佛圓公宏さん
佛圓公宏さん

ナミビア/土木/
2015年度2次隊・広島県出身

大学で化学を学んだ後、広島県の熊野町役場で6年間、公務員として勤務した。主に上下水道関連の工事に携わりながら、設計などの知識を深めた。日本の上下水道技術者がさまざまな国で活躍していることを知り、自分が培ってきた技術で国際貢献したいと協力隊に参加。帰国後は開発コンサルタント会社を経て、JICAジャマイカ支所、同ナミビア支所で企画調査員(企画)として勤務した。

上下水道の設計や管理に取り組みつつ
貧困地域の人々とも交流を深めた

派遣国の横顔
トタン造りの家屋が並ぶロケーションエリアで、下水管から道に流れ出す汚水。「毎日、至る所で汚水があふれ、常に異臭がまん延していました」

   土木隊員の佛圓公宏さんは2015年にナミビア東部に位置するオマヘケ州ホバビス町役場に派遣された。佛圓さんは電気や上下水道などの普及と宅地開発を進める技術部に配属され、ホバビスのロケーションエリアの上下水道の計画や設計、施工管理に取り組んだ。

「ロケーションエリアに近隣の町から来た人がトタンなどで家を造って住み着いていました。その広がるスピードが速すぎて、役場も人口の把握はできないし、インフラを整備しても、その周りにさらに家が広がっていくため追いつかず困っている状況でした」

   配属先では、専門性の高い技術者が民間企業に流出してしまうため、人材が不足しており、都市計画の調査や測量、設計、製図、積算など、本来は役場内で行う業務の多くを民間のコンサルタント会社に発注していたため財政を圧迫し、内部の人材育成にもつながらない状況になっていた。

   当時、配属先では、コンピュータで設計・製図を行うCADを使ってインフラ全般の設計図が作成できるのは上司1人だけだった。町全体の都市計画図を基にして、おおまかな設計を役場内で起こし、その簡易版設計図を用いて上層部が検討した後、外部コンサルタントに詳細設計を依頼する流れになるため、簡易版設計図がないことには役場内での検討も進まない。日本で上下水道の基礎計画に従事してきた佛圓さんは、上司の負担を減らそうと、ロケーションエリアの上下水道に関わる設計図作成を志願した。

「完成すれば約300戸の住宅が新たに建つ都市開発計画があり、それに関わる上下水道管の設計も担当しました。設計図を基に役場で次年度予算を協議し、採択後に詳細設計に入るため時間がかかり、任期中に工事まではたどり着きませんでした」

派遣国の横顔
野外のバー“シャビーン”で語り合う人々。ドイツ領時代にはビール、南アフリカ共和国統治時代にはワイン文化が伝わったナミビアでは、酒が安くて種類も豊富

   2年目に入ると、配属先が小規模な新設工事は外注せず職員が施工する方針を打ち出した。また、日々発生する下水管の詰まり対策を考えるため、佛圓さんも下水管新設や修理などを行う現場チームと共に活動することになった。公務員時代にも配管工事の施工は経験がないため手探りだった。

   作業チームの同僚は全員黒人で、時間どおりに出勤して仕事を始め、途中休憩や昼食もなしに働いていた。

「酷暑の中で集中力が途切れ、作業が進まなくなる時もありました。残業手当が出ないため終業時間になると作業が残っていても手を止めます。効率が悪いし、現場の後片づけをするという習慣がないことにも驚きました」

   下水道配管工事には測量が不可欠だ。佛圓さんは同僚たちに測量技術を教えたが、測量後に必要となる計算方法をなかなか覚えてくれなかった。

「算数が不得手なため理解しにくいようで、一向に自分で計算しようとしてくれないのです。覚えたところで昇進できるわけでもなく、むしろ私が来て仕事が増えたと感じていた面もあったと思います。私にできることとして、測量方法や計算方法をマニュアルにまとめて残しておきました」

   日々、下水管修理やマンホール内の清掃にも向かった。下水管の詰まりは、歯ブラシ、おむつ、掃除用ブラシなど人々がトイレ内にいろいろな物を捨てることが要因だった。新設中のマンホールへのごみの投げ入れも多かった。そこで佛圓さんは、ごみのポイ捨てをなくそうとポスターを作成して役場や学校で啓発活動も行ったが、目に見える効果はなかった。

