
協力隊員が活動する国々の多くでは、教育現場をはじめとして物事の伝え方が知識偏重型になっていることが少なくない。もちろん、現地の習慣や予算不足など、各地域・配属先の事情によりやむを得ない場合もあるが、工夫次第では、今までにないやり方を提案できるかもしれない。今回はそうした事例をいくつか紹介していきたい。
協力隊員が活動する国々の多くでは、教育現場をはじめとして物事の伝え方が知識偏重型になっていることが少なくない。もちろん、現地の習慣や予算不足など、各地域・配属先の事情によりやむを得ない場合もあるが、工夫次第では、今までにないやり方を提案できるかもしれない。今回はそうした事例をいくつか紹介していきたい。
体育に関わる隊員間で各EJSでの課題を持ち寄り、EJS全体での日本式体育の普及促進に努めるという目的を掲げて2023年5月に発足した。取材時(2025年1月)のメンバー数は7人で、発足からの累計メンバー数は12人。
エジプトでは、2018年から日直、学級会、掃除、運動会など、日本の学校ではおなじみの日本式教育を取り入れた公立小学校の設立が進められている。これらはエジプト日本学校(以下、EJS)と呼ばれ、エジプト全土に55校ある(25年1月現在)。各EJSでは現地に根差した日本式教育の実践と普及のために多くの協力隊員が活動しているが、赴任直後から自分たちの知る日本式教育と現地で展開されている授業とのギャップや課題を感じる協力隊員も少なくない。首都カイロ近郊のギザにあるEJSで23年から活動している緒方彩夏さん(体育/ 2023年度2次隊)もその一人だ。
「私が配属されているのは、300人程度の中規模校ですが、赴任してすぐの頃、体育の授業では毎回サッカーをやっていて、これは授業なのか遊びなのか疑問に思うほどでした。日本であれば、学習指導要領などに沿って、年間指導計画を立て、学習の見通しをもって授業を進めていくはずですが、そもそも年間の授業計画がないようでした」
22年からEJSスエズ校で活動している阿部璃音さん(体育/2022年度3次隊)も同じく体育の授業に課題意識を持ってきた。
「ある日の授業で、先生1人が子ども30人を並ばせて一人ひとり順番に前転するのを見ていました。待ち時間が長く、計算すると、子どもは80分の授業中1人3~5分しか動いていませんでした。十分な運動量を確保できているとは思えず、これは困った状況だと感じました」
2人は、同じ体育分野の隊員たちから成る「体育分科会」のメンバーとしても活動してきた。23年5月に発足した体育分科会では、定期的にカイロに集まり、メンバー同士の知識や経験を共有し、多様な視点から問題解決に取り組んでいる。
その中で情報交換をすると、他のメンバーの学校も似たような状況であり、授業の組み立て方や子どもたちの運動量の少なさなどの課題を抱えていたという。
「EJSは働く先生も通う生徒もエジプト人。先生たちは基本的に勉強熱心で子ども思いですが、自分自身が日本の教育を受けていないのでやり方がわからないのです。まずは、日本式体育とはなんぞやと、概念を共有する場を設ける必要があると感じました」(阿部さん)
そこで、分科会のメンバーはエジプト全土のEJSの体育教員を集め、「研修会」という形で日本式体育について理解を深めてもらおうと考えた。ところが、EJSを管轄するエジプト教育省プロジェクトマネジメントユニット(以下、PMU)に「研修会をやらせてほしい」とプレゼンしたところ、体育の意義を十分伝えられていなかったこともあり、最初は「練り直し」と一蹴されてしまった。EJSに配属されているJICA専門家からのサポートも受けながら、やっと許可が下りたのは3回目のプレゼンでのことだった。
PMU経由ですべてのEJSの体育教員にリクエストレターを送ってもらったのは開催予定日の3カ月前。それから毎週末集まり、教育省との交渉、会場の日程調整、当日のプログラムやグループ決めなどの準備を行い、開催3~4日前には会場近隣の小学校を訪ねてボールなどの用具を借りて回った。
「ギリギリまで準備に追われ、本当に開催できるのか不安でした」(阿部さん)。そんな研修の成果はどのように表れたのだろうか?
23年9月、ギザにある研修宿泊施設にエジプト全土から約80名の体育教員が集まり、第1回の研修会が2泊3日で行われた。テーマは「日本式体育の基礎」。協力隊技術顧問でもある日本体育大学の白旗和也教授を招き、体育の意義について講義してもらった後、グループワークでのディスカッションや模擬運動会の体験など、なるべく一方通行ではないプログラムを提供した。
「EJSではUNDOKAI(運動会)の実施も義務の一つですが、エジプト人の先生からは単なるスポーツデーだと思われていることも。しっかりと目的と意義が伝わるように、模擬運動会では参加する先生に先生役と生徒役をお願いし、行事運営も学んでもらいました。私たちが一方的に指導する形ではなく、研修で学んだことをそのまま学校に持ち帰って実践してもらえるように工夫しました」(阿部さん)
第1回は盛況のうちに幕を閉じ、参加した教員たちからは「次はいつ開催するんだ?」という声も多く上がった。PMUの理解と関心も得られ、その後はプレゼンが通りやすくなったという。24年2月には「子どもの思考力を育てる」、同年9月には「楽しくて安全な体育の授業」というテーマで研修を開催し、いずれも110 ~120人が参加した。
研修後、EJSの体育教員全員参加のグループチャットを作成すると、「こんな運動会をやったよ」「こんな時はどうしてる?」「私の学校で研究授業をやるから見にきて」など、教員同士のやりとりが見られるようになった。
「横のつながりが生まれ、教員同士で相談し合える状況ができつつあります。研究授業で素晴らしい指導案を見せてもらった時には研修の成果を実感しました。私たちの意図をくみ取り、それぞれの学校で実践してくれる先生が増えたことは本当に嬉しい成果です」(阿部さん)
先生たちの意識と共に、学校の子どもたちにも変化があった。「私の配属先では先生がきちんと授業準備をするようになり、以前は1人5分ほどだった運動量が今では8倍に。多様な競技や運動を取り入れることで、以前は体育が楽しくないと言っていた子どもたちも、今では『すごく楽しい』と言ってくれています」(阿部さん)
25年1月末の4回目の研修会のテーマは「各競技における準備運動」。阿部さんは開催直後に任期を終えて帰国し、緒方さんが4代目の会長として分科会の活動を引き継いでいく。
「私たち協力隊員がいつまでも研修会を主催し続けられるとは限りません。今後は、意欲ある人材を発掘し、研修会自体の担い手を育成できるようにしたい。最終的には日本人が介在しなくてもこの活動が続けられるように、エジプト人だけで研修会が運営できることが理想です」(緒方さん)
23年の発足から歴代体育隊員が思いをつなげてきた分科会の取り組みが、大きな成果を結び始めている。
Text=秋山真由美 写真提供=エジプト体育分科会