外国にルーツのある住民が多い静岡県牧之原市に

地域おこし協力隊員として飛び込んだ2人のOV

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
小松 舞さん

食とスポーツを通じて
多文化交流の促進に取り組む

小松 舞さん

カメルーン/小学校教育/2022年度1次隊・愛知県出身

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
マキノハラボの拠点となっている廃校を改修した施設「カタショー・ワンラボ」

   静岡県中部に位置する牧之原市は、国内有数の海水浴場や一面に広がる茶畑があり、温暖な気候にも恵まれている自然豊かな地域だ。この地で廃校となった旧片浜小学校の校舎を利用し、宿泊や研修などの事業を行いながら、多文化共生社会の実現や地域活性化に取り組んでいるのが、株式会社マキノハラボだ。代表取締役は協力隊OVの浅野拳史さん〈ルワンダ/理科教育/2015(平成27)年度1次隊・静岡県出身〉。そして2025年10月現在、同社で2人の協力隊OVが地域おこし協力隊員として活躍している。小松 舞さんと山本綾香さんだ。2人は「企業等連携型」の地域おこし協力隊員として牧之原市から在住外国人との交流促進(多文化共生推進)に携わることを委嘱され、マキノハラボに雇用されるという形で活動している。

   カメルーンで小学校教育隊員として活動しながら、現地の人々が地域に根差した生き方をしていることに感銘を受けた小松さんは、帰国後は地元の愛知県豊田市足助町の地域活性化に貢献したいと考えた。同町は紅葉の名所として有名な観光地だが、近年は過疎化が進み、かつてのにぎわいが見られなくなっていたからだ。

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
カタショー・ワンラボの調理室で開催された「だれでも未来食堂」

   そこで祖父母の実家を拠点とし、外国人観光客をターゲットにアフリカ布を使った着物のレンタルや、多文化交流が図れる居酒屋の経営、宿泊業などを計画。一度は試行段階まで進んだが、そうした活動には、孤独感やノウハウ不足からくる不安もつきまとう。そんな矢先にJICAからのメールで目にしたのが今回の地域おこし協力隊募集情報だった。

「マキノハラボは地域密着型で、外国につながる子どもたちに向けた取り組みから宿泊業まで行っていて、自分がやりたかったことの勉強になりそうだと感じ、ぜひここで活動したいと思いました」

   小松さんの活動テーマは、「だれでも未来食堂」の開催とフレスコボール体験会を通じた多文化交流の促進だ。

   だれでも未来食堂は、過疎化や旧片浜小が廃校となった影響で薄れてしまった地域住民同士の交流を活性化させようと、コロナ禍で立ち消え状態になっていた子ども食堂の計画を復活させたもの。慣れない補助金申請から始め、調理は資金の関係で基本的には料理が苦手な小松さんが一人で担当。さまざまな苦労はあったが、「回覧板やウェブで周知したところ、片浜地区の高齢者20人ほどに加え、外国につながる子どもとその親たちも含む地域の家族など計50人以上が参加してくれました」。4月の活動開始から10月までに計4回開催し、毎回好評だという。

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
マキノハラボから徒歩1分のビーチで開催されたフレスコボール体験会

「孤独になりがちなお年寄りの方々が、おしゃべりの機会にしようと知人と誘い合わせて来ることが嬉しいです。また、私自身も海外に住んでマイノリティになった経験から、親の仕事の関係で外国から来た子どもたちの大変さがわかりますが、食堂で楽しそうに食べている姿を見ると、良い交流のきっかけづくりができているように思います」

   スポーツを通じた多文化交流も、フレスコボールの実施を通じて目指している。これはブラジル発祥のビーチスポーツで、ペアになってボールを打ち合う球技だが、大きな特徴は、相手と競わないこと。ラリーを続け、その数を他のペアと競う。相手が打ち返しやすい所へボールを返すことが大事で、「思いやりのスポーツ」ともいわれている。ビーチに近いマキノハラボの立地を生かせるアクティビティでもあり、小松さんは積極的にコミュニケーションを取りながらプレーすることが多文化交流にぴったりだと導入した。

「体験会を開催したところ、外国人と日本人が同人数くらい参加してくれて、普段はなかなか接点のない人同士が交流する場になりました。今後は定期的に実施して、さらに多くの人に参加してもらい、友達同士になれる機会にしていきたいと思っています」

   牧之原市には縁がなかった小松さんは、「マキノハラボで活動する中で、浅野さんの地域の方々の巻き込み方や仕事の進め方から、大いに勉強させてもらっています。今後は、外国人観光客に茶摘みや農泊体験をしてもらう事業を考えていて、すでに農家の方々と相談を始めています」。牧之原の地で、小松さんが目指す地域活性化が形になり始めているようだ。

山本綾香さん

日本語教育を通じて
子どもたちが学校になじめるよう支援

山本綾香さん

日系/ドミニカ共和国/日本語教育/2021年度1次隊・兵庫県出身

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
榛原高校で生徒に日本語を教える山本さん

   ドミニカ共和国で日本語教育隊員として活動した山本さんは、2023年に帰国した後も、日本語教育を通じて子どもたちを支援したいと考え、独立行政法人国際交流基金の事業で日本語教員として働いたり、公益社団法人青年海外協力協会に勤務する中で、地域おこし協力隊の募集情報を知った。

