派遣国の横顔

ガーナ共和国ガーナ共和国

安定した政情の下で協力隊派遣が続く平和国家
多民族社会に飛び込んだ隊員たちが幅広い分野で活躍中

ガーナ共和国

ガーナの基礎知識

面積23万8,537㎢(日本の約3分の2)
人口約3,443万人(2024年:世界銀行)
首都アクラ
民族アカン、ガ、エベ、ダゴンバ、マンプルシほか
言語英語(公用語)、各民族語
宗教国民の約70%がキリスト教徒、イスラム教約17%、
その他伝統的宗教など

※2025年12月24日現在
出典:外務省ホームページ

派遣実績

派遣取極締結日:1977年2月17日
派遣取極締結地:アクラ
派遣開始:1977年8月
派遣隊員累計:1,554人
※2025年11月30日現在
出典:国際協力機構(JICA)

ガーナ共和国
お話を伺ったのは
瀧本康平さん
瀧本康平 さん

JICAガーナ事務所次長。2003年に国際協力事業団(現JICA)へ入団し、海外駐在はケニア、ルワンダに続く3カ国目。本部では青年海外協力隊事務局、人間開発部、アフリカ部などでの勤務を経験。23年9月より現職となり、ボランティア事業のほか、総務、経理、安全管理、広報などを担当。

派遣国の横顔
配属先が支援する女性グループの活動を視察する協力隊員。手作業でアブラヤシの実を加工してパーム油を作る(写真提供=JICAガーナ事務所)

   ガーナへの協力隊派遣は1977年8月に理数科教師7人、稲作と野菜各1人の計9人が初めて赴任して以来、50年近く続いています。活動分野は、保健医療、教育、農業、産業振興、スポーツなど多岐にわたり、技術協力プロジェクトとの連携のほか、近年は大学と連携した派遣も活発で、現在の隊員数は派遣中各国の中でも最多水準となります。

   今やガーナの経済成長率は比較的高い値を維持していますが、その成長はカカオや金、石油などの資源輸出関連の産業に偏り、教育・保健といった社会的サービスや、人々の所得・雇用の改善といった分野への波及は限定的。そのため、国際協力の必要性は引き続き大きい状況です。

   およそ100の民族が平和的に共存するこの国では、民主主義の定着で政治が安定しており、国民はそれをとても誇りにしています。赴任当初は思うように活動が進まずに悩む隊員も多いですが、ガーナの人々は、活動の成果はもとより、隊員の存在そのものを受け入れて家族の一員のように気にかけてくれます。そうした環境の下、多くの雑談もしながら試行錯誤する中で、次第に信頼関係が築かれ、活動が軌道に乗っていく例もよく聞きます。こうしたガーナ人の包容力が、長きにわたる派遣の歴史につながっているのかもしれません。

   加えて、大臣など政府高官の職に就いている方からは、「昔、学校で隊員に教えてもらった」という話もしばしば聞きます。多くの隊員が停電・断水も当たり前の地域でガーナの人々と一緒に生活を送り、現地語を覚えてコミュニティに溶け込むことで、彼らの記憶に残る活動をしてきたことを物語っているのだと思います。

   昨今は西アフリカ地域の拠点として、日本の大手民間企業に加えて若手起業家も積極的にガーナに進出しています。こうしたJICA関係者以外の在留邦人との交流も、活動や今後のキャリアを考える上で大きな刺激となるでしょう。来年の2027年は黄熱病の研究のために野口英世がガーナへやって来てから100周年で、さらに日本とガーナの国交樹立70周年、協力隊派遣開始50周年も重なる記念の年になりますので、これから皆で協力して盛り上げていきたいです。

ICT教育から保健まで
地道な実践の積み重ねを通じてガーナに貢献した隊員たち

山口真司さん
山口真司さん

ガーナ/コンピュータ技術/
2007年度1次隊・愛知県出身

大学時代、モロッコ旅行中に助けてくれた現地の人が「私も協力隊員に助けられたから」と話したことに感動し、協力隊に関心を持つ。卒業後は社会貢献に積極的な旧富士ゼロックスに入社し、3年後に休職制度を利用して協力隊に。復職後は社内ボランティア団体や、ICT教育支援を行うNPO法人Class for Everyoneを通じて協力隊員の配属先にパソコンを寄贈する活動などを行った。2021年から企画調査員(ボランティア事業)としてJICAサモア支所に勤務し、25年からは駒ヶ根青年海外協力隊訓練所で派遣前訓練を担当。

