
赴任した地域の住民は食材が偏っていて、栄養不良による低身長の子どももいるため、深刻な問題となっていることから要請が出されました。ワークショップを通じて、現地のお母さんたちに、栄養の話や野菜やたんぱく質を取り入れた料理を伝えたいのですが、女性グループに声をかけても参加してくれる人がとても少なく、活動に行き詰まっています。
現地の人たちが参加してくれないということは、現地の人たちが「興味がない」「今は優先すべきことではない」という意思を表明していると考えてよいでしょう。
協力隊は派遣国の政府からの要請に基づき、取り組むべき課題が決まっています。隊員はそれをやり遂げなければという意識を持って着任しますが、かといって現地の住民たちも同じ課題意識と興味を持っているとは限りません。
私は、途上国での国際協力の現場で「参加型開発」という言葉だけが一般化して、大事な意義が継承されていないように思います。参加型開発とは1980年代にロバート・チェンバース氏が著書『第三世界の農村開発』などを通じて提唱した考え方で、先進国の考えや途上国のエリートの意見だけを反映するのではなく、現地で生活する人々のニーズに即した開発が必要だ、という考え方です。それを、「現地の人々のためになることだから、こちらの呼びかける活動に参加すべき」と捉えてしまっていないでしょうか。
厳しい言い方をしましたが、実はこうしたことは、私自身が森林経営隊員としての活動の中で失敗してきたことなのです。家庭で使う薪の確保や林業の維持のために、途上国では木は重要な資源であり、計画的な森林保全が重要です。しかし私が進めようとした住民参加型の活動はうまくいきませんでした。住民にとっては「今の時期は農作業のほうが大事」「都市に出稼ぎに行くほうがお金になる」など、別の優先順位があったのです。それなのに私は年中「木を植えましょう」と植林の話ばかりをしていました。やっかいな人だと思われていたでしょう。
そんな時は、住民たちに「何をやりたいですか?」と聞いて、「トマトを作りたい」という声があったら、一緒にトマトを作ったらよかったのです。それが「あなたたちのやりたいことを優先します」というアピールにもなりますし、もしトマト栽培がうまくいかなくても、自分たちのやりたいことを一緒にやってくれる人だと思ってもらえるようになります。職種や要請、計画をいったん脇に置き、現地の人たちが本当に望んでいることは何か、聞いてみてください。信頼関係ができてから、自分がやりたいことを話し合っていくのがよいでしょう。
ホンジュラス/森林経営/1980年度1次隊、ネパール/森林経営/1983年度2次隊・愛知県出身
三重大学の農学部林学科を卒業。協力隊員として活動した後、1986年からJICA専門家としてペルー、ボリビア、ケニア、タンザニア、ミャンマーなどで勤務。国際開発コンサルタントとして、参加型開発を実践する草分け的な存在。2005年に有限会社人の森を設立し、開発協力実施団体向けのコンサルティングや講座を実施している。また、協力隊派遣前訓練・技術補完研修の講師も務めていた。派遣前訓練でも使用された『続・入門社会開発』など、著書多数。
Text=三澤一孔 写真提供=野田直人さん