Islamic Republic of Pakistan

パキスタン・イスラム共和国
住民たちがお金を出し合って建てた学校

取り残された村

写真・文  清水 匡(フォトグラファー)

Special movie
写真家からのメッセージ

いまだ震災の傷が癒えない子どもたちの教育環境

中国の「一帯一路」構想により、パキスタンから中国へ延びるカラコルム・ハイウェイの建設が進んでいる。私は4年ぶりにパキスタンを訪れたが、首都イスラマバードから各都市への移動時間はこれまでの半分に短縮された。人に会うと「ニーハオ」と声をかけられる。「アイ・アム・ジャパニーズ」と訂正するのは面倒なので、こちらも「ニーハオ」と返事する。積極的に話しかけてくる人には自分は日本人であることを明かすが、「サンキュー、ジャパン・イズ・ベスト」と握手を求めて喜ばれる。中国の巨額投資の勢いに押され日本の存在感が薄くなっていると言われるが、一般人にとってはまだ身近な存在なのだろう。

カラコルム山脈の裾野にハイバル・パフトゥンハー州マンセラ郡がある。2005年の大地震でこの地域一帯の犠牲者は約8万人に達した。学校施設は5,722校が半壊・全壊し、13年経過した現在も2,418校が再建されていない。2010年の大規模水害による影響も大きく、教育設備の整備は遅れているのが現状だ。パキスタンは識字率が約55パーセント、同州においては初等教育の就学率が71パーセントと教育指標は低く、非就学率は男子19パーセントに対して女子は40パーセントに上り、女子教育の遅れが顕著に表れている。また学校中退や子どもたちの労働従事なども問題となっている。

大地震から13年間も放置され、子どもたちはどこで勉強しているのだろうか。美しい山脈に囲まれた大自然の中、息を切らしながら1時間ほど山を登ると、約300世帯が生活するニンダー村に到着した。そこには今にも壊れそうな小屋が公立小学校として機能していて、私が訪れた時は10人ほどの女子生徒が勉強していた。この小学校には男子100人、女子96人が登録されており、ふだんは女子が教室で、男子は外で勉強している。この日は朝から雨で、私の到着が予定より遅れたこともあり、生徒の半分が帰宅してしまったようだ。ニンダー小学校は2005年の地震で校舎が倒壊し、その後、住民が協力し合って建てた手作りの学校だ。学校が倒壊したほかの地域でも住民が自力で校舎を建てているケースが見られるが、学校が本来持つ機能や設備は整っているはずもなく、トイレはなく、雨漏りもするなど生徒が集中して勉強する環境にはほど遠い。また、いまだに校舎がない地域も少なくない。

女子生徒のおかれた状況はさらに厳しい。ニンダー小学校でも、登録している女子生徒96人のうちふだん学校に来る生徒数は半分にも満たない。劣悪な環境に娘を通わせたくないという親の意向がおもな理由だ。校舎がない地域においては、「男性から見られることが嫌だ」「雨が降るたびに授業が中断される」などの声も聞かれた。この学校に通う5年生のサディアさん(10歳)は「私の家は学校から20分くらいのところにありますが、家には水道がないので毎日時間かけて水を汲みにいきます。夏場は何度も水汲みをしなければいけないので学校に行っている時間はありません」と語った。家事は女性の仕事とされている地域では、女子生徒の通学事情は生活環境に大きく左右される。

NGO「国境なき子どもたちパキスタン」で事務局長を務めるジャベッド・イクバルさんは「女子教育には親の理解と適切な教育環境が重要となってきます。地方文化に加えて、劣悪な環境のため、この学校の出席率は著しく低いのです。私たちは現在、この学校のほかに10校の再建を計画しています」と教えてくれた。同NGOは、2010年の大規模水害以降、ジャパンプラットフォームや外務省のNGO連携無償資金協力などの助成金を受け、これまで140以上の学校再建に取り組んでいる。

約5兆円におよぶ中国の巨額投資によって高速道路での移動時間が短縮され、発電所建設などでインフラが整っていく陰で、「校舎がある」学校を知らない子どもたちや、家事労働のため学校にさえ行けない少女たちは取り残されたままだ。彼女たちが恩恵を受ける日はいつになるのだろうか。

2019年1月号「地球ギャラリー」より
2019年1月号「地球ギャラリー」より
清水 匡

清水 匡(しみず・きょう)

自然映画会社でカメラマンを務め、教育映画や自然科学番組の制作に携わる。1999年より「国境なき医師団日本」の映像部でアフリカやアジアの活動現場の撮影・編集を担当。2003年よりNGO「国境なき子どもたち」に所属するかたわらフォトグラファーとしても活動している。