Malaysia

マレーシア
ボルネオゾウはボルネオ島北東部の限られた地域に、わずか1,600頭ほどが生息する。彼らが生きるためには広大な森が必要だ

失われる森、共存の道は

写真・文  阿部雄介(フォトグラファー)

多様性ある熱帯雨林を存続させるために

地上で最も豊かで最も複雑な生態系、そして、地上の生物種の半数以上が生息すると言われる高度な生物多様性の世界。それが熱帯雨林である。なかでもボルネオに代表される東南アジアの熱帯雨林は、とりわけ生物多様性に富むことで注目されている。

ボルネオは、インドネシア、マレーシア、ブルネイの3カ国にまたがる、世界で3番目に大きな島。ボルネオオランウータンやボルネオゾウ、テングザルなどの固有種を筆頭に、希少な動植物の生息地でもある。近年でも昆虫類を中心に、数多くの新種の発見が相次いでいる。

ボルネオには特有の〝突出木〞と呼ばれる高さ80メートルを超える巨木がそびえ立つ。これらはおもにフタバガキ科の樹木で、このフタバガキの木々を頂点とした比類のない巨大な体積の森が、多くの生命に棲み処と食料を与え、きわめて複雑な立体構造の生態系を作り出し、高度な生物多様性を支えているのだ。

しかしながらこの夢のような生命の森は、わずか半世紀ほどでその半分以上が失われてしまった。森に大規模な伐採が入った理由は、フタバガキの持つ高い商業価値にあった。真っ直ぐに、太く、高く伸びるフタバガキは、その質量もさることながら節や木目がないことからも加工に適している。かくして、かつて森に高くそびえていた木々は、合板や材に加工され〝ラワン〞という名で輸出されていった。そして、その最大の輸入国は日本だった。

伐採後の土地の多くはアブラヤシのプランテーションとして農地転用され、パームオイルの需要の高まりとともにプランテーション開発目的での伐採も行われるようになり、やがてマレーシアとインドネシアでは主要な第1次産業となった。特に開発のしやすかった低地林のプランテーション化が進み、あれだけ多様性のある樹種に満ちた森が広がっていた世界は、たった1種のアブラヤシだけが延々と広がる世界へと変わり果てた。

一方でパームオイルは、安価で安定供給される植物油脂として需要が広がり、食品から化粧品や洗剤の原料に至るまでの幅広い用途に使われ、生活に欠かせないものとなっている。しかし、広がり続けるアブラヤシプランテーション開発に対しては、国際社会からの非難は高まる一方であった。このような流れを受けて、貴重な熱帯林を伐採することなく、環境と人権に配慮するなどの基準を定めたパームオイル生産の認証制度が作られた。

私が長年取材をしてきたマレーシア領サバ州でも、試行錯誤が続いている。 2009年以降、これまでに保全価値の高い100万ヘクタールの森が、伐採や農地転用ができない森林保護区に指定された。しかし、広大な行動範囲を必要とするボルネオゾウやオランウータンなどにとっては、一部の保護区は飛び地状だったり、生息地としては狭すぎたりという問題があった。

そこで動き始めたのが日本の団体である。認定NPO法人ボルネオ保全トラスト・ジャパンは、分断された保護区をつなぐために、基金を集めてキナバタンガン川低地林域の土地の買い戻しを始めた。また、川で分断された森を、オランウータンを含む多様な野生動物が行き来できる吊り橋を架けている。

もう一つの流れは、環境保護と観光収入の両立ができるエコツーリズムの広がりである。ボルネオには世界に類を見ない豊かな自然があり、特に欧米からの熱心な富裕層の観光客が多い。原生林の残る保護区などは〝死ぬまでに行きたい憧れの場所〞のランキングに入るほどであるから、旅行先としての今後の発展も期待されている。熱帯雨林の保全は地球規模での課題であるが、当該地域の経済発展もないがしろにはできない。どこかでうまく折り合いをつけて、この素晴らしいボルネオの自然がいつまでも残ってほしい。レンズを通して変わりゆく森を追い続ける中で、そう切に願うのである。

2018年12月号「地球ギャラリー」より
2018年12月号「地球ギャラリー」より
阿部雄介

阿部雄介(あべ・ゆうすけ)

岐阜県生まれ。大学卒業後に世界各地を旅した後、写真家の三好和義氏に師事し、独立。現在は機内誌をはじめ、さまざまな媒体で活躍。世界の熱帯雨林や野生生物などの撮影をライフワークとし、ボルネオには30回以上通っている。2009年にマレーシア・サバ州観光省主催の「サバ・ツーリズムアワード」にて、海外記事部門最優秀賞を受賞。