日本の勤務先の協力を得て、学ぶ環境を整え
生徒たちにパソコンの面白さを伝えた

派遣国の横顔
山口さんが休職中の日本の勤務先と配属先に働きかけて導入したパソコンで学ぶ生徒たち

   ガーナでは2007年から、ICT教育が小中学校などの全教育課程で必修科目になった。山口真司さんはまさにその頃、パソコンを使った授業と教室管理のため、ガーナ南東部のイースタン州ンクワティア・クワウにあるキリスト教系の高校に派遣された。優秀な生徒が全国から集まる寮制のエリート校で、卒業生から寄贈されたという20台のデスクトップパソコンがあった。しかし、「システムエンジニアとして勤務していた日本の会社ではとうに廃棄されて見かけない、とても古い機種ばかりでした」。

   すべてのパソコンから大量のコンピュータウイルスが検出され、システムを再インストールするところから活動は始まった。頻繁に起きる停電で故障が発生しやすいこともあり、1クラス40~50人の生徒の半数余りが授業中にパソコンを操作できず、交代で使用している状況だった。
「パソコンは実際に触ってみなければ興味も持てませんし、触った回数が多いほど覚えられます。なんとか生徒たちの学ぶ環境を整えたいと思いました」

   山口さんは現職参加させてくれていた日本の勤務先などに不要になったパソコンの寄贈を呼びかけると共に、配属先には送料負担を働きかけた。

「『自分たちの意思でパソコンを手に入れた』という意識を持ち、大切に扱ってほしかった。そして、私の帰国後も生徒たちが気持ちよく学べる環境を維持してほしい。寄付に頼り過ぎない体制をつくりたいと考えました」

   幸い、日本に留学経験のあった副学長が山口さんの提案に快く賛成し、新品同様に整備されたパソコンを送料だけで入手できるのなら、と免税措置を受けられるNGOを設立。これにより、約40台のパソコンを低予算で日本から受け取ることができた。

   授業では基本操作から教えた山口さん。「パソコンの起動の仕方」「マウスの動かし方」「右クリックのやり方」など、黒板に操作方法を書いて説明していたが、やはりわかりにくいと感じ、配属先予算とJICAの現地業務費との折半でプロジェクターを導入。授業を円滑に進められるようにした。生徒のパソコンへの関心をさらに広げようと、教室にインターネット環境を構築。週末に教室を生徒向けの安価なネットカフェとして開放することで費用を賄った。

   こうした活動が実を結び、入学するまでパソコンに触れたこともなかった生徒たちは表計算ソフトを使えるようになり、「Eメールアドレスを持ちたい」「ウェブサイトの作り方を教えて」と授業以外のことも積極的に質問してくるようになった。学校の近くに住む卒業生が山口さんを手伝ってくれるようになり、パソコンの修理技術を教わりながら、パソコンの管理やネットカフェ運営をするようになった。

   心残りだったのは、同僚教師と協力して生徒に教える活動があまりできなかったことだ。同僚は普段から友好的で食事も共にしていたが、コンピュータ理論を座学で教えるとすぐに帰ってしまう。実技の指導方法やパソコンの修理方法を教えようとしても興味を示さず、授業時間に遅れることも多い。山口さんは「なぜこれほどやる気がないのか」と悩んだ。そして、同僚の遅刻する理由が通勤途中に出会う知り合い一人ひとりと挨拶しているためだと聞いた時には、いら立ちも覚えたという。

「しかし、彼らにとっては仕事よりも家族や友人の優先順位が高いことがだんだんとわかり、日本人と同じような働き方を求めるということ自体が難しいのだと理解できるようになりました」

   そこで山口さんは目線を切り替え、「目の前の生徒が大人になった時に『いい教育を受けたな』と思ってもらえれば」と生徒や卒業生に教えることを中心に据えて活動を続け、任期を全うした。

對馬朱香さん
對馬朱香さん

ガーナ/助産師/
2016年度4次隊・青森県出身

小学生の時に、アフリカでは医療施設までのアクセスの悪さから母子が命を落とすことがあると知り、お産で困っている海外の人の助けになりたいと決意。大学で助産師資格を取得後、日本国内の大学病院で4年と診療所で3年の経験を積んだ後、協力隊に参加。帰国後は長野県立こども病院に勤務して新生児ケアについて学ぶ。現在は大学で助手として助産師教育に従事し、少子化時代における助産師の役割や、外国人妊産婦へのケアの在り方を伝えている。

厳しい医療環境の北部地域で
現場の課題を見つめて改善策を提案

派遣国の横顔
CHPSで健診を待つ妊婦たち。待合室にまだ人がいる中、助産師が当たり前に昼食休憩に入るので驚いたという對馬さんだが、当の妊婦から「お昼だからご飯食べなよ」と言われて常識の違いを実感したという

