「ネパール」と
「子ども」を軸に
日本語学習支援と雑貨販売

田中文絵さん

ネパール/環境教育/2017年度4次隊・千葉県出身

田中文絵さん

保育士・日本語支援・雑貨販売
三足のわらじでネパールと子どもたちに恩返し

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
子どもからお年寄りまで住民たちが集えるように、市の生ごみ堆肥化施設の一角に公園を設置した

   ネパールとの最初の出会いは八ヶ岳の山小屋だったという田中文絵さん。子どもが好きで保育士として都内の保育園で3年間働いた後、「違う世界も見てみたい」と約半年間の住み込みスタッフとして働いていた時のことだ。

「山小屋の主人がヒマラヤでのトレッキングや現地の人々との交流をしていて、話を聞くうちにとても興味が湧いたんです」

   以降、協力隊への応募以前にネパールを4回も訪れていて、「関わる人が皆フレンドリーで温かい。行けば行くほど好きになり、その魅力に取りつかれていきました」。

   そして、もっと違う視点からネパールのことを知りたいと、ネパールでの要請に絞って協力隊に応募したのが2018年のことだった。インド国境にほど近く、茶畑が広がる緑豊かなイラムという町の市役所に配属され、環境教育隊員としてごみ分別や3R(※)の指導、環境意識の向上に奔走した。

   当初は、ネパール語もままならずもどかしい思いをしたり、男尊女卑の現実に直面することもあった。それでも、まずはごみ収集の現状を把握しようと毎朝7時にバザールへ行き、ごみ分別や回収のモニタリングを日課にした。すると、出会う人たちとコミュニケーションを取るうちに人脈ができ、徐々に活動の幅が拡大。モニタリングを1年間続けると、次第に周囲の男性や上司の態度も変わっていったという。

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
日本語学習支援員としてネパール人の子どもに教える田中さん。現在は、小学1年生から中学2年生までを受け持っている

「異文化への疑問ばかりが浮かぶ時期もありましたが、思えば、ネパール人たちにとっては私のほうがいわば宇宙人のような存在。日本のやり方を主張する前に、現地のことをもっと知ろうとする気持ちが大事なのだとわかりました」

   任期終盤には語学が上達し、雑談のような気楽な調子で、業務の意見交換も活発に行えるようになった。

「ネパールは友達文化ということもあり、配属先の職員をはじめ、NGO・学校のような団体の関係者など、さまざまな人に関わっていました。私はカーストの区別もなく誰にでも何でも言える立場だったので、人と人をつないだり、役職の低い人の意見を上へ伝えたりするパイプ役のような存在でした」

   “この町を良くしたい”との思いを胸に公私にわたる人間関係を築き、仕事の合間には幼稚園で子どもたちと交流することも欠かさなかった田中さん。「2年間で、一層ネパール人の優しさや愛情の深さを感じて好きになりました」と振り返る。

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
支援初日には“Welcome to JAPAN”と書いた折り紙を子どもに渡すようにしている

   20年3月、任期終了のタイミングでコロナ禍に見舞われ、帰国後はステイホームの中、ネパールとつながって活動できないかと「ネパール」「子ども」などと検索。派遣保育士としての仕事に就く傍ら、東京都や神奈川県などに登録してネパール人の子どもへの日本語学習支援や日本語サポート指導を行うようになった。

「事情はそれぞれですが、親の都合で日本に来ている子どもたちが大勢います。現在は週に6〜7人のネパールの子どもを支援しているのですが、すぐに日本の学校になじめる子もいれば、そうでない子もいて、特に高学年ともなれば日本語の習得にも時間がかかります。せっかく日本に来たのだから、安心して学校を楽しんでほしい。言葉がわかれば楽しさも増すと思うので、日本語や日本文化を教えつつ、精神的な支えにもなっていきたいと思っています」

   一方、20年にはネパールの伝統織物を使ったオリジナルバッグや、現地のマーケットなどで買いつけた雑貨を取り扱うブランド「MERO」を立ち上げた。

「名前は、ネパール語で“私の”という意味。任期中に現地の縫製工場とつながりができ、帰国時のお土産として小さなバッグを100個発注したことがきっかけでスタートしました」

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
MEROのオリジナルバッグ。「ネパールの伝統的でカラフルな織物を選び、形にもこだわって現地の工場で生産しています」

   雑貨販売を始めたことで、協力隊時代にはあまり気づかなかったネパールの民族的手工芸品や鮮やかな色合いの布など雑貨の魅力を再発見でき、現在は月に2〜3回、マルシェやイベントを中心に出店している。「店頭には雑貨と一緒に、現地の写真やガイドブックなどを置いて、『これは水牛の骨で作られているんです』『ここはブッダが生まれたといわれる町です』などと話しながらネパールの魅力を伝えています。実際に見て、手に取って、会話して“私のもの”だと思えるものを選んでほしいので、今は対面販売が中心です」。

   雑貨の販売は少しずつ利益が出ているものの、日本語学習支援のほうはなかなか仕事として確立できないもどかしさがある。それでも、と田中さんは続ける。

「ネパールへ一歩を踏み出した時、どんな選択肢に進んでも生きていくことはできると感じました。将来を担う子どもたちにも、一歩踏み出せばいろんな世界が広がっているということを伝えていきたいと思います」


※3R…Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル)の頭文字を取った用語で、廃棄物抑制・資源の再循環のためにこの順番で取り組むのがよいとされる。


田中さんの歩み

Text=秋山真由美 写真提供=田中文絵さん