派遣前プログラム
「JICA海外協力隊グローカルプログラム(派遣前型)」の魅力

青年海外協力隊訓練所への入所前に、希望者が日本の一地域で約3カ月間暮らし、地域の課題解決に取り組むプログラムが2022年1月から始まりました。どのような力が身につくのか、参加を迷っている方もいるでしょう。そこで受け入れ自治体の一つ、島根県・海士町の担当者と、体験した3人にお話を伺いました。

篠宮 隼さん
セネガル/障害児・者支援/2022年度4次隊予定

山本あすかさん
東ティモール/体育/2022年度4次隊予定

廣瀬和哉さん
ホンジュラス/環境教育/2022年度4次隊予定

   JICAボランティア事業は隊員が帰国した後の活躍支援にも力を入れている。その一つが「JICA海外協力隊グローカルプログラム(派遣前型)(以下、GP)」。日本の地域が抱える課題解決に取り組むことを希望するJICA海外協力隊合格者にOJT(On-the-Job Training/現場での実践を通じて身につける学び)を提供する。

   希望者は協力隊訓練所での訓練開始前の約3カ月間、国内の一地域に住み、その地域の創生・活性化事業に参加。そこで培った地域と共存する力や課題解決能力を派遣国での協力活動に役立てつつ、協力隊終了後も各地域の活性化に貢献することが期待されている。

   2022年1月の制度開始から現在までに、全国九つの自治体において延べ64人の協力隊合格者がGPに参加した。受け入れ自治体の一つである島根県海士町での具体例を見てみよう。

「地域の人たちの暮らしの一部となる場所、遊び場をつくる」活動の一つとして、地域で捕れた魚をさばく篠宮 隼さん

「地域の人たちの暮らしの一部となる場所、遊び場をつくる」活動の一つとして、地域で捕れた魚をさばく篠宮 隼さん

   ここでは22年10月から12月までの3カ月間に海士町に滞在した3名の実習生の活動内容と感想を振り返る。まずは東京都出身の篠宮 隼さん。派遣予定国はセネガルで、職種は障害児・者支援だ。地域活性化には以前から関心があり、国内外にこだわらずにゼロから何かをやってみたいとも思っていた。

   篠宮さんにはGP参加の1週間前までは東京での重責があった。特別支援学級に通う小中学生たちの「日中一時支援」を行う企業で現場主任をしていたのだ。

「GPは自分の職種の専門性を上げるためのプログラム内容ではありません。職場で得られる学びを棒に振ってまで参加することに不安はありました」

   当時の心情を赤裸々に語る篠宮さん。海士町で選択した実習の場は三つもある。小学校の特別支援学級でのサポート、因屋城という史跡周辺の整備、北分裏山と呼ばれる地域の森を子どもと大人の遊び場や居場所に変えることだ。

   後者の二つの活動は篠宮さんの専門である障害児・者支援とは関わりが薄いが、「ここに来てよかった」と篠宮さんは率直な口調で振り返る。会社員でも観光客でも地域住民でもない、GPの実習生という立場だからこそできることがあったからだ。

   例えば、隠岐の豪族・村上氏の居城とされる因屋城跡に竹や雑木が生い茂ってしまっていること。関係者に話をし、伐採の許可を得る過程で、先祖代々にわたって城跡を守ってきた家の当主と出会った。この場所に光を当ててくれて嬉しい、と言ってもらえた。

   地元の人には見慣れた風景になってしまっているものも外の目から見ると貴重な観光資源。その価値を再発見し、地元の人と協力して整備を進めていくことで篠宮さん自身にも学びがあった。

「一人じゃ何もできないので周りを巻き込むこと、目の前の人のために役立てるように考えること、回り道に見える手順もちゃんと踏むこと。よそ者である自分が地域で活動するときに大切なポイントをたくさん学べています。セネガルでも生かせるはずです」

   鹿児島県出身の山本あすかさんの派遣予定国は東ティモールで、職種は体育だ。コロナ禍で派遣期日が定まらないまま、新卒で鹿児島県内の乳業メーカーに22年の春に就職。その後、派遣時期が決定し、わずか半年後の退職となった。

海士町の名産「崎みかん」の収穫を手伝う山本あすかさん

海士町の名産「崎みかん」の収穫を手伝う山本あすかさん

   上司からは「前向きな理由だから、いいように辞められるように協力する。2年後、うちの会社に帰ってきなよ」と応援してもらったという山本さん。訓練所に入る前にGPに参加するべきかどうかは葛藤があったが、「海外に行く前に鹿児島以外の日本のことを知っておいたほうがいい」と判断した。

