Case2
創意工夫で図工の授業
児童と教員の意欲を引き出す

海老澤敦子(旧姓 村上)さん

エチオピア/小学校教育/2015年度1次隊・兵庫県出身

幼少期から図工が好きで、大学では外国語教育について学ぶ。小学校教員として数年の経験を積んだ後、協力隊に参加し、帰国後も学校現場に戻る。現在はエチオピア産のレザーなどで小物類を作る革作家に転身して活動中。

実践・実技で活動の効果を深めよう

【課題】予算も材料もなく、実技は宿題   “色”がない知識偏重型授業

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図工の授業は知識を教えることに偏ってしまっていた

   公立小学校の教員として4年間働いていた海老澤敦子さんは、「30歳になるまでに海外にチャレンジしたい」と27歳の時に現職教員特別参加制度を利用して協力隊に参加した。配属先はエチオピアの首都アディスアベバにあるマサラットエチオピア小学校。低学年のクラスで、保健体育・音楽・図工が一つに統合された「エステティクス」という情操教育科目の授業を担当することになった。ところが、出だしから失敗してしまったと苦笑する。

「赴任したばかりなのに、『日本ではこうだよ』と日本のやり方ばかり紹介していたら、カウンターパート(以下、CP)の先生から『エチオピアにはエチオピアのやり方があるんだ!』と言われ、大げんかしてしまったのです。隊員あるあるだと思いますが、張り切り過ぎて空回りしてしまいました。今振り返ると反省点ばかりです」

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1クラス当たりの児童数がかなり多いエチオピアの学校

   結局、低学年のエステティクスから、5・6年生の図工を担当することに変わった海老澤さん。大学では音楽を学んでいて図工の知識がないという新しいCPとは、チームティーチングでうまく役割分担して、授業を進めることができた。しかし、エチオピアの図工の授業は、先生が黒板に書いたことを子どもたちがボールペンでノートに書き写すだけ。赤と青を混ぜたら紫になると説明されても、児童は実際に絵の具で試してみることができない。「知識偏重型で、図工の授業なのに“色”がないことに衝撃を受けました」。

   授業では理論を教え、実技は「宿題」として家で取り組むように言われる。すると、家庭環境や貧富の差が顕著に出るため、宿題ができる子とできない子で経験の差が開いていく。

「できない子はずっとできないままです。作品が飾られるのは優秀な子に限られ、クラスメイトの作品をお互いに鑑賞し合う機会もありませんでした」

   狭い教室に児童50人がぎゅうぎゅう詰めに座って授業を受け、教科書は配布されず、工作に必要な材料や道具もない。先生自身もハサミやカッターなどの道具の使い方がわからず、実技を教えるイメージが持てないようだった。

「実技を通じて児童自身の考えで工夫したり、試行錯誤したりすることで表現力や創造力、協調性が身につきます。文化の違いといってしまえばそれまでですが、せっかく日本から来たのだから一つでも事例を残して帰りたい。教室で創作をすることをやってみようと決めました」

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児童への指導にあたる先生

   海老澤さんはさっそく道具や材料を買うための予算を出してくれるよう校長にかけ合ったが、返ってきたのは予期せぬ言葉だった。

「算数や理科に割く予算はあるが、アートのために割く予算はない。アートが国の発展のために役立つのか?」

「確かに、服もボロボロで、明日のご飯も食べられるかどうかわからないような子どももいる社会で、紙や絵の具にお金をかけている場合ではないですよね。一方で、自分の手を信頼し、何かを作っている時間の豊かさは何にも代え難いものだと思っています。それを伝えられないことがもどかしく感じました」

【工夫】創作に意欲を見せる児童の姿を示して親や教員の理解を深める

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市内の先生に作品説明をする海老澤さん

   図工の授業が持つ価値を理解してもらうためには児童の作品を見てもらうしかない。海老澤さんはひとまず現地業務費を使って画用紙を買い、持参した折り紙や現地の羊革を使って児童にポストカードを作ってもらった。

   それらのカードを郵便局で外国人に向けて売ってもらえることになり、その資金でハサミ、カッター、色鉛筆などを導入することができた。消耗品であるのりは小麦粉と水を熱する方法で手作りし、絵の具は市販されている色の粉や木炭などで代用して予算を節約。そうして用意した道具と材料で初めて実技を行うと、児童たちは大喜びしてくれた。

   ただ、道具を家に持ち帰ってしまう子も少なくなく、道具の管理には苦労した。そこで、一つ一つの道具に番号を振り、班ごとに配布と回収をすると、徐々に「学校の物は返さなければいけない」と意識できるようになっていった。

   完成した作品はなるべく職員室や廊下などに飾り、目に触れやすくした。児童の作った絵やモビールで校内が明るく華やかになっていくと、校長や他の教
科の先生も理解や関心を示してくれるようになった。実技の授業は月に2~3回時間割に組み込まれ、足りなかった授業時間も1コマから2コマに増やしてもらうことができた。

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教室に導入した文房具。皆で作ったポストカードで購入したことで、共有のものという意識にもつながった

   さらに作品が増えると、もっと多くの人に見てほしいという話になり、海老澤さんが「日本には図工展がある」と写真などを見せて提案すると、同僚の先生たちも「やろう!」と賛同してくれた。こうして、児童の制作意欲の向上と保護者への情報発信を目的とした校内・市内初の「アートフェスティバル」の開催が決まった。

   保護者に見てもらうため、フェスティバルは保護者会の日に合わせて実施することになった。平面作品だけでなく、張り子のランプシェードやペットボトルにデコレーションした立体作品など、5・6年生100名全員の作品を飾る。

   また、約80の民族が存在するエチオピアでは児童のルーツも多様だ。それを表現するために班ごとに協力し、さまざまな民族衣装を着て踊る子どもの等身大の貼り絵を約3週間かけて完成させると、子どもたちは歓声を上げた。

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自分たちの作品を見せる児童たち

「何をどう作ろうかと頭の中で考えながら形をつくっていく、その手の中で行われているのは生きることそのもの。子どもたちの姿を見ていて、つくることは本能であり、人間の根源的な営みなのだと感じました」

   当日は、同期隊員たちにも協力してもらい、凧作りのワークショップやフェイスペイントのコーナーも設けた。多くの来場者に向かって、校長先生が「アート教育をやってくれたアツコです」と紹介してくれた。

「ママ、これ僕のだよ!」と自分の作品を笑顔で指差す児童と、その傍らで作品を見つめる母親。「その後ろ姿が今でも思い起こされます」。

   2年目からは校長にも認められて図工に予算が下りるようになった。CPの意欲も向上し、積極的に授業に実技を取り入れ、授業準備にも力を入れるようになった。

「いくら言葉を並べても伝わらないことはあります。一歩ずつ関係性をつくり、子どもたちが楽しんでいる姿、作品が増えていく過程を見てもらう。そんなやり方があってもいいんじゃないかと思います」

Text=秋山真由美 写真提供=海老澤敦子さん