアテマラ共和国

教育や保健、農業分野のニーズが中心
人口の半数以上を占めるマヤ系先住民族の
文化と優しさも大きな魅力

グアテマラ共和国

グアテマラの基礎知識

面積10万8,889㎢
(北海道と四国を合わせた広さよりやや大きい)
人口1,735万人(2022年、世界銀行〈推定〉)
首都グアテマラ市
民族マヤ系先住民41.7%、ラディーノ(欧州系と先住民の混血)・欧州系56%、その他(ガリフナ族、シンカ族など)
2.3%(2018年、グアテマラ国勢調査)
言語スペイン語(公用語)、その他に22のマヤ系言語など
宗教憲法上宗教の自由を保障。
主にカトリックおよびプロテスタント

※2024年8月16日現在
出典:外務省ホームページ

派遣実績

派遣取極締結日:1987年9月29日
派遣取極締結地:グアテマラシティ
派遣開始:1989年1月
派遣隊員累計:839人
※2024年8月31日現在
出典:国際協力機構(JICA)

グアテマラ共和国
お話を伺ったのは
新野佐和子さん
新野佐和子さん

ペルー/コミュニティ開発/2015年度2次隊・山形県出身

JICAグアテマラ事務所・企画調査員(企画)。中学生の頃から国際協力の道に進むことを夢見る。2015年に大学卒業後、JICA海外協力隊に新卒で参加。帰国後は、日系の自動車産業関連企業のメキシコ支社に勤務した後、22年より現職。地域経済活性化や教育分野、市民安全の案件形成やプロジェクト推進を担当している。

   グアテマラは、明治時代に中南米で最も早く日本人移民を受け入れた国であり、2025年には日本との外交関係樹立90周年の節目を迎えるなど、日本との関係が深い国です。他方、36年間続いた内戦が終結してから28年しかたっておらず、心の傷が残っている人も少なくありませんから、隊員の方々は急いで距離を縮めようとしないほうがよいでしょう。

   協力隊の派遣は1989年に始まり、当時から現在まで主軸は数学・算数教育と母子保健、栄養、農業に関する職種です。特徴として、JICAの技術協力プロジェクトとの連携があり、算数の国定教科書は同プロジェクトによって完成し、協力隊員が学校現場で教科書の普及に取り組んでいるところです。

派遣国の横顔
密林の中の広大なエリアに3,000を超える遺跡があるマヤ文明最大の都市遺跡「ティカル」の神殿

   今後は、地域経済の発展や、女性の地位向上へ向けた支援などへのニーズがより高まると予想していて、その背景には、山間部の住民の高い貧困率、アメリカへの移民問題、根強い男尊女卑の価値観があります。私たちはボランティア事業の企画調査員と情報交換をしながら、ニーズを探って派遣の提案をしています。

   安全面では、比較的治安のよい地方の西部地域中心に派遣しています。また、事件があれば隊員に即時に知らせているほか、隊員や派遣中関係者が参加する安全対策連絡協議会にグアテマラ国家文民警察を招いてアドバイスをもらうなど、万全の対策を行っています。

   グアテマラの人口の半数以上を占めるマヤ系先住民の人々は、おしなべて控えめで静かな印象で、日本人の気質と合うように思います。グアテマラ人は人種を超えた愛情を持って接してくれる人々です。困った時には親身にサポートしてくれますし、私は帰国する隊員を見送るグアテマラの方が、「帰ってほしくない」と涙を流している場面にたびたび遭遇します。

   赴任したらお薦めしたいのが自然豊かな観光地です。階段状の池にエメラルドグリーンの美しい水がたたえられているセムク・チャンペイなど、手つかずの自然が楽しめます。

感染症対策、教育、栄養改善…
各分野でグアテマラの人々に貢献する隊員たち

橋本謙さん
橋本 謙さん

マラリア・風土病対策/1999年度3次隊・三重県出身

大学・大学院で心理学を勉強しながら、「人はどのように健康に生きられるか」に関心を持つ。開発途上国の人々の健康状態の改善に貢献したいと考えるようになり、協力隊に参加。その後、中米で汎米州保健機関や、JICAで中米シャーガス病対策の専門家を歴任。16年からハイチ、ソロモン諸島、コンゴ民主共和国でJICAの保健プロジェクトに従事。

