ニカラグア/助産師/2023年度1次隊・埼玉県出身
大学時代、ネパールでの短期ボランティアにて、劣悪な医療インフラの中で危険にさらされる妊産婦の様子やジェンダー面の課題を目の当たりにして協力隊を志す。大学院で助産師資格を取得し、日本国内の総合病院で4年間実務経験を積み、2023年から協力隊員としてニカラグアで活動した。帰国後はUNV(国連ボランティア計画)に応募して、国連人口基金のスタッフとしてバングラデシュでロヒンギャ難民に関わる助産師の教育に従事。
助産師隊員としてニカラグアに派遣され、リプロダクティブ・ヘルスに関する支援を行うNGOのプロ・ファミリアに配属された喜藤さん。首都マナグアの拠点への着任早々に直面したのは、“技術移転”をすべき相手の不在だった。要請はプロ・ファミリア傘下の青少年クラブの運営に携わり、性教育やエイズ対策などをするという内容だったが、2023年9月に着任した時点で「予算がないので、クラブは11月で終了する」と知らされた。しかも、カウンターパートが職場を辞めて渡米してしまうことになった。背景には、NGO全般が政府から良く思われていないという政治的な事情もあった。
「隊員として医療行為をしてはいけないので看護師の手伝い程度のことしかできず、本来なら現地職員に知識や技術を伝えることが役目です。しかし、NGOの置かれた事情もあって人員がどんどん代わってしまうため、教えるべき相手がいなくてどうにもなりませんでした」
そこで思い立ったのは、配属先以外の機関で何かさせてもらうようアプローチすることだった。しかし、喜藤さんが飛び込みで訪ねた政府系の病院では、NGO関係者と分かると門前払いに。組織の壁に阻まれて途方に暮れた喜藤さんは、「プロ・ファミリアではなく“JICAの人間”としての立場を前面に出したほうが活動しやすいのではないか?」と考え始めた。
そして赴任から半年ほどたった頃、後輩として助産師や保健師の隊員が着任。首都隊員の喜藤さんと異なり、それぞれ地方にある政府系の保健管区事務所などに派遣された。
「グループ派遣でもあったので、彼女たちと一緒に活動できれば、配属先などの壁を越えて動けるかもしれないと着想を得ました。連携の仕方を調べる中、クロスロードの記事で『分科会』というものを知って、これならばJICAボランティアの集まりとしていろいろな活動ができそうだと思いました」
後輩隊員たちからも全面的に賛同を得られ、設立趣旨などは誌面を参考に設定。担当の企画調査員(ボランティア事業)に相談して年間計画の策定や予算申請も行い、翌年、保健分科会の設立にこぎ着けた。
派遣国の特殊な事情もあって立ち上がった分科会は、まさに喜藤さんがイメージした効果を上げた。まず行ったのは地方の町での女性・妊産婦向けイベントへの参加や、健康教育の活動。さらに、過去に喜藤さんが配属先経由で見学を申し入れて断られたマナグアの中核病院に分科会として連絡すると、スムーズに話が進んだ。
「当時、国内で唯一母乳バンクを実施しているなど先進的な病院で、設備も充実していました。それらを見学させてもらいつつ、日本の事例のプレゼンテーションや、若年妊婦(20歳未満の妊婦)への産前の健康教育などを行いました。“JICA”ということで本当にすんなり進んで、JICA専門家の方をはじめ多くの日本人が積み上げてきた信頼の厚さを感じました」
当初は四半期に1回程度のミーティングと活動を予定していたが、会を立ち上げてみると取り組みたいことがいろいろと挙がり、結果的に活動は年6、7回ペースに上ったという。メンバーの任地で開催された保健関連のイベントに分科会のブースを設け、乳がん検診のやり方を伝えたり、健康教育をしたりと、活動の場も内容も広がることになった。
ただ、分科会を介して配属先の同僚にもさまざまな活動に関わってもらうのは、まだハードルが高かったという。例えば、分科会の企画という形を取っても、プロ・ファミリアの職員が政府系の医療機関などを訪ねることにはなお壁があり、喜藤さんだけの参加となった。他の分科会メンバー2人の配属先はいずれも政府系だったものの、派閥の事情などで職員が他の地域を公式に訪ねることが難しかった。それゆえ、日本人ならば現地の組織的なしがらみを超えて自由に動けるというメリットが、分科会活動を通して最大限に生きたともいえる。
その後、喜藤さんが25年8月で活動を終える時も、分科会という存在が役立った。
「私の帰国3カ月前に助産師隊員が着任して、早速メンバーになってくれました。ちょうど保健関連イベントもあり、私がまだ在任している間に活動の仕方などを学んでもらうことができました」
さまざまな活動の中で作ってきた資料は共有データとして引き継ぎ、残ったメンバーが各自で活用できるようにした。分科会の創立メンバーはすでに全員離任しているが、「現役隊員からは、『分科会の定義や目的が明確に設定されているため、メンバーが入れ替わっても活動の目的を見失うことなく継続できている』との声をもらっています」。
当時、自身の配属先にはすぐ後任の隊員が来る予定がなく、職員に引き継げる状況でもないことから、作った資料や成果物が気掛かりだったという喜藤さん。
「分科会で後輩に引き継ぐことで、どこかで誰かの役に立つかもしれないという希望が生まれたとも思います。また、後輩隊員が先輩の活動を早めに学べる場になったり、分科会活動の中でできた現地の人へのコネクションが引き継がれたりと、当初は意図していなかったメリットも数多くありました」
Text=飯渕一樹(本誌) 写真提供=喜藤麻子さん