05 池上彰と考える『SDGs入門』 すべての人に健康と福祉を届ける 日本の医療保健システムに熱い期待

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メキシコの心疾患医療を変革しブランド力を高める
テルモ

中南米第2の大国であるメキシコでは、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)による死亡者数が増加し、大きな社会課題になっています。この虚血性心疾患の有力な治療法として、手首の血管から細い管(カテーテル)を挿入して血流を改善するTRI(経橈骨動脈冠動脈カテーテル術)が普及しつつあります。カテーテルで世界有数のシェアを持つ医療機器メーカーのテルモは、TRIをメキシコに普及させることで、同国の心疾患治療に大きな貢献を果たしています。

従来、カテーテル治療は脚の付け根の血管から挿入する方法(TFI)が主流でしたが、近年、合併症の不安や患者の身体的負担、さらに金銭的負担も少ないTRIが世界的に広まっています。テルモはTRIに不可欠な、細くて滑りのよいカテーテルの開発・製造に強みを持ち、世界に向けて製品を供給するとともに医師が行う医療技術教育活動の支援をしています。

メキシコの医師にTRIの実技トレーニングを実施

とはいえ、中南米のビジネスが最初から順調だったわけではありませんでした。1980年代からメキシコに拠点を置き、注射器や注射針の販売を行ってきましたが、カテーテルの販売を中南米で開始したのは2005年頃のこと。「当時のメキシコの病院はまだTFIが中心で、欧米メーカーのカテーテル製品が多く使われていました。わざわざ新しい手技を覚えたいという医師は少なく、TRIを普及させるのは難しい状況でした」と、テルモ コーポレートアフェアーズ 課長の伊藤秀樹さんは話します。

テルモ
コーポレートアフェアーズ 課長
伊藤秀樹さん

こうしたなかテルモは、2011年にJICAと連携し、メキシコの若手医師5名を日本に招聘し、TRIの第一人者である湘南鎌倉総合病院の齊藤滋医師の協力で研修を実施しました。外務省の官民連携促進策「成長加速化のための官民パートナーシップ」の一環として行われたもので、医療分野では初めての取り組みでした。

2014~16年には、JICAの民間技術普及促進事業として、メキシコやコロンビア、ブラジル、アルゼンチンの国立病院の医師約40名にTRIの研修を実施しました。各国の医師を日本に招聘し、テルモの神奈川県にある総合医療トレーニング施設でTRIシミュレーターなどを使った実技トレーニングを行ったほか、湘南鎌倉総合病院でのTRIによる治療現場の見学や講義なども組まれました。帰国後にはそれぞれの国でフォローアップ研修を実施しました。

TRIの実技トレーニングの様子

腕からカテーテルを挿入するTRI手技のイメージ

神奈川県にあるテルモの総合医療トレーニング施設

メキシコには、公立病院と私立病院があり、普段は公立病院に勤務する医師が私立病院でパートタイム的に働くことも珍しくありません。そこで公立病院勤務の医師を中心にTRIを習得してもらうことで技術を普及させていきました。

「JICAは保健省など現地の行政機関と信頼関係を構築しています。このため、どの病院のどの医師に声をかけるかについてアドバイスを受けることができ、当社だけでTRIの普及に取り組むよりもスムーズに進めることができました」と、テルモ 心臓血管カンパニーTIS事業グローバルマーケティングディレクターの岡島直文さんは連携の効果について話します。

テルモ
心臓血管カンパニーTIS事業グローバルマーケティングディレクター
岡島直文さん

さらにTRIを導入した病院の中には、カテーテル室にあった他の治療器具をテルモ製のものに入れ替えるところも出てきました。「虚血性心疾患に対するカテーテル治療を行える病院はメキシコに約200あると思いますが、そこにはほぼ、当社の治療器具が導入されています。現地でのブランド力も向上したと思います」(岡島さん)。

こうした取り組みの結果、2010年頃には30%ほどだったメキシコでのTRIの実施比率が、数年後には目標の50%を上回りました。この成果が評価され、メキシコの周辺国であるブラジル、アルゼンチン、コロンビアでも、JICAとともにTRIの普及活動に取り組み、各国にある拠点の売上げも伸びているといいます。

TRI の研修を受ける中南米の医師

4カ国でのJICAとの連携プロジェクトは終了していますが、テルモの事業展開はさらに活発化しています。2016年にはメキシコの国立循環器病院内にTRIトレーニングセンターが開設され、テルモは現在も技術協力や研修器材の提供を続けています。

輸血による感染症に苦しむ人々を救う

もう一つ、テルモはUHC実現に向けた重要な取り組みを進めています。それは、輸血用血液による感染症を防ぐ試みです。

「現在日本では、輸血用血液製剤による感染はほぼありませんが、サブサハラ(サハラ砂漠より南のエリア)、特に西アフリカは新興感染症の流行しやすい地域です。献血に来る人の半分はマラリアに感染しているとも言われています」と、テルモBCT マーケティング部 マーケティングスペシャリストの松岡千恵子さんは、アフリカの現状について話します。

テルモBCT
マーケティング部
マーケティングスペシャリスト
松岡千恵子さん

この問題の対策方法のひとつに、輸血用血液製剤内の病原体の低減化があります。そこでテルモは2017年にJICAとの官民連携により、病原体不活化システムの導入と輸血監視体制の構築に関する実証プロジェクトに着手しました。プロジェクトは二段構えで構成します。輸血前には血液製剤内の病原体を低減する装置「ミラソル」(テルモ BCTの製品)を用いて安全性を高め、さらに輸血監視体制として輸血後の患者の副作用に関する情報をクラウドに集約してフィードバックするという構成です。

ガーナで使われている病原体低減化システム「ミラソル」

実証の場所はガーナ。テルモはこの事業に着手する前に、ガーナの主要都市であるクマシでミラソルの治験を行い、マラリアのリスクを87%低減できることなどを明らかにしました。実証には、首都アクラも加えた2都市の国立の血液センターと大学病院を対象として新たな試みに挑戦したのです。

ガーナでの治験の様子

まず、前段階の輸血用血液製剤内の病原体低減化に関しては、すべての輸血用血液製剤を処置するのは難しいため、小児科・産科・腫瘍科に限定しました。

輸血後は、患者の状態を監視し副作用が見られるようであれば適切な処置をし、それをシステムにフィードバックする。このプロセスについては、システムを構築するだけでなく、医療従事者の教育に力を入れました。

「実はガーナでも以前、監視体制を構築しようとしたことがありました。そのとき得られた知見として、看護師たちが目的を正しく理解していなければ、輸血直後、15分後、30分後、1時間後のチェックは手間に感じられ、副作用が出た場合に犯人捜しにつながるということがありました。このシステムの目的は、患者の健康に貢献することだと深く理解してもらう必要があり、医療従事者の教育に力を入れることにしたのです」(松岡さん)

そこで、日本赤十字社の協力も得て日本国内で研修を行うことにしました。研修を受けたガーナの医師と看護師は「何十年か前には日本にもガーナと同じ課題があり、それを努力によって克服したことに感銘を受けた」と口を揃えて語り、日本に共感を寄せるとともに、感染症対策に取り組む意欲を高めたといいます。

「今回のプロジェクトでは、輸血の安全性への貢献を通じてガーナでブランドの浸透を図れたこと、医療関係者とのパイプを築けたことが大きな収穫でした。今後はガーナの周辺国、サブサハラの国々に病原体低減化システムの普及を図り、アフリカにおけるUHC実現に貢献していきたいと思います」と、伊藤さんは未来を展望します。

安心・安全な医療インフラでミャンマーのUHCに貢献
北島酸素