Case3
さらなる国際協力の道を目指して進学
強みとテーマを見いだして国際機関で活躍

水野谷 優 さん

バヌアツ/青少年活動/1997年度2次隊・福島県出身
国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)国際教育計画研究所(IIEP)
技術協力部部長

筑波大学第二学群人間学類卒。日本学術振興会勤務を経て、協力隊に参加。米コロンビア大学公共政策大学院で修士号取得。国際労働機関(ILO)に勤務後、コロンビア大学大学院で教育経済学の博士号取得。国際連合児童基金(ユニセフ)東アジア・太平洋地域事務所でコンサルタント、同ケニア事務所で教育チーフを務め、東日本大震災では日本ユニセフ協会の緊急災害支援に参加して岩手県・福島県で活動した。香港中文大学グローバルスタディプログラム副ダイレクターと助教授の傍ら、ユニセフのシリア事務所とイラク事務所でコンサルタントも務めた後、ユニセフ本部教育データ上級アドバイザーを経て、2023年4月から現職。24年12月、『世界で花開く日本の女性たち:国際機関で教育開発に携わるキャリア形成』を編著者の一人として出版。

協力隊を経た先輩のキャリアを知ろう   帰国隊員の仕事の現場
協力隊を経た先輩のキャリアを知ろう   帰国隊員の仕事の現場

   国連機関を中心に教育開発と教育経済学の専門家としてキャリアを重ねているのが水野谷 優さんだ。現在、パリにある国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際教育計画研究所(IIEP)の技術協力部部長として、途上国の教育支援にデータ分析を使って携わっている。統括しているのは、各国の教育セクターや教育財政の分析をはじめ、教育計画の策定、教育データシステムの向上、気候変動や紛争に対してレジリエンスのある教育制度の開発などについて技術協力を行うチーム。今年3月にはマラウイへ出張して、年始の大雨による洪水や昨年来の干ばつなどが子どもたちの教育にどのような影響を与えるか、災害予測データや現地の教育機関の状況に関する情報を踏まえてシミュレートし、教育機会が奪われないような、気候変動に強い教育システムの構築について協議した。

「IIEPはその国の教育に関するデータを政策決定者と分析・解釈し、なぜそのような現象が起きているのか、解決方法や問題の優先順位づけを検討します。各国の教育関係者と協力して課題に取り組むことは、彼ら自身と組織の能力開発にもつながります。先のマラウイの例では防災関係機関などとも協議するなど、直接教育に関わらないさまざまなパートナーたちをつなぐハブの役割も果たしています。政策を決めて実施するのはその国の人たちですが、私の仕事が各国の教育にインパクトを与えられることに、とてもやりがいを感じます」

   水野谷さんが国際協力の道に入るきっかけは、大学時代に社会貢献に関心の高い同級生たちから刺激を受け、ネパールで人形劇を通じた教育や栄養の啓発活動をしたことだった。その体験が楽しく、将来海外で仕事をしたいというイメージにつながった。

 

   バヌアツでの隊員時代は、村の青少年グループと現金収入につながるプロジェクトなどを企画・実施。村の人々が海外から輸入した卵を購入する状況を見て村に養鶏を導入するものの、台風被害に遭い失敗してしまう。

協力隊を経た先輩のキャリアを知ろう   帰国隊員の仕事の現場
ワークショップに参加した現地教育関係者たちと。「どうすれば現地の教育が気候変動に適応できるのか考え、さまざまなアイデアが出されました」

「養鶏を始めても続けられないことを、村の人はわかっていたんです。現地のことをよく知っているのは、現地の人たち。外国人が深く知らないまま現場に手を出すよりも、途上国の社会を構成する政策立案のプロセスに関わってインパクトをもたらしたいと思うようになりました」

