帯広畜産大学

大学連携
【連携開始】 2011年8月
【派遣国】 パラグアイ
【協力分野】 家畜飼育・コミュニティ開発
【派遣形態】 大学卒業生または大学院生を毎年計4名、長期隊員として派遣し、酪農家の生産向上のための技術支援を実施。併せて、大学の休暇を利用して在学生を、年間5~8名約1ヶ月間の短期隊員として派遣し、長期隊員による技術指導の成果のモニタリング調査(プロジェクトの進捗評価)を実施。
【累計派遣】 計64名(~2020年度)

全国唯一の国立農学系単科大学である帯広畜産大学は、1980年代より、パラグアイにおけるJICAプロジェクトへの参画、アスンシオン大学との交流など同国との長い歴史があります。帯広畜産大学でJICAとの連携を進めてきた井上昇理事・副学長、海外協力隊員として送り出す学生たちを指導してきた畜産フィールド科学センターの木田克弥教授(取材当時)、そして実際に派遣された向井歩氏からお話を伺いました。

※文章内の制度名、派遣名称は派遣当時のものです。​

井上昇氏 木田克弥氏

理事・副学長

井上 昇

教授

木田 克弥

「学際・実学・国際」を掲げた、プロジェクト型の体制

井上理事・副学長 本学は、『食を支え、くらしを守る人材の育成を通じて、地域および国際社会に貢献する』ことを基本目標に掲げ、「学際」「実学」「国際」を目標達成のキーワードとし、「畜大型グローバル人材の育成」を目指しています。私が学生として本学に来た30年程前から、既にJICAが実施する国際協力に本学の教員やOBが参画しており、私の先輩や同期もJICA海外協力隊員として途上国へ派遣されていました。近年では、2006年に「畜産国際協力ユニット」を設置し、JICAを含めた様々な国際協力プロジェクトに関心がある学生を副専攻的に集めていました。現在は、その後継である履修モデル「国際教育アドバンストモデル」にそのポリシーが継承されており、国際協力の土壌は昔からあったと思います。
本学とJICA北海道センター(帯広)とは、距離が近いこともあり日頃から情報交換を頻繁に行っており、パラグアイのプロジェクト「帯広畜産大学-JICA協力隊連携事業」(以下「連携事業」)は、当時のJICA北海道センター(帯広)代表と本学学長の間で、人材育成を視野に入れた国際協力ができないかというところから始まったと聞いています。
この「連携事業」において長期隊員として派遣できるのは、卒業生と大学院生となっています。大学院生の場合、在学中に休学してパラグアイに2年間派遣されると、単位取得や授業料の点で学生に大きな負担がかかります。そこで『長期履修制度』を導入し、パラグアイ派遣中の大学院生には授業料を免除し、現地での活動を履修科目「海外フィールドワーク」に位置付け、単位取得できるようにしています。「2年分の授業料で、国際協力を体験しつつ、4年で大学院を修了できる」という、学生が参加し易い制度になっています。
木田教授 帯広畜産大学では、「連携事業」を進めるために支援委員会を設置しています。委員会は現在8名の教員で構成され、私を含む畜産フィールド科学センター(大学農場)の教員に加え、獣医学、農業経済学、スペイン語、さらにパラグアイ人の教員が委員として参画しています。私はその責任者の一人として7年ほど携わっており、毎年2回現地に赴き、隊員の活動を支援するほか、ステアリング・コミッティ(プロジェクトの企画・運営・総括の会議として毎年開催)において、JICAパラグアイ事務所、イタプア県庁そしてプロジェクトに参加している3市の代表者と協議をしながら事業を進めています。
ボランティアの募集(年2回)では、大学HPでの広報をはじめ学内のポスター掲示、支援委員(教員)の授業での本事業の紹介、担当事務職員による説明会などを行っています。応募要件については、とにかく、興味とやる気のある人(3年生以上の学部生、卒業生)であれば誰でも応募でき、必ずしも酪農の知識やスペイン語を習得している必要はありません。というのも、派遣が決まった学生は、派遣前の半年間、現地の活動で必要となるスペイン語ならびに様々なスキル(搾乳衛生、繁殖管理、飼料・栄養管理ほか)をみっちりと訓練されるからです。学内選考では、毎回、募集枠を超える応募があり、近年は、大学HPを見てこの派遣事業に参加したいので進学先を帯広畜産大学に選んだという受験生も現れているほどです。また、向井さん(後述)のように学生時代に短期隊員を経験した者が、卒業後に長期隊員を希望し、ボランティアを応募する事例も増えてきました。

