
メキシコ/環境教育/2009年度3次隊・埼玉県出身
「メキシコでは、現地の人々が家族との時間やコミュニティを大切にしている姿を見ながら暮らしました。だから、帰国して早朝の新宿で通勤する人たちを見て、すごく違和感があったんです。みんな暗い色のスーツを着て速足で……。仕事中心の生活になじめるのか不安になりました」
そのように協力隊時代や帰国後の経験をざっくばらんに話してくれるのは、埼玉県和光市でコミュニティカフェ「大人の秘密基地arcoiris(以下、アルコイリス)」を運営している横田明菜さん。協力隊に参加したのは26歳の時で、赴任したのはメキシコ湾岸のベラクルス州にある人口1万6,000人ほどの町、テオセロ市だった。
横田さんが配属されたのは市役所で、ごみの分別や処理に関する業務を担う部署での活動だった。市では10年ほど前からミミズコンポストによる生ごみ処理を導入しており、市街地では生ごみの戸別回収の仕組みも整っていた。それゆえ、横田さんがすぐにできることは見当たらなかったが、「作業員のおじさんたちとタコスを食べたりして関係性をつくり、だんだん仲良くなっていきました」。
自分にできることは何かと考えていた横田さんが思い至ったのが、日本のようなごみの分別表を、現地向けに作成して各家庭に配布すること。職員と手分けして市内中心部の全戸に配布した。
「2年目には市長が代わって職員もガラッと入れ替わりました。若くてやり手の女性が部署の長になり、ミミズコンポストで作った堆肥をきちんと商品化して販売することを推進。近隣の自治体の物産展などにも出展しました」
人との出会いの中で活動を充実させた横田さん。帰国直後に覚えた違和感をむしろ大事にして、「しばらく日本を見て回ろう」と仲の良い同期2人と語り合いながら国内旅行をした。この旅の折、同期隊員の学生時代の後輩で、後にアルコイリスを一緒に開業することになる教育学分野の大学院生、川上和宏さんとの出会いもあった。また、地元である和光市市長への帰国表敬訪問の場で、取材に来ていた地域紙「和光新聞」の代表と意気投合し、横田さんはアルバイトとして手伝うことになった。
「私は和光市出身といっても中学から市外の私立校に通っていたので、地元との関わりがさほどありませんでした。取材や新聞配布を通じて市内のさまざまな人や会社を知ると、メキシコで魅力を感じた“コミュニティ”のつながりが和光市にもあるのだと気付きました」
ただ、東京都に隣接する和光市は典型的なベッドタウンで、特に若い世帯は地域社会との関係が希薄になりがち。当時、危機感を募らせた市役所が地域活性化に着手しており、新聞の仕事で役所にも出入りしていた横田さんも積極的に関わった。そして市民が交流するコミュニティカフェをつくるための補助金を得ることができ、2014年3月、川上さんらと共にアルコイリスの立ち上げに至る。
「市民活動の要素に加えて“学びの場”をつくりたいとの思いが漠然とあり、直感的に川上君を誘いました」 横田さんと川上さんはアルバイトを3人ほど雇用してアルコイリスを始めたが、経営の素人だけに赤字が続いてしまう。開業2年目は1年間無給だったと振り返る。その後、アルバイトの従業員が辞めて横田さんと川上さんの2人態勢になったが、人件費の負担が減ったほか、カフェで何かを企画するための意思疎通が円滑になったという。そして、2人が好きなことを自由にやり始めた中で生まれたヒット企画の1つが「哲学カフェ」。毎回、誰もが経験を持っているであろうさまざまなテーマについて参加者の多種多様な経験や価値観、考えを語り合うイベントだ。
「アルコイリスを市民の学びの場にしたいという気持ちがようやく形になりました。難書を読み解く読書会、子どものための哲学対話、防災に関するイベントなども行うようになり、遠方からもさまざまな立場の方が出入りしてくださるようになりました。近隣小学校の保護者の集まりなどでも活用してもらっています」
現在、横田さんは結婚を機に神奈川県海老名市に住んでいる。和光市まで遠いが、12年間で人々が集まる知的な“秘密基地”に育ったアルコイリスを営み続けている。自身の問題意識や違和感をうやむやにせず、やりたいことを形にした横田さん。試行錯誤をしながらも人とのつながりを生かして哲学対話などのニッチな需要を掘り起こした。だからこそ、アルコイリスは唯一無二の魅力を放っている。
1983年
中学生ぐらいからテレビ番組『世界ふしぎ発見!』を見たりして海外に興味を持ちました。スラムなどの問題を知り、国際協力に関わりたいと思ったのは高校生になってからです
2003年
環境学の中でも「水文学(水循環を対象とする地球科学)」を専攻し、湧き水や井戸の調査・分析を行いました。大学3年時に協力隊に応募したのですが、当時は不合格でした
2007年
2008年
富士山麓の樹海案内などの実習を通して安全管理や環境教育を学びました。ペルー出身の日本人女性スタッフと親しくなり、スペイン語圏に興味を持つきっかけに。研修期間中に協力隊に再び応募して合格しました
2010年
先輩隊員が残してくれたごみ分別教育キットを使って高校生に教え、その高校生たちが小学校や保育園で授業をするという流れをつくりました
2013年
飲食店経営は初めてでしたが“見切り発車”的に始めました。試行錯誤しながら新しいことに挑戦し続ける中で、地域の人との関わりもでき、徐々にやりたいことが形作られていきました
2016年
2022年
長距離通勤となって今後の店舗経営を模索する段階になってきています。和光市で店舗を継続するだけではなく、自然豊かな地域でも何かできないかと検討しています
Text=大宮冬洋 写真提供=横田明菜さん