
「JICA海外協力隊 グローカルプログラム(派遣前型)」(以下、GP)とは、青年海外協力隊・日系社会青年海外協力隊の合格者のうち、帰国後も日本国内の地域が抱える課題の解決に取り組む意思のある希望者が、自治体などによる地域活性化や地方創生などの取り組みにOJT(On the Job Training)の形で参加するものだ。合格から派遣前訓練開始までの間に原則75日間ほどの日程で行われ、2024年11月時点で全国24の地域が実施先となっている。ここでは、23年秋から受け入れを開始した秋田県五城目町での実習生の活動を紹介したい。
秋田市の北30kmに位置する五城目町は県北部と中央部を結ぶ要衝として古くから栄え、530年にわたって続く朝市が定期的に開催されるなど伝統の息づく土地柄だ。取材に訪れた12月2日も朝市の開催日に当たり、町内中心部の「朝市通り」と呼ばれる450mほどの通りでは、地元住民が道端に出店して農作物や手作りの食品などを販売していた。
通りの中ほど、「富士自轉車(自転車)」の看板が年代を感じさせる建物が、2023年度3次隊派遣予定の実習生4人が交流スペースとして活用している場所である。朝から町の人と雑談を交わしながら建物の前を掃除していたのは、伊豫谷香南子さん(ザンビア派遣予定/青少年活動)と作間温子さん(日系JV/アルゼンチン派遣予定/日本語教育)だ。
「この場所は女性実習生の宿舎も兼ねていて、男性は別の民家を宿舎として使っています。朝市のある日には4人で集まってスペースを開放し、JICAについて紹介したり、やって来る人と交流したりしています。それ以外はおのおの自分の活動をしていて、必要な時にはお互いに呼びかけて協力し合ってきました」(作間さん)
五城目町のプログラムで受入機関となっている一般社団法人ドチャベンジャーズは、旧・馬場目小学校の建物を活用したシェアオフィスとして2013年に開かれた「五城目町地域活性化支援センター」を指定管理者として運営することを中心に、地域活動なども担う団体だ。GPは23年10月の受け入れ開始から今回で3回目。同町でのプログラムの特色は、ドチャベンジャーズの企画や指示に基づく活動に従事するというよりも、実習生自らが地域のニーズと自身の知識・経験とを擦り合わせて活動を開拓していく性格が強いこと。それ故、4人がそれぞれに自分なりの活動を展開してきた。
作間さんが特に力を入れてきたのは、五城目町地域活性化支援センター開設11周年イベントの企画・実行だ。
「センターには地方創生関連のベンチャー企業や研究機関が入居しているのですが、関係者以外の地域住民が訪れる機会が少ない状況でした。そこでドチャベンジャーズでは周年記念イベントで地域との交流促進企画を望んでおり、私が手を挙げて、センターの活動・利用方法を知ってもらうことや、職員と地域住民、また住民同士の交流を図ること、地域の活動に触れる場を提供することを目標として、企画・運営に携わりました」
“地域の方々に感謝を込めて”というイベントコンセプトに沿って、まず地域でどんな人々がどのような思いで暮らしているのかを知り、関係性をつくることが大事だと考えた作間さん。地区の有力者の元や地域イベントを体当たり的に訪ね、住民と顔見知りになることから始めた。地道な草の根の関わりを通じて民謡や唱歌などの特技がある人たちともつながり、11月末にセンターで開催したイベントではそれらの発表を企画。併せて、地区の人々の協力の下、コロナ禍で途絶えていた地区の文化祭を一部復活させる形で書や写真、生け花などの創作展示も行い、当日は150人以上の参加があった。
「地域の人々と同じ目線で協働することを実践的に学びました。初めての土地でゼロから人間関係を作るという挑戦でしたが、これまでの社会人経験などを通じ、初めての町でも人間関係を築きながらやっていけると再確認できました」
作間さんとは異なる切り口で活動していたのは道原将斗さん(トンガ派遣予定/珠算)だ。ちょうど実習が始まった時期に、五城目町の住民同士による居場所づくりについて研究している人と出会い、その調査活動に同行して一緒に訪問・聞き取り活動に従事した。