   ガーナでは、乳幼児死亡率の低減と妊産婦の健康改善が課題で、JICAも長く母子保健分野の改善に力を入れてきた。2017年に助産師隊員として派遣された對馬朱香さんの任地は首都アクラから北へ約600㎞、バスで16時間の距離にあるアッパーイースト州タレンシ郡。貧困率が高く、基礎的な保健サービスの水準が低い北部地域だった(現在は、現地事情に鑑みて北部に協力隊員は派遣されていない)。

   對馬さんは郡の保健局に配属され、郡病院やヘルスセンター、CHPS(※)を巡回して妊産婦健診、分娩介助、乳幼児健診、家庭訪問、学校での健康教育などに関わった。郡の人口は9万人ほどで、約3カ月間の雨期には農業をしているが、乾期になると男性の多くは南部へ出稼ぎに行き、女性は洋服の仕立てや商売などをして暮らしている。

   当時、医師は郡病院に2人だけでCHPSにはおらず、看護師や保健師も不足していた。より高度な治療が必要となって対応し切れない時は郡病院に搬送することになるが、救急車を呼ぶにも費用がかかり、集落でお金やガソリンを工面したり、時には自分たちで車を手配するところから始まる。

   こうした環境の中で對馬さんが感心したのはCHPSで働くガーナ人助産師の責任感の強さや意識の高さだった。分娩などに対応する助産師はCHPSに1人だけで、お産の対応は24時間体制。

「日本とはまるで違う厳しい条件の中、『赤ちゃんとお母さんの命を救うのは自分しかいない』という覚悟に圧倒されました。私はこの現場に役立つ知識を伝えられるだろうか。まずは学ばせてもらおうと思いました」

   CHPSでマンパワーとして働いていると、気温40℃を超すことも多い環境下、まだ暑くなる前の時間帯に30~40人の妊婦が集中的に押し寄せて混雑することがわかった。国営の医療機関なのでスタッフは全国を異動しており、地元出身ではないスタッフは現地の民族語での会話に不自由する。遊牧民や国境を接す近隣国からも受診があると、言葉のわかる妊婦を探して通訳を頼むこともあり、そうしている間に待ち時間は一層長くなっていく。

   對馬さんが着目したのはその待ち時間。健康に妊娠生活を送ることができれば出産中のトラブル軽減につながるはずで、かつ受診の遅れによる健康悪化を防ぐ面からも妊婦自身が正しい知識を得ることが大切である。そこで、順番を待つ妊婦たちに声をかけて保健指導を行うことにした。

   特にガーナにおける主な死因の1つでもあるマラリアは、貧血を引き起こして妊産婦や新生児の健康リスクを高めることがある。他方、蚊帳は持っていても、夜も暑いため屋外で過ごしたり、畑で作物の鳥よけに使っていたりする家庭が多いので予防にも限界がある。そこで感染後の対処に絞り、作物が減る乾期でも入手可能で貧血改善に効く食材のことや、早期に受診すべき症状などについて紙で掲示し、話し好きで説明が上手なガーナ人スタッフから伝えてもらった。

   地道に巡回先スタッフと共に現場のさまざまな改善策を考える對馬さんには協力者が増え、「アイデアを出すと柔軟に受け入れて、想像以上にうまく展開してくれました」。ある現地の保健師は、對馬さんが父親の育児参加を促すために作成した妊婦体験ジャケットを見て、学校での若年性妊娠予防の啓発に活用してくれた。

   ガーナでの活動を通じ、コミュニティの中で助け合う子育ての様子を見てきた對馬さん。帰国後も多くの母親に関わる中で、日本の出産・育児環境を窮屈に感じることもある。

「日本では心が苦しくなってしまうお母さんもいるので、そんな時におおらかなガーナの話をすると、それだけでも気持ちが楽になるようです。これからも母子保健の現場でガーナでの経験を伝えていきたいですね」


※CHPS … Community-based Health Planning and Servicesの略で、コミュニティに対して基礎的な保健サービスを提供する施設を指す。

青崎聖花さん
青崎聖花さん

ガーナ/保健師/
2023年度3次隊・福岡県出身

幼少期に途上国の人々の生活を知り、“コミュニティの一員や友達になりたい”と思うようになる。中学生の時にJICAのエッセイコンテストで入賞し、協力隊員から体験談を聞いたことで、協力隊を志望するように。その後の進路を考える際も、コミュニティで幅広い人々と関われる職種として保健師を選択した。大学看護学部卒業後、大阪市で地区担当の保健師として3年間勤務し、退職して協力隊員として活動中。

