PapuVani代表として
バニラビーンズを輸入・販売

井藤正基さん

パプアニューギニア/理学療法士/
2010年度3次隊・北海道出身

井藤正基さん

窮状にあるバニラビーンズ農家を支えたい
隊員経験を通じて知った“ワントク”の心で事業に挑む

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
隊員時代の井藤さんと同僚たち。当時、任地周辺の要請開拓に関する情報が不足していため、井藤さんは活動先以外にも、学校などさまざまな場所に顔を出し、現地事情などを事務所に共有していたという

   函館市を拠点に、洋菓子に甘い香りを付けるバニラビーンズをパプアニューギニア(以下、PNG)から輸入している井藤正基さん。コロナ禍で販売先を失ったバニラビーンズ農家の窮状に対してPapuVaniの屋号を掲げて活動を続けてきた根底にあるのは、隊員時代に同国で知った支え合いの文化、“ワントク”だという。

   井藤さんは2011年、理学療法士隊員としてPNG北東部にあるオロ州の州都ポポンデッタ市の総合病院へ赴任した。当時、同病院には医師や看護師など数十人の職員がいたが、理学療法部門はなく、井藤さんにこの部門の立ち上げが任された。「当時まだ実務経験3年ほどの私がそのようなチャレンジをできるのは貴重な機会でした」。

   赴任当初、カウンターパートが長期不在という状況の中、井藤さんは各部門の職員と相談して活動した。理学療法の分野だけでなく、床ずれを防止する介助法やクッションの使い方、鼻からの栄養補給の姿勢などを看護師に伝えたり、手術に使う機器の滅菌後の取り扱いについて医師と話したりもした。奔走の結果、部門は1年ほどでほぼ形となった。

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
バニラのプランテーションは部族単位で所有されていることが多い。ただ、個々の木やエリアの栽培権は個人に与えられるため、バニラビーンズの販売益は各農家に直接届けられる

   任期中は病院だけでなく、地域のヘルスセンターや学校などにも足を運び、交流を図った井藤さん。さまざまな人と接する中で「PNGには犯罪も多いけれど、ここの人たちは一度仲良くなった人間には手出ししない」と現地社会への理解が深まった。その象徴的な概念が“ワントク”である。部族に根差した相互支援の共同体で、ネットワークは住む場所が変わるなどしても途切れない。2年間の任期を通じて、その一員のように受け入れられていた井藤さん。「離任する時には、またPNGで働きたいという気持ちがとても強かったです」と振り返る。

   その後は17年からJICAパプアニューギニア事務所で、20年からはフィリピンでのプロジェクトに従事することが決まっていたものの、コロナ禍で渡航ができずに日本にいた井藤さん。PNGから“救援要請”が届いたのはその時期だった。

   同国では従来、中国人バイヤーがバニラビーンズを買い取っていた。しかし、コロナ禍でバイヤーが来なくなり、農民たちはバニラビーンズの販路を失ってしまった。そのことが、PNG出身の井藤さんの妻、ジョイスさんを通じて伝えられたのだ。

   当時、井藤さんが思ったのが、ワントクの心である。ジョイスさんと結婚する際、その母や姉が言った「結婚して遠くへ行っても、これからも家族でいてほしい」との言葉が心に残っていた。ジョイスさんの実家に無償で数カ月間滞在させてもらったこともあれば、現地で困り事があれば井藤さんから手を差し伸べるなど、互いに信頼を積み重ねてきていた。現地の困窮を聞いてすぐに動かなければと思った井藤さんは求職中だったジョイスさんの弟に、地域の農家を回ってバニラビーンズを集めて日本に送ってもらうことを依頼。それを日本で販売したのがPapuVaniの始まりだった。

派遣から始まる未来 先輩たちの社会還元
バニラビーンズにはタヒチ種とブルボン種の2種類があり、PNGでは両方が栽培されている。「PNG産のタヒチ種は癖が強いのですが、特にチョコレートを扱うパティシエの方では、これでなければダメと言ってくれる人もいます」

   バニラビーンズを販売するに当たり、日本でも人のつながりに助けられた。当初の主な販売先は地元・函館市の洋菓子店だったが、紹介してくれたのは井藤さんの父だった。その洋菓子店を通じて別の洋菓子店へとつながったり、中小企業家同友会などで人を紹介してもらったりと、人づてに販売先は広がっていった。現在は、道内の高級店を中心にバニラビーンズを卸している業者を通じた取引が主で、小規模事業者には直接販売を続けている。

   とはいえ、PapuVaniは事業として十分に収益化できている状況ではなく、井藤さんは「今は自分のライフワークとして続けている」と苦笑する。生産者に相応の対価を渡したいと考えている一方で、それが家計を圧迫することも避けたい。利益率が上げにくい中で収益を増すには、取扱量を増やすしか方法はないと考えている。現地の道路や橋の整備の遅れや洪水被害のため、25年の輸入量は約80㎏にとどまった。今年は100㎏を達成し、5年以内に年間200㎏まで増やすことが今の目標だ。利益率の高いバニラパウダーのような加工品の製造と販売もすでに始めている。

   いわば、日本でも“ワントク”的な人のつながりに支えられる形で、自らの事業を成長させてきた井藤さん。 「PNGの社会は、人が孤立せずにつながっているのが魅力です。一方で日本社会は寂しく感じますが、実は日本でもビジネスや地方の生活は、そうした頼り頼られる関係の下で動いている。それを知るきっかけとなったPNGのためにも、しっかり利益を上げて活動を続けていきたいです」

JICA 海外協力隊ウェブサイト 「帰国した方へ」もご覧ください

https://www.jica.go.jp/volunteer/obog/

JICA 海外協力隊ウェブサイト

井藤さんの歩み

Text=三澤一孔 写真提供=井藤正基さん