
ニジェール/感染症対策/
2006年度0次隊・大阪府出身
医療を通じてアフリカと日本をつなぎ、健康と笑顔を届ける―。そんな壮大なビジョンを掲げ、“置き薬”という日本伝統の医療モデルをタンザニアの村で展開している団体がある。2015年設立の認定NPO法人AfriMedico(アフリメディコ)だ。医療が行き届かない地域で解熱鎮痛薬などの基本的な医薬品や外用剤などを家庭に置き、使った分だけ代金を払ってもらう仕組み。富山の置き薬に着想を得た手法がアフリカの村落に根を下ろし、今は延べ約300世帯に提供している。
「本当は隊員として活動したニジェールで始めたかったのですが、情勢の悪化でかなわず、縁のあったタンザニアで展開しています。いつかニジェールでも活動するのが目標です」と話すのは、AfriMedico代表理事の町井恵理さん。協力隊に参加したのは06年のことで、主にマラリアの感染予防に従事した。当時、識字率が20%未満だった同国ではラジオや紙芝居を使った啓発活動が中心となったが、町井さんは「データを取る」ことを重視したと振り返る。
「協力隊の先輩方からの教えの一つです。独り善がりにならないように、しっかりとデータを取り、根拠を持ってアクションを進めるべきだと教えてもらいました」
町井さんは他の隊員の協力も得て、6つの村で200人以上への聞き取り調査を実施。蚊がマラリアを媒介すると知っている人が2割ほどしかいないとわかったが、啓発活動後に再び同じ調査をしたところ、8割以上が「マラリアは蚊にうつされる」と回答。まさにデータが示す大きな成果だった。
しかし課題も残った。夜も蚊に刺されないよう蚊帳の中で寝ていると答えた人がなお少なかったことだ。蚊帳を買うお金がなかったり、そもそも近所で蚊帳が売っていなかったりといった状況も判明した。
「知識さえあれば人は動くと思っていたのが甘かったのです。経済的な視点を入れて活動しなければと痛感しました」
また、薬があれば助かったかもしれない子どもが亡くなってしまう状況も目の当たりにした。町井さんが薬代を肩代わりすれば良かったかといえば、それも違うのではないか。人々が健康的に暮らすために持続可能な仕組みが必要なのだと考えた町井さんは帰国後、経営学を修めようと社会人大学院に進学した。薬剤師としての知識も生かして置き薬をアフリカで展開する事業は当初から考えていたが、教授からは「いったんゼロベースで、いろいろなアイデアを出してみなさい」とアドバイスされ、100ほどのビジネスモデルを考えた。
最終的には置き薬の仕組みが現地に一番マッチするとの結論に回帰したが、アイデア出しと検証のプロセスにも大きな意味があったと町井さんは強調する。「自らが納得感を持って活動し、多くの人を巻き込むことができるからです」。AfriMedicoの初期メンバーは、大半が大学院時代の仲間だった。その後、しっかりとしたビジネスモデルと活動実績が多様なメンバーを引き寄せて現在に至る。
「立ち上げ期は、代表の私個人を手伝いたい、学びを自分のアクションにつなげたいという人が多く、大学院以外にも協力隊の仲間などが参加してくれました。継続期の今は、私ではなくAfriMedicoのミッションに共感して集まった人々でメンバーが構成されています。能力面でもやる気の面でも粒ぞろいで、ITから資金調達まで、組織的に活動しています」
医療を通じてアフリカと日本をつなぐことは自分の人生のミッションだと話すと共に、一人ではとても活動を続けられなかったと振り返る町井さん。メンバーに理念を共有しながら権限移譲を進めてきたが、負担は軽くない。製薬会社の正社員として働きながら9歳と4歳の子どもを育て、夜はタンザニアの現地スタッフとのオンライン会議に出る日々。町井さんも含めて40人前後の日本側メンバーはプロボノ(※)だ。
「例えば日本人に月10万円を支払うと考えると、それがあればタンザニア人スタッフを10人雇える、とつい思ってしまいます。ただ、私のキャパシティが組織の限界になるのは良くないですよね。私も40代後半なので、持続可能な形で次世代のリーダーを育成しなければなりません」
置き薬は「セルフメディケーション」にもつながると話す町井さん。身近にある医薬品を正しく使うと同時に、手洗いやうがいをはじめとする病気の予防を学び、家族の健康は自分で守るという意識と実践が広がるからだ。また、近年はAIを用いて薬の使用状況を把握するシステムも試しており、いずれ、医師不足が深刻化する日本のへき地医療などに還元できるかもしれない。町井さんはさまざまな課題と向き合いながらもアフリカと日本をつなぎ続けている。
※プロボノ…職業上の経験やスキルを生かした社会貢献活動のこと、およびそうした活動をする人々のこと。
1977年
つい真面目になり過ぎてしまう私ですが、大阪出身者として笑いを大事にしたいです。AfriMedicoの行動指針の一つも「面白くあれ」です
1998年
これがきっかけとなり、大学卒業後に製薬会社で働いていた時も、休みごとにボランティアをしていました
2006年
短期のボランティアでは自分の目指すことがやり切れないという思いから、2年間注力できる場として協力隊に応募しました。心配して大反対していた母を3カ月かけて説得して行ったので、マインドが強くなりました
2011年
「自分がやりたいか」「ノウハウや強みを生かせるか」「現地にインパクトのある貢献ができるか」の3点でビジネスモデルを考えました
2014年
ビジネスコンテストには積極的に参加して、賞金を渡航費などの経費に充てていました
2015年
2025年
AIによる画像認識で在庫管理と代金回収ができる仕組みにトライし始めました。システムは、IT企業に勤務しながら活動に参加しているスタッフが構築してくれました
Text=大宮冬洋 写真提供=町井恵理さん