中川容子(旧姓 堤)さん

ライフワークとなった“水辺の安全”への活動
いつか任地にも貢献したい

中川容子(旧姓 堤)さん

(モロッコ/村落開発普及員/2001年度1次隊・東京都出身)

JICA Volunteers’ Reports
ミクロネシアで2019年に実施した現地調査の関係者

   モロッコ北部の漁村、ムーレイ・ブッセルハムで村落開発普及員としての活動を経験し、帰国してから20年余り。現在は日本国内の企業でマーケティングの仕事に従事する傍ら、日本ライフセービング協会の国際室理事、そして国際ライフセービング連盟アジア太平洋地区の理事を務めています。日本がアジア太平洋地区における溺水(※)防止に向けて貢献できるよう各国と連携を進めていて、コロナ禍前の2019年にはミクロネシアを訪問し、現地の協力隊員たちにも案内してもらいながら、溺水の現状について現地調査をしたこともあります。

   元々は大学生時代にクラブ活動でライフセーバーを始めて以来ずっと続けていて、私の協力隊での派遣先が決まる経緯にもその経験が少しだけ関わっていました。面接時のこと、「家に電気も水も通っていない漁村で、突然船に乗ってと言われても、ライフセーバーのあなたなら大丈夫だよね?」と面接官から言われた流れもあって、ムーレイ・ブッセルハムでの要請に決まったのです。現地での活動自体にライフセービングの技術が関わっていたわけではないのですが、そんな縁で任地とのつながりが生まれました。今でも当時お世話になった大家さん一家と連絡を取ったり、任地を再訪したりもしていて、協力隊員として過ごした経験は私にとってかけがえのない心の財産となっています。

   ただ、数年前に現地から悲しい知らせがありました。まだお母さんのお腹の中にいた頃からよく知っていた村の少年、オットマーン君が、井戸に転落して亡くなったというのです。井戸には蓋がなく、外へ出るための手段も講じられていませんでした。

   ライフセービングの観点からいえば、事故が起きてからの救助・救命以上に、事故を未然に防ぐことがとても重要になります。途上国では、例えばお母さんが水場で家事をしている時に幼児が池に落ちたり、たくさんの人が通勤・通学で小舟に相乗りして事故に遭ったりと、水難事故の起こり得る場面は無数にあります。しかし、「水辺のどこが危ないのか」「天気の状況はどうか」といったことを事前に確認したり、子どもだけで遊ばせず大人がきちんと見ているようにするといった、基本的な安全教育と知識があれば、防げる事故は多くあります。オットマーン君の時も、ちょっとした注意で命を守れたのではないかと思うと、胸が締め付けられます。

JICA Volunteers’ Reports
任地で、オットマーン君とその母親との一枚

   2021年、国連総会で溺水防止の世界的取り組みに関する決議が採択され、7月25日が「世界溺水防止デー」と定められて水辺の安全についての取り組みが各国で行われてきました。私も仲間と共に決議の邦訳をしていて、世界溺水防止デーをきっかけに少しでも溺水を減らすために考える機会ができればと、SNSなどでキャンペーン情報を発信してきました。学生時代、協力隊時代を通して、今や私のライフワークとなっているライフセービング。いずれはムーレイ・ブッセルハムを訪ね、現地の皆のために水辺の安全について伝えるワークショップを開きたいとも願っています。



※溺水…水などの液体で溺れたり顔が塞がれたりすることによって気道が閉塞し窒息することを指す。


Text=飯渕一樹(本誌) 写真提供=中川容子さん