道なき目的地へはボート移動、情報や物資も十分でない状況で、
現地の人と共に活動した隊員たち

小栗清香さん
小栗清香さん

ソロモン/コミュニティ開発/
2014年度3次隊・東京都出身

大学卒業後、化学メーカーで約6年間、経理・事務に従事。大学時代から関心があった国際協力に参加するため協力隊に応募し、2015年にソロモンに赴任、マラリア対策に携わる。帰国後は公益財団法人結核予防会のザンビア事務所に2年間ほど従事。19年にNPO法人パルシックへ入職し、シリア難民、トルコ・シリア地震被災者の支援、能登半島地震の復興支援などを担当。26年秋からは大学院に進学し、主に社会経済面からソロモンについて研究する予定。

深刻な問題となっているマラリア対策のため
より正確な感染状況の報告システム導入で支援

派遣国の横顔
小栗さんはガダルカナル州のクリニック約30カ所を訪問し、報告システムの運用状況を調べた

   ソロモンではマラリアの発症件数が多く、感染症対策は国の重要課題となっている。小栗清香さんは、2015年1月にガダルカナル州に赴任し、コミュニティ開発隊員としてマラリア対策に取り組んだ。配属先は同州の保健局マラリア対策課。当初の要請は、村の衛生環境の改善や蚊の減少対策だったが、赴任時には予算が他の課へ移り、事業は縮小されていた。課が代わって力を入れていたのが、WHO(世界保健機関)が導入を進めている「マラリア症例及び罹患状況」報告システムの導入だった。

   従来は各医療施設が月に1回、マラリア患者の合計数を報告していたが、新システムでは、個々の患者についての診断や検査結果などの報告が求められる点が最大の違いで、報告回収率や診断時の検査実施率など、資金提供を行うグローバルファンド(※1)の指標を達成する必要もあった。

   当時のソロモンでは、診断時のマラリア検査の状況に課題があり、体調の悪さを訴える患者は検査をせずにマラリアとみなし、治療薬を処方することが珍しくなかった。それでは本来の病気を見逃すだけでなく、マラリア原虫の薬剤耐性を招く恐れもある。

   小栗さんは同僚4、5人のチームで州内の診療所を巡回し、検査や記録の実態を調べた。道路がつながっていない場所へはボートで向かい、山中の診療所へは何時間も歩いて訪問した。へき地では電話もインターネットも未整備で連絡手段がないため、ようやくたどり着いても看護師が不在だったこともある。

   そもそも記録すること自体に不慣れな看護師たちに向け、小栗さんたちはワークショップを実施、報告書の書き方に加え、検査と報告の重要性を伝えた。適切に記録できた診療所には評価をフィードバックし、意欲の向上にもつなげた。

   日本とは異なる時間感覚や働き方に戸惑う小栗さんにとって、モニタリング担当の同僚が良きパートナーとなった。2人でデータを点検したところ、看護師の記録方法への理解不足や、処方薬・検査キットの在庫切れがあることなどの課題が判明した。2回目のワークショップでは、同僚が資料を作り、課題点のフォローに加え、検査なしでの処方が減ったこともグラフで示した。「とてもやる気のある人で、彼女がいたおかげでいろいろな働き掛けができました」。

   そうした活動の結果、新システムを導入した15年10月に50%だった無検査または陰性にもかかわらず治療薬を処方した割合が、翌年10月には16%に低下。検査キットの使用割合は2倍になった。小栗さんと同僚女性は、「予算をつけてくれれば他の州にも広げられる」と上部組織である保健省に談判し、近隣の3つの州へ出向いての支援も行った。

   赴任当初は、ビートルナッツ(※2)をかむ人々の赤い口に驚き、現地の人のピジン英語に不慣れだった小栗さん。それでも、温かく迎えてくれる人々と過ごし、ワントークの価値観に触れ、実践するうちに「サヤカはソロモンゲレ(ソロモンの女性)だね」と言われるまでになった。「寛容で時間に縛られることのないソロモンの人たちと話していると、気持ちがオープンになるんです」。

   帰国後の26年1月にソロモンを再訪した小栗さんには、「もっとソロモンに携わっていきたい」という気持ちが芽生えた。秋から大学院でソロモンの社会経済について学び、フィールドワークを通じて理解をさらに深める予定だ。

※1 グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)…三大感染症(エイズ、結核、マラリア)に対処するための資金を集め、最も必要とする地域へ振り向けるため設立された基金。
※2 ビートルナッツ…ヤシ科の植物ビンロウの種で、これをかむと赤い唾液が口にたまり、くらっとする感覚がある嗜好品で、大洋州やアジアで見られる慣習。

千ヶ崎陽子さん
千ヶ崎陽子さん

ソロモン/観光/
2024年度1次隊・東京都出身

大学卒業時に協力隊に興味があったものの、まずは就職を選び旅行会社に勤務。窓口対応や営業、添乗員などの業務を15年ほど経験した。出産を経て、大学内にある旅行会社でも8年働き、その時期に国際分野のシンポジウムなどに参加したことで国際協力への関心が高まり、2020年にNPO法人難民を助ける会へ転職。子どもが成人したことを機に、現場で活動したいとの思いを強くし、協力隊に応募。24年8月からソロモンの観光局で活動し、26年8月に帰国した。

