エクアドル/環境教育/
2012年度2次隊・大阪府出身
亜熱帯の貴重な動植物が生息し世界自然遺産に登録されている奄美大島。中心市街のある名瀬から車で1時間ほど行った南西部の宇検村に、浅尾朱美さんが経営する自家焙煎のカフェ「とよひかり珈琲店」と1日1組限定の宿「14hikari coffee inn」がある。協力隊からの帰国後に地域おこし協力隊を経て始めた事業で、エクアドルでの暮らしがきっかけで知ったコーヒーの魅力と、島の日常を楽しむ幸せ――この2つが重なって形となった。
日本の旅館での仲居やネイチャーガイドの仕事、南アフリカ共和国への語学留学を経て協力隊に応募し、エクアドル南部のロハ県に派遣された浅尾さん。要請内容は学校や地域を巡回して行う環境教育だったが、配属された県庁の環境局には環境教育に割く人員がおらず、思うように活動できなかった。任期後半には郊外の村に住み込んで活動し、環境教育の担い手としての可能性を感じた職員に手法を伝えた。
一方で、ロハ県がコーヒーの産地だったことから、浅尾さんも日頃からコーヒーに親しんだ。「現地では砂糖をたっぷり加えて飲むのが基本で、産地でありながらコーヒーの持つ味わいを楽しめていない気がして、不思議に思っていました。その疑問を解決したくて帰国後にコーヒー教室に通い、コーヒーの焙煎~抽出という工程の面白さに出合いました」。
その後、「協力隊経験を社会に還元できる仕事がしたい」と考えていた時、目に留まったのが地域おこし協力隊制度。祖父母の出身地・奄美大島に移住したいとの思いもあって「奄美」「地域おこし協力隊」で検索すると、ちょうど地域おこし協力隊を募集していたのが宇検村だった。ただ、人口減少・高齢化の進む同村が地域おこし協力隊を受け入れるのは初めてで、募集要項には、観光開発や地域資源の発掘などの記載がある程度。具体的な業務が定まっていない中で活動がスタートした。「社会人経験が浅く、専門性も高くない私にはそれが逆に良かったです。エクアドルでの活動のように、自分なりのやり方でいろいろ挑戦させてもらえました」。
任期中に主として取り組んだのは、若者世代が村の未来について話し合う「若者会議」の企画・運営である。会議の開催を通して村の課題について意見を交わし、理想の未来について多様な意見を掘り起こした。さらに、会議運営には役場の若手職員や青年団員をはじめ、さまざまな人や団体に関わってもらい、村内でのマルシェの開催、地域ラジオ番組の放送、空き家を活用した放課後児童クラブの立ち上げといった具体的な活動につなげていった。
島に行く前から、「朝においしいコーヒーが飲める宿をやりたい」と漠然と考えていた浅尾さん。「任期1年目の頃から、定住に向けた本気度を地域の人に話すことは活動をする上で大切なことだという思いがあり、日常的に自身の今後についての話をしていました」。任期2年目に空き家を貸してくれる人が見つかり、村の人々の協力を得て改修作業を実施。「まずはカフェから」と起業に向けた準備を進めることができた。クラウドファンディングで資金を集め、任期3年目の途中でとよひかり珈琲店を開業した。
店名は、村内にある集落の数である14を「トヨ」と読ませたもので、それは「豊かさ」にもつながるというのが浅尾さんの掲げるコンセプトだ。人口わずか30人の集落や子どもがいない集落もあるが、人々からは集落ごとのアイデンティティと誇りが感じられるという。「村を成す14の集落がずっと続いてほしいとの思いを込めていて、また、子どもたちを見守る村の人々の温かさがまるで光のようだと感じて名づけました」。
島の主要観光地から離れているものの、とよひかり珈琲店を目的として来てくれる旅行客がいたり、子育て中の女性など地元の人も多く訪れて、おしゃべりをしながらコーヒーを味わい、一息をつく場になっている。「手の届く範囲の幸せや日常を楽しむ人が多いのはエクアドルと似たところでもあり、私もこうして人生を過ごしていきたいと思っています」。
村で結婚・出産、そして子育てをしながら、2021年には“泊まれるコーヒーホテル”というコンセプトで「14hikari coffee inn」もオープン。「ゆくゆくは奄美で育てた豆を使ってコーヒーを出したい。かつて宇検村で行われていたコーヒー栽培を復活させることが長期的な目標です」。変わるライフステージの中で少しずつ思いを形にしてきた浅尾さん。これからも村に温かな光をともしていくのだろう。
2008年
この時期に、宿泊業という分野の魅力に出合いました
2010年
当時、アフリカの小さな国々も日本を支援してくれて、背景には日本人の草の根の交流があることを知りました。また、エクアドル人のルームメイトが親身に寄り添ってくれたりもして、『海外の人々に恩返しがしたい』と協力隊への応募を決めました
2012年
活動には多くの壁がありましたが、悩み、苦労したことはとても有益な時間になりました
2015年
島では冠婚葬祭などで関わる人の範囲が広いことと、地域行事が盛大なことに驚きました
2017年
お店と役場が近いため役場に出勤する前にモーニングサービスをしたり終業後にも営業をしたりしました
2021年
カフェもホテルも資金の一部をクラウドファンディングで賄いました。募集期間が終了しても事業内容や理念を詳しく書いたプロジェクトページがサイトに残るので、よい宣伝にもなっています
2024年
人手の問題などにより宿ではまだ食事の提供ができないのですが、お客さんとのコミュニケーションのために小さなバーを造っていて、年内にオープン予定です
Text=工藤美和 写真提供=浅尾朱美さん