
フィリピン/村落開発普及員/2010年度2次隊・静岡県出身
静岡県西部に位置する浜松市天竜区。区域面積の約9割を森林が占め、スギやヒノキを中心とした「天竜美林」は奈良県の吉野美林、三重県の尾鷲美林と並ぶ日本三大人工美林の一つとして知られる。しかし近年、全国の山村地域と同じように過疎・高齢化が進み、地域活動の維持や行政サービスの提供が難しくなってきている。
そんな区の人口減少に歯止めをかけ、地域を盛り上げようと奮闘しているのが、協力隊OVの土田哲也さんだ。大学でデザインを学んだ後、工業デザイナーとして都内のメーカーで働いていたが、偶然見たフィリピンのごみ山をテーマにした映画が忘れられず、一念発起。「フィリピンの経済格差解消のために、地方を豊かにしたい」と協力隊に参加した。
念願かなって派遣されたフィリピン・レイテ島のタナワン町では当時、地域の基幹産業である漁業の状況が悪化。収入源である魚が激減し、人々の暮らしに深刻な影響を与えていた。土田さんは先に赴任していたアメリカ平和部隊(Peace Corps)のボランティアと協力して調査を進め、魚の乱獲やダイナマイトを使った違法漁業の実態を突き止めた。土田さんたちはこれをやめるよう漁民を説得し、魚の保護区や養殖場を整備していった。養殖した魚の販売益から次の稚魚と餌を購入する仕組みをつくり、養殖が軌道に乗るのを見届けるため任期を半年間延長して、人々が漁業で継続的に生計を立てられるようにした。
「重視したのは、漁師たちの“やれる”という期待を引き出し、サポートすること」と土田さん。「やればできる」という自信と満足感を得られれば人々は自主的に動き、自立につながる。技術補完研修(当時)で学んだ村落開発の基礎を意識しながら、時には現地の冠婚葬祭に出席したり飲み会を開いたりして一人ひとりの声を聞いた。町内外の人間関係を把握しつつ、プロジェクトが前に進むよう根回しにも余念なく取り組んだ。
帰国して故郷の静岡県に戻った土田さんは、再びフィリピンに渡って働く道も考えたが、浜松市が天竜区で募集していた「浜松山里いきいき応援隊(地域おこし協力隊)」の案件を見つけて応募。「協力隊で学ばせてもらった経験を日本に還元したい」と考えたからだ。以前から地域振興に力を入れ、農林水産省などからも高く評価されていた天竜区の人々から学びたいとの思いもあった。2013年から応援隊として約2年間、林業の人手不足や学校の統廃合など多様な課題と向き合い、任期終了後の16年からは浜松市の中山間地域移住コーディネーターになった土田さん。移住希望者への情報提供や地元団体との交流イベントの実施、道の駅のPR、特産品開発などに奔走し、移住者を増やす活動に手応えを感じた。「最初の数年は、あえて自分の意見を言わないよう努めていました。地域の行事やイベントに顔を出して商工会や自治会に顔と名前を覚えてもらい、小さな依頼にも応えていると、少しずつ地域の人から相談が寄せられるようになりました」。
18年には、地域活性化に力を入れている天竜区のクローバー通り商店街に天竜デザイン事務所を開設。それまで市のコーディネーターとして行ってきたチラシやポスター、ロゴなどの制作を個人で受けつつ、地域の魅力を発信するウェブサイト「山と茶」の作成を支援した。20年には商店街の一角に知人と共に天竜トライアルオフィスをスタートし、ビジネスコーディネーターとして天竜区で起業を目指す都市部の人の相談に乗りながら、市や商工会の新規創業支援制度を紹介。シャッター通りと呼ばれていた商店街がにぎわいを取り戻していった。土田さんが忙しい日々の中でも大切にしているのは「依頼は断らず120パーセントで返すこと」。地域の人の“やりたい”気持ちを形にすべく、さまざまなネットワークを駆使して、調整役の仕事を全うする。時に意見の異なる人々の間に入って泥臭い交渉を担う場面もあるが、それにはまさにフィリピンでの経験が生かされている。
帰国から13年。天竜区を拠点に活動してきた土田さんが、今注目しているのは観光だ。「今やインバウンド消費は日本経済の中で重要な位置を占めてきています。そこで、天竜区の魅力をより多くの人に知ってもらい、国内外からここを訪れる交流人口を増やして、一度外に出た若者もまた戻りたくなるような地域にしたい」と土田さん。天竜高等学校の非常勤講師として生徒が地域と関わる機会を増やしたり、日本社会や教育の在り方を議論する「未来教育会議」に参加したりと、地域の将来を見据えた人材育成にも力を入れている。天竜区が一層ワクワクするエリアへと進化していくために、土田さんは今日も誰かと誰かをつなぎ、地域を元気にしている。
2007年
学生時代は漫画家を目指していて、大手出版社に作品を持ち込んだことも。その後、東京で就職して工業デザイナーとして働きました
2010年
任地では英語もタガログ語も通じず、最初の半年は現地語であるワライワライ語の習得に努めました。魚の保護区をつくるにあたっては、完成後の状況をイメージしてもらうため、紙芝居を描いて地域の人を説得しました
2013年
浜松市が開始したばかりの「浜松山里いきいき応援隊」第1号に。任期を終えた後は移住コーディネーターとして、たくさんの人の移住をサポートしました
2018年
地域の依頼に幅広く応えるために、事業を立ち上げることにしました
2019年
祭りなどの担い手不足を解消するため、「お祭り支援クラウドeBee(エビー)」を開発。浜松いわた信用金庫主催のビジネスプランコンテスト「CHALLENGE GATE」で優秀賞を受賞しました
2020年
天竜区内6地域で活動する地域おこし協力隊に向けて研修や交流会を開き、地域活動が円滑に進むようサポートしています
2024年
天竜トライアルオフィスの取り組みが評価され、クローバー通り商店会が経済産業省の「地域にかがやく わがまち商店街表彰」を受賞。全国から視察や講演の依頼も増えています
2025年
コロナ禍の影響で中止となっていた天竜区二俣町の「鹿島の花火大会」がこの年に復活。高齢化で体制維持が難しくなっていた観光協会に協力し、若い世代が大会の運営に携われるよう調整を行いました
Text=新海美保 写真提供=土田哲也さん