日系/ブラジル/野球/2017年度3次隊・兵庫県出身
日系社会青年海外協力隊員(※)として、ブラジル北東部に位置するサルバドール市のサルバドール日伯文化協会で活動。日系人だけでなく、非日系の貧困層の子どもたちにも野球や日本語を教えた。
※日系社会青年海外協力隊員…一般案件で中南米の日系社会に
派遣される20~45歳の隊員。46~69歳は日系社会海外協力隊員と
呼称される。

帰国後は高校の教員を経て、大阪府の能勢町で地域おこし協力隊員として3年間、同町の集落支援員を1年間務めた。

引き続き能勢町に住み、フリーランスの立場から、農家と企業とのつなぎ役として地産品の商品化企画などに携わる。
「農地や里山を走り回りつつ、地方での仕事を楽しんでいます!」

「ブラジルの日系社会は、まるで昭和の日本のよう。盆踊りや運動会などの年中行事、日本食などの文化が残り、日本人としてのアイデンティティが受け継がれていて、外国で日本を感じる不思議な感覚がありました」と話す高江直哉さん。それでも、日系3世、4世と世代が下るにつれて日本語や日本文化への関心が薄れ、コミュニティの結束が失われつつある。そうした課題は、まさに今の日本の地方が抱える問題と同じである。
そう感じた高江さんは帰国後、「日本の地方の文化を次世代につなぐ活動をしたい」と、能勢町の地域おこし協力隊に志願した。メインの活動は、兼業農家を育てる“里山技塾”の運営に携わること。特産品の栗を中心とした農業講座を開き、修了した就農希望者と地元の農家をつなぐなどして、耕作地や里山の荒廃を防ぐ活動を行ってきた。3年間の任期終了後は、同じ能勢町で集落支援員として行政からの要請に応える活動に従事した。現在も能勢町に住み続け、フリーランスの立場で活動を続けている。
JICA海外協力隊から地域おこし協力隊へ。生かされたのは“ある物でどうするか”を考える力だ。「ブラジルでは手に入る物で工夫して野球の道具を作りましたが、能勢町でも同じ。人員や資金が潤沢でない中で、農地や技術といった今ある資源を生かしていくために、住民とどう取り組んでいくかを考えることが重要です。協力隊に参加される方は、派遣中にぜひこの力を養ってください。そして帰国後には日本の地方に目を向け、能力を生かしてほしいと思います」。
Text=池田純子 写真提供=高江直哉さん
私の進路選択について
大学卒業後に高校の教員を務め、オーストラリアで日本語補助教員に。そしてJICA海外協力隊を経験した後、大阪府能勢町に来ました。進路選択の際には、その時点で自分が置かれた環境をなるべく客観的に把握し、自分に備わったスキルを次の仕事にどう生かすかを考えてきました。特に地域おこし協力隊の任期が満了して同じ地域の集落支援員になる希望を出した時は、これまで築いてきた人脈や実績を基に、地域課題に対して行政や住民ではできないアプローチが、自分ならできると伝えました。