   山本さんの活動内容は二つ。一つはみかん栽培が盛んな地域での活動で、滞在先の民宿から起伏の激しい峠道を自転車で片道40分間もかけて「通勤」した。

「通勤途中で見知らぬおばあちゃんに挨拶したら、『うちでコーヒーを飲んでいきなさい』と誘われました。ご主人が亡くなり、コロナ禍でお孫さんとも会えていないそうです。実習先には連絡を入れ、ご自宅で少しお話を伺いました」

   もう一つの活動は篠宮さんと共に北分裏山の森を開拓すること。山本さんには「子どもから高齢者、観光客など多くの人が集まれる楽しい場所をつくる」というビジョンがあり、この地で農業を営む移住者から大きな刺激を受けたと語る。

「海士町ではグーグル検索しても発見できないような面白いことを自分で発掘できる、とおっしゃっていました。私は、こんなにワクワクする話を聞いたことがありません。GPに参加しなかったら絶対につながれなかったような人と出会い、視野が広がりました」

   朴訥な雰囲気を漂わせて海士町で人気を博したのは廣瀬和哉さん。派遣予定国はホンジュラスで、職種は環境教育だ。

   東京都出身の廣瀬さんは22年4月に大学を卒業したばかり。GPの活動先を決める際に独自の視点があった。「海士町で生まれ育った人のもとで活動する」ことだ。実際、耕作放棄地などを整備する団体を選び、農作業を手伝いながら農産物の販路拡大の手伝いも目指した。

「僕はよそ者だから受け入れてもらうのに時間がかかるだろうと思っていました。でも、海士町の人はすごく優しくて、雨がやんでいるのに傘を貸してくれるぐらい世話を焼いてくれます(笑)」

   口下手で「背中で語るタイプ」だったと自覚していた廣瀬さん。笑顔で大きな声で挨拶すること、自分が何をどうしたいのかをちゃんと言葉にすることなどを心がけたという。そして、作業を通して地域の輪の中に入っていけた。この成功体験はホンジュラスでも役立つだろう。

「地元の農産物の魅力を発信する」ため、海士町の小学校で農産物の魅力を伝える授業に参加した廣瀬和哉さん

「地元の農産物の魅力を発信する」ため、海士町の小学校で農産物の魅力を伝える授業に参加した廣瀬和哉さん

   海士町は本州からフェリーで約3時間の隠岐諸島にあり、かつては若年層の人口減少などの危機が進行していた。しかし、町役場が中心となって全国からUターンやIターンを受け入れる独自の取り組みを推進。現在は2200人ほどの人口のうち1割以上を島外からの移住者が占めるまでになっている。

   町が重視しているのは移住、すなわち島に定住する人だけではない。一時的にでも滞在して島を活性化してくれる人たちを「滞在人口」と呼んで推奨している。「入れ替わりでいいので常に100人から200人の若年人口が島に滞在している状態を目指しています。若い人たちが島内のいろんな現場に散らばって活動することで町が活性化するのです」。

   町役場の人づくり課で課長を務める濱中香理さんによれば、GPの実習生もこの滞在人口に該当する。GP担当には、JICAケニア事務所でボランティア調整員をしていた経験もある森田瞳子さんを配置。森田さん自身、21年に奈良県から家族で海士町に移住してきたIターン組だ。自らが地域社会に入っていく過程で出会った多様な就労先も活用し、実習生が自分に合ったボランティア活動先を選べる態勢を用意している。

   GP実習生たちの活動を濱中さんは高く評価している。約3カ月という期間限定だからこそ推進力がある、と。

「ここで生まれ育った僕たちが10年かかってもできないようなことを彼らはやってくれます。誰も寄りつかなかった場所が子どもたちが集まれるスペースに変わったり……。『GPの〇〇くんがここまでやってくれたんだから続けよう』と、地域の人たちが活動をするきっかけにもなっています」

   さまざまな人が協力すれば地域は少しずつでも着実に活性化していく。実習生にとっては、途上国でも日本でも変わらない現実を実体験して、派遣国での活動をより有意義なものにして、帰国後の進路選択の助けにもなる。わずか3カ月間のGPは「三方よし」になり得るのだ。

GP参加時のスケジュール例

<主なプログラム実施先>
※2022年末時点。未開催の自治体も含む

北海道上士幌町、岩手県釜石市、岩手県陸前高田市、岩手県遠野市、宮城県岩沼市、群馬県甘楽町、石川県輪島市、長野県駒ヶ根市、鳥取県南部町、島根県海士町、広島県安芸太田町、熊本県球磨地域(人吉球磨地域、八代市、芦北町、玉東町)

JICA海外協力隊ウェブサイト■詳細はJICA海外協力隊のウェブサイトへ

Text=大宮冬洋 写真提供=JICA

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