ソロモンの観光地としての魅力を広めるため
沈船ダイビングなど個性的なツアーを企画

派遣国の横顔
ホニアラからほど近いボネギ・ビーチには、日本の輸送船「鬼怒川丸」が眠る。船の周囲には魚が集まり、サンゴや魚と沈船を同時に見られる観光スポット

   コロナ禍で落ち込んだソロモンの観光業活性化のために活動したのが千ヶ崎陽子さんだ。2024年に観光局に配属され、日本からの観光客誘致や観光資源の整備に取り組んだ。

   配属先があるホニアラに降り立った時は、思い描いていた「南太平洋に浮かぶ美しい島」というイメージとの違いに驚いた。はだしで歩く人、おびただしい路上のごみ、ビートルナッツをかんで吐き出した赤い染み、各所で起きている車の渋滞など、その様子に圧倒されたという。

   千ヶ崎さんはまず、日本に向けた情報発信から始めた。世界的なスキューバダイビング教育会社の日本支社「PADI Japan」と連携し、ソロモンで体験できる沈船見学ダイビングのプロモーションを実施。同社とのキャンペーンでクイズを取り入れ、答えるにはソロモン観光局のウェブサイトを訪れる仕組みにし、1万回以上のクリック数を引き寄せた。

「フィジーやサモアといった島国との差別化を図れる、ニッチな魅力を発信することが大事だと考えていて、固有種の多さを生かしたバードウォッチングツアー企画も進行中です」

   情報発信の面でも課題があった。離れ島などだけでなく、首都周辺の観光地でさえ、アクセスや宿泊についての情報が整っていないことが多い。そのため、千ヶ崎さんは宿や観光情報をGoogleマップに登録する作業も進めてきた。

   もう一つ力を注いだのが、戦跡の整備だ。ソロモンの観光を考える時、第2次世界大戦の歴史は切り離せない。ガダルカナル島などには沈船や航空機、大砲の残骸のほか、慰霊碑があり、今も慰霊や遺骨収集のために訪れる人がいる。

   しかし、戦跡の多くは私有地にあり、所有者や管理者の中には、傷んだ遺物の保存・修復や、見学の案内、入場料の仕組みなどをどのように整えればよいか分からない人も少なくなかった。そこで千ヶ崎さんは、所有者らが課題や事例を共有し、協力し合える場として団体を立ち上げた。そして戦跡情報をウェブ上に登録し、現地の人々に残る記憶と日本側の記録を照合しパンフレットにまとめるなど、戦跡を訪れる人に向けた情報発信に取り組んだ。

   団体設立2年目には、初のイベントとして戦時中の日本の輸送船「鬼怒川丸」が沈む人気のダイビングスポット「ボネギビーチ」で、観光客と地元住民との交流、住民の収入向上を目的としたサンデーマーケットを開催。地元の人がローカルフードや民芸品を販売し、来場者は200人を超した。

「準備中は、自分だけが動いているように感じていましたが、開催2、3日前になると、同僚が『食べ物が足りなかったら困るだろう』と材料をそろえ、休日にもかかわらず出店してくれるなど、結果としては助けられたことばかりでした。ソロモンの人たちはエンジンがかかるのが直前なんです。日本の物差しで考え過ぎないことも大事だと思います」


活動の舞台裏

派遣国の横顔
住まいの近所の住民たちとバーベキューを楽しむ渡辺さん。ワントークは外からの人を排除するわけでなく、温かく受け入れてくれる

誰も独りっきりにしないワントークの輪

「ワントーク」とは、同じ言語や出身地、血縁で結ばれた人々が助け合い、物や食べ物を分かち合う関係や価値観のこと。

   観光局に配属された千ヶ崎陽子さんは、日本人の来客があると「君のワントークが来ているよ」と言われ、困り事があってもワントークの精神で助けてもらえた。一方、JICAの安全講習では、「ひったくりに遭っても、絶対に取り返したりしないでください。ワントークの仕返しがあるかもしれないので」と注意されたことも印象に残っている。

   渡辺督郎さんは、「ワントークは、誰のことも独りっきりにしない、究極の優しさ。日本にもある相互扶助の精神と同じだと思います」と話す。任期中、同僚のいとこの結婚を祝うため、村の一族たちと島から島へ移りながら、貝殻がボタンの原料になるタカラ貝を拾い集めたこともある。貝を売り、結婚式の資金にするためだ。約1週間のキャンプで、寝食を共にし、食事を皆で分け合い、仲間のために時間と力を持ち寄るワントークの精神を身をもって知った。

   小栗清香さんは、ソロモン式に倣い、買い物はパンなら1斤、ペットボトル飲料は大きなものを買い、周囲の人と分け合うように心掛けた。現地の人々と同じように振る舞うことで、食卓や結婚式に招かれることが増えたという。

Text=秋山真由美 写真提供=小栗清香さん、千ヶ崎陽子さん