ボリビア
ボリビア
小学校教育/2025年度1次隊・
沖縄県出身
任地は戦後に沖縄系移民が開拓したオキナワ市という町で、入植が始まった順に第1~第3移住地に分かれています。私がいる第2移住地は人口の密集した第1移住地から約20km離れた集落で、中心部に日系家庭20世帯ほどが暮らし、周辺に非日系人の家や農地、牧場が広がるのどかな地域です。沖縄の文化やアイデンティティを本当に大切にしていて、特にお年寄りは“うちなーぐち”を話す方も多く、現在の沖縄県内よりも方言を聞く機会が多くて驚きますね。スポーツと集まってお喋りすることが大好きな皆さんから、いつもイベントに呼んでもらって楽しく忙しく過ごしています。
ヌエバ・エスペランサ校という第2・第3移住地の幼稚園児から高校生までが通う学校が活動先で、午前がボリビア式のカリキュラムの授業、午後が希望者向けの日本語・沖縄文化教室になっています。 私は日本語指導のほか、楽器やエイサーを教えたり、お楽しみ会などの特別活動を行ったりしています。午後の部に来る子の半数は非日系で、踊り好きなボリビア文化ゆえか、勇壮なエイサーに憧れて学びに来るケースも多いようです。今、地域社会と学校の連携が薄らいでいるように感じていて、お年寄りと児童・生徒が関わる活動を増やしていきたいと思います。
第2移住地にはレストランがなく、基本的には自炊です。商店の品ぞろえも限られていますが、ご近所から野菜のお裾分けを頂くなど、支えられながら生活しています。よく食事に誘ってもらい、南米らしくシュラスコを楽しんだり、沖縄料理をごちそうになったりもします。沖縄伝統のヤギ料理も、オキナワ市で生まれて初めて食べる機会がありました。
オキナワ市には沖縄県からの教員派遣制度が長らくあったので、当時の教員用の一軒家を使わせてもらっています。歴代の先生方が残した参考書や語学本が蔵書となっていて、歴史を感じるとともに、皆さん勉強を重ねながら活動していたのだなと感銘を受けます。第2移住地にはごみ収集がないため、各家庭で燃やすなどして処理しています。私はコンポストを作ったりもしていて、日本とは異なる生活環境にも少しずつ慣れてきました。
写真提供=阿波根奈緒さん Text=飯渕一樹(本誌)