知られざる感染症「シャーガス病」を
研修会を通じて地域に広く周知

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橋本さんたちが17市で開催した教員を対象にした研修では、参加者を通じて県全域の住民へのシャーガス病啓発を目指した

   シャーガス病は、カメムシの仲間の昆虫、サシガメが媒介する感染症だ。サシガメが人の血を吸う際に排泄するふんに病原体が潜んでいて、それに触った手が目や口、傷に触れると、病原体である寄生虫が体内に侵入する。発症まで何十年もかかることもあるため「沈黙の病気」とも呼ばれ、心臓肥大や心不全、突然死に至ることもある。

   橋本 謙さんは、現地でシャーガス病の検査体制さえ整っていなかった2000年にグアテマラに派遣され、保健省本省に派遣されていたシャーガス病対策のJICA専門家と連携して、データ管理や啓発活動に取り組んだ。

   派遣されたのは、県内17市の診療所や保健医療サービスを統括するフティアパ県の保健管区事務所。昆虫がうつす感染症の対策を担当する、媒介虫対策班の一員として活動した。班員は計約40人で、各市に配属され、マラリア、デング熱などの調査や殺虫剤散布、啓発活動などに従事していた。県事務所の同僚は、県全体の活動を計画・支援し、費用や殺虫剤、検査資材などを提供していた。

「同僚たちは皆、活動を10年、20年と続けてきたたたき上げでした。自分には、役立つ専門知識や経験がなかったため、現場で何が求められ、何ができるかを考えました」

   シャーガス病に関しては、対策が緒に就いたばかりで、同僚たちも経験が少なかった。橋本さんは、サシガメの生息分布データを地図やグラフに落とし込み、分かりやすく可視化するなどの工夫を加えた。「この地域は、まだサシガメの情報がないから行ってみませんか」。橋本さんから声をかけて調査を進めることもあった。同僚からは「日本人が加わったことで対策がしっかり進んでいる」と励まされた。

   本省の専門家から、現場の状況を問う連絡を受けると、保健省の命令系統では伝えきれない動きや情報を伝えた。

   橋本さんは、専門家や教育分野の隊員とも話し合って、県内全17市でシャーガス病に関する研修会を実施することを目標に据えた。子どもたちを守ることや保護者への波及効果を考え、小学校の教員を対象にすることにした。

   配属先の予算で試行した後、全県で展開するには資金が足りないため、ユニセフに企画を持ち込んで援助を受け、資料の印刷代や参加者の昼食代を賄った。「一緒に活動した教育系の隊員が、教育省に行き大臣に会って、必須だった研修会開催の許可をその場でもらいました」。

   研修では、シャーガス病とはどんな病気か、どのように感染し、どうすれば予防できるのかを説明した。そしてサシガメが家に住みつかないように、「土壁や日干しレンガのすき間を埋めましょう」と呼びかけた。サシガメが多い地域には対策班が殺虫剤を散布することも伝えた。

「できるだけ近隣のデータを用意して発表しました。サシガメが生息している家屋の割合や血清調査でシャーガス病に感染していた人の割合などを伝えると、参加者の教員から、『生徒や地域の人々がこんな被害や危険にさらされているのか、他人事ではない』と驚かれました」

   途中から、準備や説明を同僚に任せ、できるだけ裏方に徹して、研修のノウハウを受け継いでもらえるようにした。この研修は現地のテレビでも取り上げられた。中米でのシャーガス病対策は14年まで続いた。橋本さん以降も多くの協力隊員が活動し、感染者数は大きく減っている。

川原翼さん
川原 翼さん

小学校教諭/2013年度1次隊・兵庫県出身

ブラジル生まれ、日本育ち。大学時代に1年間休学し、ブラジルのスラム街でボランティア活動を行う中、教育の力を実感した。神奈川県で教員となり、5年間勤務した後、現職教員特別参加制度で協力隊へ。復職後、校内での国際交流や多文化共生教育の取り組みを経て、外国ルーツの子どもたちと共に学ぶ「彩とりどりの子どもたち」プロジェクトを実施。

国定教科書「グアテマティカ」の教授法を
教員養成校の生徒たちに伝えた

派遣国の横顔
教員養成校の生徒たちにグアテマティカに沿った教授法を伝える川原さん

   JICAの協力で作成された算数の国定教科書「グアテマティカ」の活用・普及に取り組んだのが、川原 翼さんだ。配属先は、二言語(西語・キチェ語※)教員養成学校。幼稚園や小学校の教員資格を取得する3年制の学校で、算数科の教員に、グアテマティカを活用した算数の教え方を指導するという要請内容だった。