「民間企業で子ども向けに日本語教育を行っている例が、私の知る限りあまりありませんでした。マキノハラボは日本に来たばかりの外国につながりのある子どもたちが、小学校や中学校になじめるようになるために初期の日本語学習支援を行っていることに加え、さまざまな分野の事業を展開していることに魅力を感じ、応募しました」

   山本さんの主な活動は、マキノハラボの日本語初期支援教室「いっぽ」での日本語教育、近隣の静岡県立榛原高等学校の定時制に通う生徒たちへの日本語教育、牧之原市の在住外国人の意識調査の3つだ。

   牧之原市は大手自動車や部品メーカーの工場が集まっていて、中南米の日系人を中心に多くの在住外国人が働いている。そうした人々の子どもが日本の学校になじめるように、入学前に学校生活に必要な日本語や算数・数学、音楽、体育などを教えているのが「いっぽ」で、牧之原市からの委託を受けて運営している。山本さんは、子どもたちが教員への質問待ちで並んでいる時間の有効活用や、家庭学習を補強するために、日本語暗記カードや日本語クイズアプリケーションを導入するなど、新たなアイデアを生かしている。

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
「いっぽ」に通っている子どもたち

   榛原高校の定時制クラスには外国につながる生徒が多く通っており、今年の1年生は13人中12人が外国籍で、ほとんどがブラジルから来ている。始業前に自主参加の日本語教室があり、学校から依頼を受けた山本さんが教えている。

「協力隊時代は日本語学校で活動していたため、クラスの皆に同じことを教えていましたが、いっぽや榛原高校の場合はそれぞれの学習進度が違うため、一人ひとりの理解度を見極めながら指導しています。最初は日本語をほとんど話せなかった子が、たくさん単語を覚えてくれたり、新しく入ってきた子に教室のルールを教えていたりといった成長を見せてくれることにやりがいを感じています」

   牧之原市に移住して3カ月ほどがたつ。「私は交流があまり得意なほうではありませんが、この地域の在住外国人は日系ブラジル人の方が多いため、ドミニカ共和国の日系社会で活動してきた経験を踏まえて共通点を探しながら交流を図っています。また、地域おこし協力隊の活動については、現地に入り、自分で課題を探りつつ、住民の方々の考えを聞き、職員のやり方を参考にし、自分でも提案して進めていくという手法が、JICA海外協力隊での活動と一緒だと思います」。

   山本さんは、今後の活動で取り組みたい課題について、次のように話している。「私の印象では、外国につながりのある子どもたちは、親が工場で働いているから自分も将来は工場で働く、と思っているように感じています。しかし、彼らにもっと広い視野で将来を考えてほしい。そのためにも、自らのルーツやアイデンティティを見つめる機会を設け、自己理解や自己肯定感の向上につながる支援を行うと共に、継続的なサポートを通じて、地域に根差した“出口支援”の仕組みづくりも検討していきたいです」。

代表取締役の浅野さんは
2人に新たな発想を期待

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
マキノハラボの拠点となっているカタショー・ワンラボの教室にて。左から、小松さん、浅野さん家族、山本さん

   浅野さんは、今回、JICA海外協力隊経験者を地域おこし協力隊員として受け入れたことについて、「地域が抱える課題に取り組む上で、新しい視点が加わったと思います。さらに多様なバックグラウンドを持つ人材がマキノハラボの活動に関わってくれることで、地域住民との交流や新規事業の推進が活発化していくことを期待しています。小松さん、山本さんは、2人とも教育分野での協力隊経験を経ていて、異文化理解や国際協力の視点を地域活動に生かしてくれています。現場での調整力や異文化間を橋渡しする力など、まさに協力隊経験者ならではの強みが地域でも発揮されています」と話している。

日本の地方から多文化の懸け橋に!   地域とつながる協力隊員
名寄市の橋本副市長(左)とJICAの小林理事(右)

JICA海外協力隊 グローカルプログラム(帰国後型)
自治体とJICAの間で実施に向けた覚書が締結

   2022年より派遣前訓練の一つとして青年海外協力隊・日系社会青年海外協力隊合格者向けにJICA海外協力隊 グローカルプログラム(派遣前型)が実施されてきたが、25年6月、北海道名寄市とJICAとの間で“帰国後型”の実施に向けた覚書が初めて締結された。

   締結の背景には、名寄市が介護分野などで特定技能などの外国人材の活用を積極的に進めている状況がある。昨今、地方でも在住外国人が増加し、地域住民と外国人の相互理解が重要になってきた。しかし、外国人との交流や支援については、地方は経験が少なく、関わることのできる人材も少ないため、市では本プログラムを通じて人材確保を進めることにした。

   プログラムでは、名寄市による地域おこし協力隊の枠組みを活用した人材募集に対し、JICAがOVへの案内・広報といった形での協力などを検討している。同市が続けてきた、日本語教育や日本語を通じた市民交流などの多文化共生支援の取り組みをサポートする。OVの帰国後の国外での経験を活かした社会還元や地域への“環流”を促すこのプログラムはJICAと日本国内の地域との新たな連携のモデルとなりうる。

   6月13日に名寄市役所で行われた締結式では、加藤剛士市長とJICAの小林広幸理事が署名し、橋本正道副市長からは、JICAと連携して共生社会構築をさらに進めていきたい旨の声があった。小林理事は、23年の開発協力大綱で海外の経験や価値観を国内に環流することが謳われるようになったと話し、自身がマイノリティとしての経験を持つOVたちが地域の現場でその経験を生かすことに期待を寄せた。

Text&Photo=阿部純一(本誌) 写真提供=ご協力いただいた各位