JICA Volunteer’s before ⇒ after

今井英里さん(ホンジュラス・小学校教育・2013年度1次隊)

before:大学生
after:コーヒー豆販売店オーナー

 コーヒー豆販売店「カトラッチャ珈琲焙煎所」があるのは、愛媛県大洲市の中部、肱川の横。「大洲は、自然が豊かで、人が温かい。ホンジュラスを思い出すような場所」とオーナーの今井英里さんは言う。今井さんは、教員になるための人生経験を積む目的で青年海外協力隊に参加した。しかし、ホンジュラスでの人との出会いにより、教員ではなく同店のオーナーとなる道を選ぶことになった。

将来は人を育てられる教員に

ホンジュラスの小学校で算数の授業を行う隊員時代の今井さん。「計算ドリル」の導入や「算数オリンピック」の開催で、子どもたちに算数の楽しさを伝えた

 教員になりたいと思ったのは、中学3年生のとき。所属していた駅伝部の顧問に伝えられた言葉がきっかけだ。後輩にタイムで抜かれ選手として大会に出場できず落ち込んでいたとき、顧問に「その後輩を育てたのはあなただから」と言われ、救われた。人を育てることに興味を持ち、そんな言葉をかけられる大人になりたいと思った。
 教員を目指し、大学の教育学部に進学するが、教育実習で壁にぶつかる。精神的な弱さを抱える子どもや、家庭に問題を抱える子どもとかかわり、何も助言できない自分に、教員になるための人生経験が不足していると感じた。それを補う手段を大学の先生に尋ねたとき、協力隊を紹介され、参加を決めた。
 ホンジュラスのラパスにある学校で算数科の教員の指導力を高めるための活動に取り組んだ今井さん。教員に向けた研修会の実施や授業参観、また児童の基礎計算力を上げる四則計算ドリルも導入した。教員も生徒も新しい取り組みを楽しんで実践している姿に機会を提供する大切さを感じた。
 しかし、学校から一歩出ると、経済的な理由で、1日中ゴミを拾いそれを換金して生活する子どもや、売春させられている子どもに出会う。何かをしたいと思ったが、学校に来られない子どもには何も機会を提供できない。彼らが貧困から抜け出すにはどうしたらよいのだろうか——教育ではなく経済的な部分でこの国と向き合おうと思った。
 ビジネスの種を探すときに出会ったのがナンシーさんのコーヒーだ。フルーティな香りのするコーヒーに今井さんは感動した。ナンシーさんは、有名なコーヒー産地のマルカラで、カフェ経営とコーヒー生産をしており、カップ・オブ・エクセレンス(*1)の審査員として国内外で活躍する地元の有名人だ。現在の成功の裏には、物心がついた頃から生活費のために必死で働いてきた過去があった。その経験をもとに、弱い人を支え、役立ちたいという情熱を持ってコーヒー生産に携わっている。今井さんは、情熱が込められたコーヒーを日本に持ち込むことで市場を開拓し、経済的な支援ができないかと考えた。

*1 カップ・オブ・エクセレンス…最高品質のコーヒーにのみ与えられる栄誉ある称号。

つくる人と飲む人をつなげる仕事

「カトラッチャ珈琲焙煎所」でコーヒーを淹れる現在の今井さん。店では豆を100グラム740円から、ネットでは200グラム1380円から販売。テイクアウト用のホットコーヒーは1杯450円。愛媛県にある店舗は、酒店「酒乃さわだ」新店舗のテナントにある。西日本豪雨災害での復旧ボランティアがきっかけで酒乃さわだとご縁ができ、店舗オープンにつながった

 帰国後、ビジネス展開の方法を模索していた今井さんは、立ち寄ったコーヒー店でホンジュラスのコーヒーのことを話した。興味があるという店長に試飲してもらったところ「直接取引で仕入れてみよう」ということに。直接取引はその名のとおり販売者が生産者から直接豆を買い取る方法で、今井さんもナンシーさんも初めての体験だ。契約書1枚つくるのもひと苦労だったが、輸入関係の団体などの知恵を借り、取引を開始。しばらくしてホンジュラスコーヒーの評判は上々だと店から聞き、今井さんはコーヒー豆を販売する自分の店を持つことを決意。国際協力推進員(*2)として働きながら準備に取り掛かった。
 ホンジュラスでは高品質なコーヒー豆を生産しても、農協に出荷すればほかの豆と混ざり、買い取り価格はすべて同じ。そこで今井さんは自身の店で取り扱う豆をすべて直接取引で仕入れることにした。仕入れ価格は国際的な基準の4倍、輸送費も高額だが、仲介料がない分、店に利益は出る。生産者は利益で設備などを整えてよりよいコーヒーが生産でき、日本ではおいしいコーヒーが飲めるという、みんなが幸せになるシステムだ。今井さんは「ホンジュラスでナンシーさんや現地のコーヒー生産者、コーヒーの関係者と話し合って出たアイデアです」と話す。
 2019年8月10日、「カトラッチャ珈琲焙煎所」を開店。現在9人の生産者と取引し、豆を店舗とウェブサイト上で販売している。生産者ごとに味が異なるため、豆ごとのファンも増加中だ。ファンの感想を生産者に伝えると「嬉しい」という返事が来る、つくる人と飲む人がつながれるコーヒー。「つながる喜びをつくれたことが嬉しい」と今井さん。
 2月から新型コロナウイルス感染症の影響で、豆の輸入がストップした。豆がなくなったら一旦休業しなければならないが、それでも暗い気持ちにならないという。
「私の原動力は困っている人のために何かしたいということ。ナンシーさんも今、現地で困っている人の支援をしています。1人では難しくても人と話し合えばいいシステムが生まれます。今できることを現地の人や地域の人と話し、助け合って乗り越えていきたいと思います」

*2 国際協力推進員…「地域のJICA窓口」として、JICAの国際協力事業の支援や広報啓発活動事業の推進、地方自治体が行う国際協力事業との連携促進などを担当する。






今井さんのプロフィール

【before】
[1990]
愛媛県出身。
[2013]
3月、愛媛大学を卒業。

【JICA Volunteer】
[2013]
7月、青年海外協力隊に参加。(教員になるために不足していると思った「生きる力」を身につけるために協力隊に参加。)
ホンジュラスのラパス県教育事務所に派遣され、小学校算数科の教員の指導力を高めるために、研修会、授業参観、計算ドリルを導入。また、児童が身につけた計算力を披露する場として算数オリンピックを開催した。
[2015]
7月、帰国。

【after】
[2016]
1月、コーヒー豆の輸入を開始。
5月、愛媛県国際協力推進員に。
[2019]
1月、コーヒー修行のためホンジュラスへ。
8月、カトラッチャ珈琲焙煎所、オープン。(クラウドファンディングも利用し、開店。支援者の多くは、隊員仲間やJICA関係者だった。開店当日は、ホンジュラス特命全権大使もかけつけた。)

[カトラッチャ珈琲焙煎所]
設立:2019年8月10日
住所:愛媛県大洲市五郎甲2682
業務内容:ホンジュラスコーヒー豆の販売

店舗の外観。店舗は、山間の川沿い、自然に囲まれた場所にある。店名のカトラッチャはホンジュラスの英雄の名前

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