「例えば、朝市通りにある“元” 薬局は以前からお年寄りたちの交流の場になっていて、薬局としての事業を畳んだ後も、店主の方がお菓子などの雑貨販売を続けて店を開けるようにしています。やって来る人たちをもてなそうという店主の人柄によって、そのような居場所が自然発生的にできているんです」
元々九州の地方都市出身で、途上国への赴任前に今までの生活と全く異なる場を経験したいと東北地方でのGP参加を希望したという道原さん。「朝市帰りの方から余りの食べ物をどっさり頂くなど、この土地ならではの人間関係を楽しめています」と笑う。自らコミュニティに入って活動を模索するということも含め、良い経験を得られたようだ。
一方で伊豫谷さんは、五城目町の出来事や町の人々について毎日1つの4コマ漫画を描いて朝市通りの交流スペースの壁に貼っていくという取り組みを行った。ネタは実習生の仲間4人でアイデアを持ち寄ったもので、掲示数が増えるに従って目立つようになり、通りがかりの人が立ち寄るきっかけにもなった。
「知っている人が出ていると面白がってもらえたりして、地道に続けてきてよかったと思います」と話す伊豫谷さんだが、この活動に至るまでには苦悩もあった。
「他の実習生 3人が順調に活動方針を定めていく中、私だけ何も見いだせずに焦っていました。そこでみんなが一緒になって活動のアイデアを試行錯誤して、得意のイラストスキルを生かすことを勧めてくれたんです」
全70話の 4コマ漫画は地域でも好評となったことから、「五城目町の日常」というタイトルで紙の冊子にまとめることになった。編集作業も印刷開始ギリギリまで実習生全員で協力して取り組み、無事に完成した冊子は、五城目町での活動の貴重な成果の形となった。
多くの地方自治体の例に漏れず人口減少・少子高齢化の波が押し寄せる五城目町は、子育て環境や教育の充実に力を入れている。今回の実習生の中で唯一、教育施設に常駐して活動したのが、日本での小学校勤務を経て協力隊に応募した藤村悦史さん(ウガンダ派遣予定/小学校教育)である。
藤村さんの活動場所は、町立五城目小学校の敷地内に置かれている放課後児童への学習支援の場「わかすぎくらぶ」。一緒に遊んだり、必要に応じて宿題などの勉強も教えたりして“ヨシ先生”として児童たちに親しまれる存在として活動していた。そんな藤村さんはGP参加の意義についてこう語る。
「実習生としての活動はもちろん大事なのですが、余白の時間が多い期間でもあるので、教員生活を送っていた時よりも読書や考え事に多くの時間を割けるのがいいです。忙しく働いている状態から派遣前訓練、派遣国への赴任などと慌ただしく過ぎてしまうと、自分の中で知識や経験を棚卸しできないまま現地での活動に突入することになるでしょう。その点で、GPで過ごす日々は内面の整理期間としても貴重だと思います」
取材当日、同小学校では今回のプログラムにおけるハイライトの一つともいうべきイベントがあった。実習生4人による、5年生への特別授業だ。
40人ほどの児童に向け、それぞれの自己紹介や赴任予定の国についてのクイズでアイスブレークをし、次いで五城目町の魅力について挙げてもらった上で、町外から来た実習生から見た魅力と比較しながら町についての新たな発見を促す趣旨のワークショップを実施した。
これは総合学習のカリキュラムと連動したもので、同町教育委員会生涯学習課の猿田和孝主査は、「子どもたちに、今まで気づかなかった自分たちの町の良さに気づいたり、外からの見方との違いを知ったりしてもらう機会となっています。今後はプログラムの実施時期に応じ、例えば今回参加した5年生が6年生に上がる来年度にはよりキャリア的・国際的な内容を強めていただくなど、実習生の方々の活動と学校のニーズがうまくかみ合う形で、この取り組みを続けていければと思います。派遣国からのオンライン講座やその先の帰国後のつながりなどにも発展させられることを期待しています」と話す。
単なる派遣前の研修の枠を超え、地域での存在感を増しつつあるGP。縁もゆかりもない土地で活動を掘り起こし、地域の人々との絆を育む経験は、実習生が派遣に向け自信をつける最初のステップとなるはずだ。
※2026年度1次隊合格者の場合。スケジュールは募集期・隊次により異なります。
Text=飯渕一樹(本誌) 写真提供=千葉和人さん(JICA 秋田デスク)