先輩隊員の語学奮闘記1

現地人の話すことがわからない!
シャドーイングや音読で集中トレーニング

松井絵里香 さん

タイ/障害児・者支援/2021年度1次隊・大阪府出身

大学時代の友人が協力隊に参加したことで興味を持ち、特別支援学校の教員を3年務めた後、現職教員特別参加制度で協力隊へ。当初、ペルー派遣の予定だったが、コロナ禍で派遣国を変更。タイ東北部にあるナコーンラーチャーシーマー県の特別支援教育センターで活動した。

松井絵里香さん
松井さんの配属先の同僚と子どもたち

   タイ語は協力隊員が学ぶ言語の中でも特に難しいものの一つとされる。声調が5種類あって音の高低により言葉の意味が変わるため、正しく発音しなければ伝わらない。文字もタイ語固有で、44の子音字と28の母音字の組み合わせで発音を示す。さらには単語間にスペースを挿入しないため、文章を読むには単語の区切りを自分で判断できるボキャブラリーを要するなど、非ネイティブには困難なことが多い。障害児・者支援でタイに赴任した松井絵里香さんへの要請は、地方の特別支援教育センターで自閉症児の支援を行うこと。外国人があまり来ない地域のため大人でも外国語を話せない人が多く、活動にはタイ語が必須だった。

   松井さんの場合、訓練所入所前のeラーニングと市販の入門書を利用してタイ文字はしっかり覚えて入所。派遣前訓練中の授業は声調の習得と、語彙を増やすことが中心だった。「単語の宿題が大量に出て、ひたすら取り組んでいました」という松井さんだが、さらに毎朝の授業前にはホワイトボードに自作の物語とそれにまつわる問題をタイ語で書いて、同じクラスの候補生に解いてもらうという自主学習も継続。

「訓練終了時には、タイ語検定4級くらいのレベルが身についていたと思います」

   しかし、大きな壁が立ちはだかったのが、タイ赴任から1カ月間の現地語学研修も終え、いよいよ任地へ赴いた時だ。同僚たちが話す言葉を全く聞き取れなかった。任地は地方都市の中心部からさらに離れた場所で外国人が少なく、配属先も隊員の受け入れが初めて。同僚は外国人に向けて易しく話すことや、外国人の話すタイ語を聞き取ることに慣れていない。しかも医療・福祉系の配属先なので専門用語も多く、意思疎通には時間がかかりがちだった。

コミュニケーションが取れるようになると、他の隊員の配属先で得意のけん玉を教えるなど、やりたい活動も少しずつできるようになっていったという

   松井さんは、どうしようもない場合には「ごったい」という無料のタイ日オンライン辞書アプリを使い、時には英語を交え、絵を描いたりもして伝えるよう努力した。同僚の多くは松井さんのタイ語を理解しようと耳を傾けてくれたが、あるベテラン職員から「あなたの話すタイ語はわからない。他の人に話して」と拒絶されてしまう。

   その時の「悔しい、見返したい」という気持ちがバネになったという松井さん。オンラインのタイ語レッスンを契約して、講師による文章の音読を録音し、それを聞きながらシャドーイングし、さらに自分の音読を修正してもらうといった手法で熱心に勉強を重ねた。さらに赴任から1年後に予定されていたタイ語検定3級を受験することにし、タイ語での日記を継続したり、普段からテキストの音読も繰り返したりするなど地道な努力を続けていった。

「検定試験はモチベーションを維持する目標設定としてちょうどよく、ここまで到達したら私はこれだけしゃべれるんだ、という自信にもつながりました」

   そうして半年たった頃には、配属先の朝礼などの込み入った話でも聞き取れるようになった。意思疎通も楽になり、自分から話題を発する回数が増えたという。

「この頃からやりたいことができるようになり、活動も楽しくなっていきました。任期終盤には、同僚と口げんかさえできるほど語学力が鍛えられていました」

Text=工藤美和 写真提供=松井絵里香さん