Republic of Kenya

ケニア共和国
酷暑の日中を避け、早朝に陸上の練習に励む難民たち。制約の多い難民キャンプの生活において、 若者たちに活力を与えているのがスポーツだ。

ポジティブのすすめ

写真・文  渋谷敦志(写真家)

Special movie
写真家からのメッセージ

あくまでポジティブに生きようとする南スーダンの難民たち

2020年2月、ケニア北西部にある南スーダンとの国境に近いカクマキャンプを訪れた。地元民が住むカクマタウンと難民が住むカクマキャンプを分けるタラック川が1月に増水し、キャンプ側の低地が浸水したと聞いた。ところが、雨季が終わった2月は水なし川で、干上がった川底は、トゥルカナ族の人びとにはヤギの放牧地、難民の子どもたちにはサッカー場となっていた。カクマキャンプの古い地区の目抜き通りには、数多くの商店が軒を連ねる。バイクや車が行き交う喧騒は、難民キャンプというよりはもはや町だ。それがカクマの第一印象だった。

カクマに“難”をしのぐ避難所ができたのは1992年。スーダン南部(現在の南スーダン)で暴力や迫害を受けた人びとが、ケニア側に越境してきたのがきっかけだ。いまでは南スーダン、コンゴ、エチオピア、ルワンダ、ウガンダなど19もの国籍の人たちが交じり合うコスモポリタンな場所だが、カクマの人口約20万で多数を占めるのは、いまも南スーダンからの難民だ。

“世界で一番新しい国”南スーダンをこの目で確かめようと2013年に訪れたことがある。スーダンから独立したのは2011年で、首都ジュバには長年の戦争で荒廃した国土を復興する槌音(つちおと)が響いていた。そんな平和もつかの間、2013年末に反政府勢力との間で戦闘が再燃。2017年には北部地域が飢饉に陥り、約400万人が家を追われて国内外へ逃れた。帰還できる見通しは立たず、一時的なはずだった避難生活が4半世紀以上におよぶ人も多い。カクマで生まれ育った第2、第3世代は母国を知らず、どこの出身かも曖昧なまま、アイデンティティの喪失に悩む者もいるという。

「カクマの意味は、no where(どこでもない場所)なのです。どこでもない場所だけど、私にはhome(ふるさと)です」と言ったのは南スーダン難民のトムさんだ。彼が幼いころ村が何者かに襲撃され、父親に連れられてカクマに逃れてきたのが2002年。以来、両親と兄弟の9人でカクマに住む。

「ここで歳をとるのを待つのはつらい。将来に希望や夢を持つのは簡単じゃない。でもポジティブ・シンキングが重要」。トムさんにかぎらず、カクマの若者から「ポジティブ」という言葉を何度か耳にした。「強がりではなく、本当にポジティブなのだろうか」と思いつい尋ねると、「ポジティブな態度を持つことで私たちのチャンスが増える」と言う。実はその言葉には少し胸が痛かった。こちら側の意識に潜む難民へのネガティブな視点の裏返しに思えたからだ。今も原稿を書きながら、その言葉を反芻(はんすう)する。

土壁に草葺(ぶ)き屋根のトゥクルという伝統的な住居を外で撮影していると、サッカーのユニフォームに着替えたトムさんが出てきてリフティングを始めた。見事なボールさばきに近所の子どもたちは大はしゃぎだ。難民という足かせがあったとしても、自分がなにかをできる人間であることを見せる、そんな意気込みを写真に収めようとシャッターを切った。

彼のポジティブさは、姉のローズさんの影響も大きいに違いない。ローズさんはリオデジャネイロ五輪の陸上女子800メートルに難民選手団の一員として出場している。彼女とは、リフトバレー州の高地イテンで会うことができた。他の選手と合宿生活を送りながら、東京五輪を目指して練習に励んでいた。ひたすら前へ。何かを追い求めて走る彼女の姿は、まさにポジティブさの象徴だった。

「次は東京で」と言って別れた後、世界はまたたくまにコロナ禍に見舞われ、五輪は延期となった。それでもローズさんはあきらめない。カクマでの練習の様子をSNSで発信する。「ポジティブに考え、ステイ・ストロングでいます。スポーツは私にとってすべてであり、世界中の難民に希望を与えてくれるものなのです」。

取材協力/UNHCRケニア、国連UNHCR協会 2020年9月号「地球ギャラリー」より
2020年9月号「地球ギャラリー」より
渋谷敦志

渋谷敦志(しぶや・あつし)

1975年、大阪生まれ。立命館大学産業社会学部、英国London College of Printing 卒業。高校生のときに一ノ瀬泰造の本に出合い、報道写真家を志す。大学在学中に1年間、ブラジルの法律 事務所で働きながら本格的に写真を撮り始める。大学卒業直後、 ホームレス問題を取材したルポで国境なき医師団主催1999年 MSFフォトジャーナリスト賞を受賞。著書『今日という日を摘み取れ』(サウダージ・ブックス)、『まなざしが出会う場所へ─ 越境する写真 家として生きる』(新泉社)など多数。JPS展金賞、視点賞などを受賞。