乳幼児健診の意義をデータや
行動で示すことで、質の向上を目指す

派遣国の横顔
乳幼児健診の時、母親にアンケート調査や個別カウンセリングを行う青崎さんたち

   2024年1月から派遣中の保健師隊員の青崎聖花さんは、南部のアシャンティ州で乳幼児健診の質の向上に取り組んでいる。ガーナではJICAの技術協力で日本式の母子手帳が導入されており、パイロット地域に選ばれたアティマ・ンワビエジャ市ンカウィエ地区保健局で母子手帳を活用しながら母子保健サービスを改善することが要請内容だ。配属先にとっては初の隊員で、青崎さんは住民に最も近いコミュニティヘルスナース(以下、CHN)との活動を希望した。

   乳幼児健診を行う病院に行くと5、6人いるCHNは、子どもの月齢を正しく数えられない、身長と体重のグラフを正しく読めない、予防接種スケジュールの伝達を忘れてしまうなど、基礎的な課題が見られた。母子手帳も記載や情報管理が適切にされておらず、母親のほうも母子手帳を携帯していなかったり紛失したりという状況もあった。早速、こうした課題の改善を呼びかけたが、年長者を敬う文化のガーナで、スタッフの中では最年少に近い青崎さんの話は聞いてもらえなかった。

   ただ、CHNたちは病院から離れた集落に出向き、乳幼児健診や予防接種を行うことも多い。暑い中で乳幼児のいる家庭を探して2、3時間、歩き続けることも珍しくない。学校訪問や成人向け疾患に対応する業務もあり、そうした仕事に同行しながら、大勢のお母さんと赤ちゃんに丁寧に対応するのは大変なのだと青崎さんも実感した。

「義務感ではなくCHN自ら乳幼児健診をきちんと行いたいと思うきっかけをつくれたらと思うようになりました」

   そこで目をつけたのが乳幼児の体重だった。定期的に母親に対して栄養カウンセリングを行うガイドラインは存在するものの、スタッフの手が回っていない。そして、離乳食を始める頃から体重の伸びが悪くなることを感じた青崎さんは、健診で得られた乳幼児の毎月の体重を収集・グラフ化して、CHNや病院、配属先の保健局に説明して回った。皆も以前から感じていたことをデータで示されると、がぜん興味を持ち、原因を探るアンケート調査を行うことになった。質問設定や調査の実施は、配属先の同僚や乳幼児健診スタッフが主体的に取り組んでくれたという。

「健診でお母さんと子どもの生活を知り、それが母子の健康につながることをCHNたち自身の活動体験と共に知ってもらうことができました」

   青崎さんは母子に寄り添う姿勢を見せるよう意識していると話す。例えば、乳幼児健診の際には必ず、母子1組ごとに声をかけ、子どもの成長を大げさなくらいに褒め、悩み事があればきちんと耳を傾けてきた。その姿を見て「あなたは、とても仕事を楽しんでいるんだね」と声をかけてくれるCHNも出てきた。

「徐々に健診や予防接種に来なくなってしまうお母さんたちもいるので、『来てよかった』と感じてもらえる関係性も大切です。私が活動で目指していたCHNの意識変革の基盤づくりはできましたが、健診の質などは一朝一夕に向上するものではありません。残る任期は、できるだけCHNたちと過ごし、一緒に同じ業務を何度でも繰り返すことに取り組みたいと考えています」

活動の舞台裏

日本人もハマるガーナの発酵食品

「ガーナ料理の特徴は激辛なことです。おもてなし精神にあふれたガーナの人たちは、私が体調を崩している時も『ご飯を作ってきたよ』と辛い料理を持ってきてくれるので、ありがたくも困る時があります」と現役隊員の青崎さんは苦笑する。

   そうした辛いソースやシチューにつけて食べる主食の一つが「バンクー」。発酵させたキャッサバとメイズをお湯で練って大きな団子状にしたもので、「酸味があって最初は違和感を覚えますが、だんだんおいしく感じるようになって、帰国して時間がたった今でも食べたくなります」と山口さん。

「すごくおいしかった!」と對馬さんが太鼓判を押すのは「ダワダワ」という食材だ。ガーナ北部で乾期に採れるパルキアという木の種子を使った発酵食品で、納豆のような香りと味がする。「貧血が改善されるとされ、特に食料の限られる乾期に現地の女性たちに薦めていたのですが、私もダワダワと刻んだオクラをご飯にのせて食べ、日本を感じていました」。

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バンクーと、唐辛子が入ったスープ。発酵食品であるバンクーは酸っぱい匂いと味があり、最初は戸惑う日本人が多いという
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道端の露店で売られているダワダワ。「崩れたコンクリートの塊のような見た目なので、日本でもそういう物が落ちていると、おっ!と目を引かれます」(對馬さん)

Text=工藤美和 写真提供=ご協力いただいた各位