協力隊の合格後、さて今からどうやって何を準備していこう、と考えていた。
大学で都市計画を専攻しており、その時何度か地域に入って地域活性化の活動を行った経験からも、「地域を深く知ること、人と交流すること、そこからアンテナを張って分析すること」の大切さを痛感していたため、このままエクアドルに行くことに対して不安があったからである。
そんな時に「そうだ、グローカルプログラムに行こう」と思い付いた。
行くことに対するより詳細な理由としては、
の以上3点である。(なお、3つ目の邪(ヨコシマ)な理由は、現地に入って脆くも崩れ去ることとなる。盆地の気候恐るべし)
受け入れ先(ひまわり亭 本田節さん)から頂いた要望として「水害とコロナで脆弱化してしまった人吉球磨のグリーンツーリズムの復活・農泊の皆様の士気向上」というものがあった。
その背景をもとに「人吉・球磨地域での農泊事業推進・関係人口創出のため、情報発信の基盤づくりをする」という大目標を設定し、活動の主軸を「農泊のハウスルールブック(各農泊に設置する案内冊子)作成」とした。
そして、その活動を遂行するにあたり、節さんご協力のもと人吉球磨地域内の農泊(計6箇所)に宿泊させて頂いた。
一口に「農泊」といってもそれぞれ特徴が異なる。
各農泊の特徴、そして人吉球磨地域が掲げている「広域連携」を踏まえて魅力を宿泊者にも知ってもらうために、単なる”案内冊子”ではなく「ここがこの農泊の極上ポイントです!」「ここがこの地域の推しポイントです!」という自分達が泊まって、体験して、周囲を視察して、感じた魅力を資料に盛り込むことを意識した。
ベースを作成した後、農泊のお母さんたちに集まってもらう機会を設けていただき内容のチェック→推敲ののち、送別会の日に皆様に手渡しにてその作成資料をお渡しすることが出来た。
自らが作成した資料が、お世話になった農泊に置いていただけるということ、他の宿泊者にその農泊の魅力をお伝えできるということ、地域の方に「作ってくれてありがとう!」と言って頂けたこと、、、
今回のプログラムは農泊関連以外にも業務がたくさんあり、正直時間が足りなかったと感じている面もあるが、大好きな人のため・地域のためになることが出来てやりがいをすごく感じることが出来た。
たった3ヶ月という短い期間にも関わらず、受け入れ先の本田節さんの人脈を始めとした農泊関係者の皆様、地域のお母さん方、地域おこし協力隊の方を通じて知り合ったくま川鉄道の関係者の皆様、本当にたくさんの方とのご縁を頂くことが出来た。
そして人吉球磨地域は、出会う人全員が快く温かく向かえ入れてくださり、最終的には直接業務には関係ない用事(お雛様作り・パン作り・お食事等)でお家に訪問させて頂いたりと、本当の家族のように感じている。
ありきたりな言葉になってしまうが、「第2の故郷」や「お金では買えない経験」とはこのことだなと。