   協力隊の任期終了後に留学したコロンビア大学大学院では、開発・社会政策において現実を客観的に把握する統計学を学んだ。そこでデータ分析を面白く感じ、かつそれが政策提言や開発計画作成に不可欠だと再認識し、自身のコアスキルに定めた。その後、ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)派遣制度を利用して国際労働機関(ILO)のバンコク事務所で、タイやカンボジアのトゥクトゥク運転手などインフォーマルセクター労働者の社会保障・保護に携わった。しかし、水野谷さんはそこで自身がより貢献したいテーマは教育だと改めて気づく。「幼い頃から教育を尊重する家庭で育ったことが原点なのだと思います」。

   水野谷さんは改めてコロンビア大学大学院に戻って教育経済学の博士号を取得し、国連児童基金(ユニセフ)、IIEPでの業務に携わってきた。「学んでいた間は収入も減りましたが、教育に貢献するというモチベーションが揺るぎないものになりました」。それが、自分の取り組むべき仕事について、時間をかけて見いだしながら専門性を高め、キャリアを構築してきた水野谷さんの道のりだ。

先輩隊員からの一言!

協力隊を経た先輩のキャリアを知ろう   帰国隊員の仕事の現場
マラウイ出張で実施した、気候変動に対する教育セクターの強靭化を目指すプロジェクトのワークショップ

隊員経験が生きているところは?

   現場を知っている強みがあることです。実は国際機関で働く人にはフィールド経験の多くない人もいて、ILOでタイに駐在していた時、ジュネーブ本部から出張でバンコクを訪れた人が「やっぱりフィールドはいいね」と言うので驚いたことがあります。協力隊員としてローカルな現場で出会った人々との関わりや、そこで経験したことは、今の仕事で現地の様子をイメージする上で非常に役立っており、絶対的な自信になっています。

   任地の村では、会うとよく冗談を言い合っていた快活な少女が「弟が今年から学校に行くことになったから自分は行けないんだ」と家の前で掃除をしながらうつむき黙ってしまったことがありました。それに対して私は何もしてあげられず、そんなやるせない記憶が、“誰もが学校へ行けるようにする”という今の仕事へ向かわせる、色あせない動機の一つになっています。


進学先選びはどうすれば?

   国際協力キャリアを意識する方は、まずイギリスやアメリカの大学院への留学を考えると思いますが、実は日本の大学院にも素晴らしい先生が大勢いて海外の大学院と遜色のない評価がなされています。今は円安ですし、さまざまな事情で留学が難しい人もいると思いますので、国内の大学院もお薦めします。ただ、留学してもしなくても、絶対的に欠かせないのは高い英語力の習得です。私は元々英語のオーラルコミュニケーションが不得意で、今でも決して自信はなく、これまでも苦労しながら習得に努めてきました。

   また、海外留学する際は、将来、国連などに行きたいのか、開発銀行系の国際機関に行きたいのかなどを考えて大学院の場所を選ぶ工夫をするといいと思います。国連機関はニューヨーク、開発銀行やシンクタンク系はワシントンD.C.にそれぞれ多く、そこで働く日本人コミュニティに入れば、いろいろなアドバイスを得られるはずです。


仕事で今後やりたいことは?

   人工知能の発展で、今後は何かを知っているというスキルより、人間の非認知スキル(問題解決能力、チームワーク、他者への共感、相手の意見を聞く姿勢など)が一層大切になるでしょう。そこで注目されるのが日本式教育で、単に学力の高さだけでなく、社会性や非認知スキルを養うという良さ・強みがあり、それをユネスコの立場から世界に発信したいと考えています。

   もう一つ念頭にあるのは平和教育です。国と国との対立だけではなく、もっと身近な、親子・兄弟・職場などで起きる摩擦も見逃せない対立で、温かい家庭や職場の存在がマクロレベルの平和にもつながっていくと思います。教育を通じて個人・日常レベルの対立や葛藤をマネージする能力を養うことが平和教育の一つの柱と考え、推進したいと思っています。

Text=工藤美和 写真提供=水野谷 優さん