   そうした日々の中で心の支えになったのは、ロケーションエリアに住む人々との交流だった。

「とても陽気で、いつ行っても私を受け入れてくれる。週末に同僚たちと一緒にロケーションエリアにあるシャビーンと呼ばれるバーに行くと、同僚の友達も集まってきて皆でいろいろおしゃべりをする。お金もライフラインも不足している中で、皆が笑顔で生活している様子を見て、幸せに暮らすこととインフラの有無は相関性がないのかもしれないとも思いました。それでも、この人たちの生活水準を少しでも向上させることに貢献したい、自分ができることを着実にこなしていこうというモチベーションにつながりました」

   少し心残りを抱えたまま活動を終えた佛圓さんは、その後、国際協力の道に進んだ。24年にJICAの企画調査員(企画)としてナミビアに戻ると、任地ホバビスを再訪した。

「当時携わった約300戸の都市開発計画どおりに住宅が立ち並んでいました。私が設計した上下水道の図面が使われ、予算確保につながり、計画を進めることができたのかも知れない、と感慨深いものがありました」

髙橋恭太朗さん
髙橋恭太朗さん

ナミビア/数学教育/
2024年度1次隊・長野県出身

大学卒業後、教員として長野県の公立中学校で21年間、数学を教えた。教員生活10年目の研修で駒ヶ根青年海外協力隊訓練所を訪ねたことや、海外からの転入生との3年間の交流などを機に、「世界で困っている子どものためにできることはないか」と協力隊参加を考える。休日に英語の勉強を5年継続できたことで決心し、教員を辞めて協力隊に参加した。

数学では単位を取れないと諦めていた生徒たちに
手作りワークシートで問題を解く面白さを伝える

派遣国の横顔
ワークシートの問題の解き方について尋ねる生徒に教える髙橋さん。休み時間にも「もっと教えて」と多くの生徒が来る

   ナミビアでは独立後に教育改革が進み、初・中等教育の就学率はアフリカの中で比較的高いレベルにある。しかし、教員の授業スキルは十分でなく、生徒たちは特に数学や理科が苦手だ。数学教育隊員として活動中の髙橋恭太朗さんの配属先、エロンゴ州ウサコスセカンダリースクール(日本の中学2年から高校2年に相当)の生徒も数学でつまずき、大多数が進級テストの合格点に達していない状況だった。

「数学の単位を落としても、他教科で必要単位数を確保すれば留年にはならないため、『単位が取れない数学は勉強しなくてもいいや』とむしろ最初から諦めている雰囲気でした」

   授業の様子を見ると、生徒用の教科書はなく、教員が黒板に用語の意味や問題の解き方を書き、生徒たちはそれをノートにひたすら書き写していた。知識は得られても、いざ自力で問題を解く段階になると手も足も出なくなってしまう。さらに、ナミビアでは授業で生徒が電卓を使ってもよいため、多くが小学校段階で身につけるべき計算力や暗算力が不足し、数学の理解に一層の支障を来している。

   日本の中学校で20年以上、数学を教えてきた髙橋さんは、生徒たちに数学の力がつかない大きな要因は、問題を試行錯誤して解いたり、互いに相談したりするなどして、主体的に学ぶ環境ができていないためだと感じた。そこで、担当する授業に自作のワークシートを導入することにした。

「授業の要点、用語の定義、問題の解き方、例題、難易度別の練習問題までを盛り込んだワークシートを用意することで、生徒は板書を写すことに時間を費やさずに済み、考える時間を増やすことができるはず。他の先生や生徒たちが受け入れてくれるかどうかわかりませんでしたが、まずは自分がベストだと思う方法を試してみようと思いました」

   授業は1コマが40分で、そこには生徒の教室移動の時間も含まれるため、実質35分しかない。髙橋さんは授業開始前には板書を済ませておき、説明は短く、問題演習の時間を長く設定。問題を進めると徐々に難易度が上がり、最後の問題を解ければ高い点数が取れるように工夫した。

