審査員特別賞(スポーツと開発)

糸井 紀さん
糸井 紀さん

エクアドル/水泳/2013年度1次隊・岐阜県出身

国際審判員(水泳) 国際的な大会の審判を行う資格を有する審判員のことで、水泳の場合は国際パラリンピック委員会(IPC)と世界パラ水泳連盟(WPS)により認定される。日本国内で開催される国際大会のほか海外の大会に出張することもあり、糸井さんの場合、直近ではパリ2024パラリンピック競技大会でスターターを務めた。審判員としての役割のほか、各国の審判員の育成のため講演会を行うなど、国境を超えたスポーツ界の発展に寄与する立場でもある。

現役隊員へのメッセージ

日々の活動の中ではいろいろと嫌なことがあったり、めげたりすることもあるでしょう。私も序盤からプライドを折られて随分めげました。ですが、その経験がちゃんと思い出や笑い話になる時が来るので、逃げることなく活動をやり切ってほしいと思います

協力隊時代に培った巻き込む力で
国際審判員として多文化の懸け橋に

   日本人唯一のパラ水泳国際審判員として活躍する糸井 紀さん。競技ルールに基づいた公平・公正なジャッジで大会を支えるが、その一つ一つの判断が選手の人生や国の命運を左右するため、「毎回胃が痛くなるほどの重圧がある」と語る。切断、片麻痺、視覚障害など、選手の障害が多様でクラス分類された中での競争となるパラ水泳は、ルールが複雑で想定外の事態も多く、オリンピックとは違う難しさがある。糸井さんは常に平常心を保ち、選手たちが最高のパフォーマンスを発揮できるよう全力を尽くす。

   地元・岐阜県で高校の体育教諭として水泳部を指導していた糸井さんが、現職参加で協力隊に参加したのは2013年、40歳の時。赴任先のエクアドルで念願のナショナルチームの選手・コーチの指導に当たったが、最新の技術やトレーニング方法を一方的に教えようとして総スカンを食らい、「思いきりプライドをへし折られました」と振り返る。

   そこで考えを改め、相手の懐に入って仲間として認めてもらうことから始めた。やがて信頼を得て、チームをW杯出場に導くことができたが、南米で行われた国際大会で目にしたずさんな審判に衝撃を受け、「審判の資質向上を目指し、途上国の力になろう」と国際審判員を志す。

第3回社会還元表彰   受賞者たちが今に至る道
パリ2024パラリンピック大会に参加した糸井さん

   15年に帰国した糸井さんは教職に復帰し、岐阜県水泳連盟副理事に就任。並行して、国内最上級であるA級審判員の資格を取得すると、18年にシンガポールで1週間の講義と筆記および実技試験に挑んだ。実技試験では英語でのディスカッションに苦戦しながらも、日本人として初めて国際審判員に合格。IPCとWPSの認定を受け、東京2020大会、パリ2024大会の両パラ競泳でスターターを務めるなど、国内外の多くの大会で審判員としての経験を重ねる。今後に向けては、岐阜県水泳連盟の副理事長として、日本開催の国際大会に出場する選手団の事前合宿を受け入れることも目指す。岐阜県にゆかりのあるブラジルやペルーの日系人らにも協力を呼びかけ、選手がコンディションを整えられるサポート体制を企図しており、さまざまな文化の人々の橋渡し役を担っている。

   現在も教員としての職務と並行しながら、世界各地で活躍する糸井さん。学校や同僚の理解を得るため、「誰よりも仕事を一生懸命やり、糸井なら許せるという人間関係づくりを心がけている」という。

   今後は、国際審判員として東京2025デフリンピックや2026年に愛知で開催される第5回アジアパラ競技大会での活動が控えているほか、学生の指導、審判員の養成、後進の指導やコーチングといった取り組みにも力を注ぐ。「協力隊経験を岐阜県の教育にも還元し、水泳を通じて出会ったさまざまな国の人たちに恩返しをしていきたい。感謝を忘れずに、職務を全うしたいと思います」。

Text=秋山真由美  写真提供=糸井 紀さん