現地の「ヒト」と繋がることで、実情を把握する

木田教授 「連携事業」は、本学のミッションであるグローバル人材育成において、とても意義深い事業です。途上国への学生派遣は、国内ではできない経験を実体験させる素晴らしい教育の機会である一方、安全確保の面からも大学単独では絶対にできないものでもあります。JICAによる万全の安全が確保された中で行う活動は、とりわけ長期隊員にとって、様々な困難と共に貴重な経験になっています。例えば、現地から要請があって始まったはずのプロジェクトなのに、地域によっては、農民は「もっと儲けたい、でもやり方は変えたくない、何か貰えるなら協力してもよい」などと改善意欲に乏しいことも少なくありません。そのような農家に対して、隊員は、技術指導の前に、まずは足繁く農家を訪問し、理解と信頼を得ているようです。
パラグアイの小規模酪農家では、乳牛の初歩的な飼養管理においてさえ課題がみられ、酪農の専門知識や経験の少ない短期派遣の学生でも容易に気づくことができます。例えば、搾乳前には手を洗い、牛の乳房(乳頭)を清拭するなどの搾乳衛生管理が行われていません。短期隊員は学部3~4年生が主体ですが、搾乳衛生に加え、自身が気付いた問題点、例えば「エサはお腹いっぱい食べさせましょう」、「床が牛糞で汚れていたら、綺麗に清掃してから搾乳しましょう」などの提案は、乳牛管理において極めて重要なことであり、これを学生はスペイン語で熱く農家に語りかけ、農家はそれを理解し感謝し実践してくれます。ときには、お礼として野菜やフルーツをいただくこともあるそうです。このやりとりは学生にとっても農家と心が通じ合う貴重な体験になっているようです。
短期派遣では、「教育」の観点から、調査活動は、長期隊員や日系人の通訳兼ドライバーのサポートを受けながらも、学生だけで行わせています。ひと月余りの活動期間中、3市12戸の酪農家を対象に、毎朝、3時~5時に起床し、農家の朝の搾乳に立ち会い、エサや繁殖に関する様々な調査をし、いったんホテルに戻り、午後は前日調査した農家を再訪問して調査結果を報告し、夕方~夜に当日の調査データを整理して報告書にまとめ、スペイン語に翻訳する。このような睡眠時間を削らざるを得ないタフな日々が続きますが、支援教員は前半の約2週間はあえて同行せず、日本から週1回程度のスカイプによる助言にとどめています。支援教員が合流するのは活動後半の2週間であり、最終報告会に向けたプレゼンテーション資料作成(過去の隊次の報告書をレビューしつつ、新たな調査結果から飼養管理技術や生産性の向上状態を評価する)をサポートしています。
このような短期集中の活動は、学生にとっては卒業論文をまとめる以上の濃密な時間になっています。加えて、学生隊員にとっての活動目標は、プロジェクトの初期段階(隊次)では、各農家の基礎データを集積して改善目標を策定・提案することですが、隊次が進むにつれ過去の成績と比較して改善状況を評価することに変わります。隊次ごとの活動目標を明確にすることでミッションが明確になり、それをやり遂げることが達成感につながっています。さらに、過去データと比べて成績向上(改善)が確認できたときには、この上ない充実感、すなわち、学生の活動であっても地域の産業を変革させることができた「ああ、凄いことが出来たんだ」との自信にもなっています。これら活動を通しての農民との交流そして達成感は、「今度は自分のスキルをしっかり高め、もっとパラグアイの酪農発展に貢献しよう」とか「スペイン語を活かして外資系企業で働こう」という気持ちの変革につながり、卒業後の進路にも大きな影響を与えています。