派遣国の横顔
ワークシートで多く正解でき、嬉しそうに成果を見せる生徒

   そして授業終了後は生徒全員のワークシートを回収して一人ひとりの学習内容を確認し、個々のつまずきに応じて詳しい説明や解くためのヒントを書き、生徒に戻す。

   そうした授業を続けたところ、生徒たちの集中度が増し、休み時間も演習問題に取り組む姿が見られ始めた。「数学がわかるようになった」「問題を解いていくのが面白い」という声が聞かれるようになり、空き時間も生徒が質問に来るため、髙橋さんは大忙しになった。

   3カ月たつ頃には、「ワークシートをやると数学ができるようになる」と校内でうわさが立ち、3人いる数学教員も興味を持ち、「私たちもその方法をやってみたい」と髙橋さんに声をかけてきた。それ以降は教員への技術移転を図り、ワークシートを使った授業のやり方を日常的に共有している。

「生徒たちの変化が自然に先生たちに伝わったのは嬉しい手応えでした。彼らも教えることに苦労し、授業を良くしたいという気持ちを持っていたため、うまくかみ合ったのだと思います」

   同僚の教員たちは若く、10年ほどのキャリアだった。髙橋さんは彼らの考え方や価値観を積極的に吸収するように努めて人間関係も築いていった。赴任から1年半余り、教員たちは単元の教え方をはじめ、テストの出題範囲や難易度設定、模範解答の検証など、教員経験の豊富な髙橋さんに日々相談し、髙橋さんは同僚の能力を高められるようそれぞれのスキルに合ったアドバイスをする関係になっている。

   同僚は「私たちの中に新しい価値観が生まれて、この学校をもっと良くしようという気持ちを持てるようになった」と授業内容を工夫し、数学を諦めていた生徒たちは「数学ってやればできる。間違えることも勉強なんだ」と変わった。

   髙橋さんは全学年の授業をひととおり担当し、ワークシートは全学年分そろいつつある。他校へ異動した教員にもワークシートを活用してもらったり、州の教員向け研修を行ったりするなど校外にもその影響は広がりつつある。

   髙橋さんは今年8月までの任期を、2年近く教えてきた生徒たちの卒業試験が終わる11月まで延長することで合意した。試験の成績が彼らの進路に大きく影響するため、自身の帰国から試験まで数カ月間の空白をつくりたくないと考えたからだ。髙橋さんはもうしばらく生徒たちに寄り添っていく。

活動の舞台裏

干ばつの危機の中、人々を救ってくれたゲームミート

   ナミビアでは牛や豚などの畜産肉のほか、野生動物も味わうことができる。そうした肉はゲームミートと呼ばれ、いわゆるジビエ(狩猟肉)だ。レストランで提供されるほか、スーパーマーケットでも入手できる。オリックス、クドゥ(大きな角を持つウシ科の草食獣)、シマウマ、キリンなど、総じてあっさりした味で硬さや臭みはなく、おいしいという。

   星野明彦さんは、そんなゲームミートの狩猟場を見学する機会に恵まれた。「ドイツ人を先祖に持つ白人の方が運営していて、狩猟エリアは端から端まで車で2時間という広大さ。ビジネスとしてハンティングの場を提供し、捕獲した動物の肉を卸すことでも利益を得ているようです」。

   ゲームミートの恩恵は富裕層だけのものではない。2024年、ナミビアは過去数十年で最悪の干ばつに見舞われた。食糧備蓄は危機的に足りず、人口の半数近くが飢餓に直面する非常事態となった。その際、ナミビア政府が打ち出した策が、ゾウ、シマウマ、カバなど700頭以上をプロのハンターが捕獲し、飢えに直面している人々に食肉を提供することだった。牧草と水資源の許容量を超える数がいる地域で、野生種の持続可能な範囲で行われ、水不足を軽減する目的もあったという。

派遣国の横顔
ナミビア式バーベキュー“ブライ”を楽しむ坂本未生さんの配属先同僚。主役はさまざまな種類の肉
派遣国の横顔
ナミビアには豊かな自然に育まれた多種多様な野生動物が生息している

Text=工藤美和 写真提供=佛圓公宏さん、髙橋恭太朗さん、坂本未生さん