   グアテマティカはJICA専門家、グアテマラ教育省、国立サンカルロス大学の協力で2011年に完成した。いきなり難しいことを説明するのではなく、生徒たちが自分自身で理解を深めていけるように、日本の教科書の工夫などが盛り込まれ、生徒全員へ無償配布されていた。

   こうした背景があったが、着任早々、いくつもの課題が明らかになった。その一つは、算数科の教員たちが「グアテマティカ」の使用方法を知らなかったことだ。

   さらに大きな問題は教育制度の改革だった。小学校教員になるためには、大学への進学が必要になった。在籍している生徒が卒業した後は、この養成校では幼稚園教諭の資格しか取れなくなる。川原さんはカウンターパートと相談し、教員にではなく、卒業したら小学校教員となる学生たちに、グアテマティカを使った算数の教え方を伝えることにした。

   2年生165人に簡単なテストをすると、平均点は、100点満点で18点だった。学生たちを3グループに分け、週1回、3時間の授業を続けた。

「グアテマティカは、それ以前の教科書と違って、絵やグラフも多く使われています。授業では、抽象的な算数の概念を、トウモロコシの種やペットボトルのキャップといった具体的な物に触れながら理解してもらったり、三角形の図を見せながら面積の求め方を教えたりして、『こう説明すると理解されやすいよ』と伝えました」

   授業の前半は模擬授業として進めて、生徒たちに教え方を見てもらうと同時に、自分自身が理解できるかを体験させた。後半は意図を説明し、質問を受けつけた。授業案や板書計画の作り方も教えた。「こうした実践を半年ほど続けた結果、学生の平均点は54点まで伸びました」。

   もう一つ、川原さんが力を入れたのは、「授業研究」だった。授業を他の算数教員に見てもらい、その評価や意見を聞いて、授業の改善を図っていく。日本の教育改善の手法の一つだが、グアテマラでは行われていなかった。川原さんは他の教育系隊員とも協力して、授業研究を実践する研修会を開くことにした。研修会は全部で9回開催し、多い時には500人の教員が参加した。

「活動を通じて感じたことは、グアテマラの人の真面目さです。のみ込みは早いし、『日本ではどうやって教えているの?』などと質問もされます。教えられていなかったので、知らなかっただけなのだとわかりました」

   ただ、日本的な真面目さとは違う。「時間は守らないし、約束したことをやっていないこともあります。最初はイライラすることもありました。でも、グアテマラの人は家族との時間や人との結びつきを大事にしている。自分は彼らを日本人みたいにするために来たわけじゃない、と気づきました」

   川原さんはカウンターパートの数学科の同僚教員の家にホームステイしていた。居間にホワイトボードを持ち込み、連日、授業の進め方について話し合った。「授業のためにこれだけの準備が必要、ということが伝わったと思います」。

   グアテマティカの教え方について、サンカルロス大学で講義することもできた。「国立大学にこそ協力隊を派遣すべき」と考えを伝えると、後にシニア隊員が派遣されることになった。日本が協力して作られた教科書の活用が広がっている。


※キチェ語…グアテマラの高地に住むキチェ族が使用する言語で、話者数がマヤ諸語のうちでもっとも多い。二言語(西語・キチェ語)教員養成学校では、キチェ語教育を行っている他、学校行事にもマヤの伝統行事や文化を取り入れている。

紅井万里絵さんさん
紅井万里絵さん

栄養士/2022年度7次隊・富山県出身

中学生の頃、テレビで協力隊の活動を見て興味を持つ。大学で開発環境学を専攻するうち、飢餓や栄養、農業の問題を知り、就職活動も始めていたが進路を変更し、卒業後に栄養士の資格を取るため専門学校に通い、病院や学校で実務経験を積んだ上で管理栄養士の資格を取得。任期を延長して活動中。

足りていない栄養素を知ってもらい
レシピの紹介を通じて改善を目指す

派遣国の横顔
栄養価の高い料理を伝えるために学習グループの女性たちと調理実習を行う紅井さん

   2022年4月から派遣されている栄養士隊員の紅井万里絵さんは、コミュニティの女性たちと主に栄養改善や衛生管理に取り組んでいる。配属先は農牧食糧省のトトニカパン県事務所。県内には、家庭内での農業・家畜飼育、衛生環境改善、栄養改善、収入向上などを目指す自主学習グループがあり、生活改善普及員と共に指導している。