※このインタビューは2020年12月に行われたものです。

向井 歩 氏

向井 歩

派遣国
パラグアイ
派遣職種
家畜飼育

大学による強力なバックアップ

私は、学部生時代に短期派遣、卒業して就職後に長期派遣で連携プログラムに参加しました。どちらも、派遣前の学内研修を受講しました。語学研修は派遣3カ月前から、実技はそれまで学部で学習したことを基礎に、木田先生やパラグアイ人の教員から特別研修を2泊3日で受けました。周囲に協力隊経験者の先輩も多いので、分からないことなど何でもすぐに尋ねることが出来、協力隊体験談などもたくさん聴くことができました。帯広畜産大学は、パラグアイのことを調べられる日本随一の大学だと実感しています。学内研修は現地でも役立ちましたが、JICA駒ケ根訓練所での派遣前訓練も、酪農分野で学び就職していた「狭い世界」の自分にとって、様々な分野・職種の同期隊員と知り合えて繋がることができて非常に良かったです。知らなかった世界を教えてもらったことに加え、一般人から見た酪農のイメージや酪農を知らない人たちの存在も認識できました。彼らとは今も頻繁に繋がっています。

現地の人の変化と自身の成長

現地では、意欲ある農家への支援に力を入れた結果、プロジェクトを歓迎する農家で新しい試みもどんどん取り入れてもらえました。試しに始めた「プラスチックのドラム缶で作るサイレージ」は、他農家から「うちでもやりたい。」などの声が寄せられるようにもなってきました。
パラグアイの良いところは、時間にギスギスしていないところ。私はせっかちで、現地の同僚にも口うるさく仕事で質問したりしていましたが、彼からは「そんなに焦っても何もかわらないぞ。」と返されて、「ああ! 1を100に短期間で変えることはできないな。」と気付かされました。時間が掛かっても良いので今やるべきことを少しずつやらねばいけないと冷静になれました。一見、物事が全然進んでいないように見えても、実際は少しずつ動いている。カウンターパートが日々言っている「ポコ・ア・ポコ」(少しずつやれば良いんだ。)のとおりだ、と実感できました。
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年4月より国内待機となっていますが、SNSで現地(職場、ホームステイ先の家族、酪農家)と週1回は連絡をとっており、近況報告を受けたりしています。本来、酪農は、乳業メーカー等に生乳を販売することで安定した収入が得ることができます。しかし、私の任地では、搾られた生乳は農家が個人に直販するか、チーズに加工して売っているかでしたが、この生乳の販売の仕組みが少しずつ変わってきているそうで、「私のできることをちょっとずつでもやってきたことでいろいろと変わることがある。こういう積み重ねが世界を変えることに繋がるのだ。」としみじみ思っています。再派遣されたら、人工授精とプラスチックのドラム缶サイレージの普及に取り組みたいと思っています。
私自身、人工授精師の資格は大学時代に取得したものの、実務経験が不足していたので農家指導できるレベルではありませんでした。スキルを磨くために、近々、牧場で3か月間の実技研修を受けます。そして、協力隊終了後も酪農関係の仕事に就きたいと考えています。活動の中で、パラグアイにはパラグアイの酪農スタイルがあるように、ほかの土地の酪農スタイルをもっと知りたいという気持ちと、私のスキルをもっと磨きたいという気持ちが芽生えたからです。

後に続く学生たちへのメッセージ

大学連携と聞くと、学部生や大学院生、あるいは卒業後すぐに参加するのが一般的と感じるかもしれません。私は、数年実務経験を積んでからの参加でしたが、大学で学んだ知識に加え、私の経験を生かすことができ、よりやりがいを感じられました。帯広畜産大学で学んだ知識は、世界的に通用する素晴らしいものだったと確信できたことを、最後に先生方と学生の皆さんへお伝えしたいと思います。

※このインタビューは2020年12月に行われたものです。