   事務所には、地元の食材などで作る料理のレシピが蓄積されていた。普及員が地域で紹介しようと考えてきたものだった。紅井さんは「レシピが栄養バランスが取れたものかどうか、栄養士として評価してほしい」と依頼された。

「レシピ集や栄養改善を進めるには、まずは現地の方々の食生活を知らないとできません。私は一方通行の情報収集ではなく、食生活を振り返る機会をつくりたいと考えました」

   紅井さんは普及員と一緒に、各グループと毎月1回、学習会を開き、栄養の知識や料理方法を伝えるようにした。学習会では、グアテマラの食事ガイドに基づき、「この1週間で野菜・果物類を食べた日が何日あるか」「その回数をどう思うか」「この後どうしていきたいか」などを聞くアンケートを実施。記入後、毎回数人に発表してもらう。

「グアテマラ、特にマヤ系民族の方々は、恥ずかしがりの人が多いです。でも、いつものメンバーの前なので、『どんなコメントでも、どんな小さな目標でもいいから、教えて』と声をかけています」

   データは表計算ソフトで集計し、すべての回答に目を通して、回答への評価や改善すべき点などを記入して、コメントを記入したアンケートは各自へ返却する。

   グアテマラは、5歳未満の子どもの約半数が慢性栄養不良で、特に先住民の間では深刻だ。2歳までの間の栄養摂取は将来の身体・知能の発達にも影響を与えるとされ、年齢の割に身長が低い人も多い。

「全体に緑色の葉物野菜の摂取が少ないです。また、低栄養の子の母親のアンケートからは、動物性たんぱく質の摂取量が少ないことがわかりました。そのことを母親に伝え、レシピ集では、緑色の野菜を多く使うメニューやたんぱく質が取れるメニューを増やしました」

   中間の軽食を含めて1日に4、5食摂取している人もいれば、貧しさから1日2食の人もいる。主食はとうもろこしの粉を焼いて作るトルティーヤ。ビタミンやミネラル、植物性たんぱく質が比較的多いインゲン豆を塩ゆでして一緒に食べることもあるが、トルティーヤとそれだけで済ませる人もいる。

「動物性たんぱく質を取るには、自分で家畜を飼育するか、市場で肉や卵、牛乳・乳製品を買うことが必要です。貧しいため、それらを買えない人もいますが、それ以上に栄養についての知識を持っていない人が多いと思います。駄菓子や清涼飲料は買って口にするので、生活習慣病のリスクも高まっています」

「変化がすぐに見える活動ではありませんが、学習会に参加している女性から、『あなたが来て、話をしてくれたから、何が足りなかったかわかった』『家族のために教えてもらったメニューを作ってみた』と聞くと嬉しいです」

   配属先からの希望もあり任期を1年延長したが、その期限も近づいている。「データもレシピ集も、すべてデジタル化しています。そうすれば、離任後も資料を活用してもらえると期待しています」

活動の舞台裏

民族性を大切にするマヤの末裔

   グアテマラを特徴づけているのが、色濃く残る先住民族マヤの文化だ。マヤ言語だけでも地域によって20以上あり、別の地域では通じないほど違うという。伝統工芸や衣装も村ごとに異なる。
   川原 翼さんが赴任した二言語(西語・キチェ語)教員養成学校は、公用語のスペイン語に加え、キチェ語も話せる教員を育成するための学校だ。生徒たちはマヤ民族の末裔の子どもたちで、点在する村々から通学している。中にはバスで2時間かけて通う子もいたという。
「民族衣装は村によって違うのですが、任期終盤には、柄を見ればどこの村の子かわかるようになりました。文化や言語を絶やさず、自分の民族に誇りを持っていることが素晴らしいと思います」(川原さん)
   新野佐和子さんは、「マヤ語の習得は難しいですが、簡単な単語だけでも覚えて話すと、現地の人がとても喜んでくれます」と話している。

活動の舞台裏
鮮やかな民族衣装をまとったマヤ系先住民族の女性たち

Text=三澤一孔 写真提供=ご協力いただいた各位