協力隊活動で一番大切なこと、それは「健康」ではないだろうか。隊員の健康をサポートするJICA健康管理室の方々に、活動中に多い病気やケガ、任地で特に気をつけたいことについて語り合ってもらった。また元陸上競技隊員の山村昂平さんにはお薦めの運動を、元保健師隊員の羽地典子さんには自分でできるメンタルヘルスケアの方法を教わった。
隊員たちの心身の健康を派遣国できめ細かくサポートする在外健康管理員(HA)の方々。
今回はそのHAをまとめ、指示を送るJICA健康管理室の方々にお話しいただきました。
ガーナ事務所勤務、南スーダン事務所長、安全管理部を経て、2023年よりJICA健康管理室長。「途上国の方々との繋がりを直接的に担うのが協力隊の方々です。健康管理室はその方々の重要な心身の健康を支えたいと思います」。
看護師。ニカラグア、ドミニカ共和国、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの在外健康管理員を務め、2024年よりJICA健康管理室勤務。「HAのやりがいは疾病者との距離が近く、社会的背景なども考慮しながら看護できるところです」。
看護師。在外健康管理員として、ボリビア、パラグアイに派遣される。2020年にJICA健康管理室にて専門家や隊員の健康管理を担当。22年より海外班総括。「隊員の方からエネルギーをもらっているおかげで、長く続けられています」。
看護師。在外健康管理員としてベトナム、モンゴルに派遣される。2024年よりJICA健康管理室勤務。「病気になった協力隊員の方に我々が相談に乗ったり病院を案内したりして、元気になって、『ありがとう』と言ってもらえると、やはりやりがいを感じます」。
――まず健康管理室の役割について教えてください。
相良:健康管理室では、JICAの「海外」への渡航者と「国内」の雇用者の両方の健康管理を行っています。海外については、渡航者の健康判定から健康管理、傷病相談、緊急時の医療対応まで行うほか、病気やケガの療養費や緊急移送を補償する「共済制度」の運営も行っています。さらに国内の雇用者に対しては、労働安全衛生法に基づいた健康診断などを行っています。
日髙:海外渡航者については、専門家や協力隊員を担当する「海外班」と、JICA職員と企画調査員、調査団などを担当する「職員班」に分けて体制を組んでいます。私は海外班を統括していますが、その要となるのは、JICAの在外拠点に勤務する「在外健康管理員(Health Advisor=以下、HA)」。この方々が、それぞれの地域で、海外渡航者の健康をサポートしています。HAは、一人の人が複数の国を兼轄することもあります。
HAは、コロナ禍で一時的に60数ポストまで増やしましたが、2025年度からコロナ禍前の47ポストに戻る計画になっています。しかし、これから渡航者が増えるので、健康管理室としては、より体制をしっかりと整えなければいけないと思っています。コロナ禍でオンラインでのやりとりが活用されるようになったので、兼轄国であっても、しっかりとフォローできる体制になってきています。
――皆さんHAのご経験もおありですが、日本と医療や衛生事情の全く違う海外では、どのようにサポートしているのでしょうか。
尾北:海外では、どうしても日本と同じことはできないので、まずその地域の医療機関調査を行い、それぞれの病院ができることを把握します。その上で、いざ隊員の方が具合が悪くなった時に、どこで受診すればいいのかアドバイスします。かつ企画調査員(ボランティア事業)やカウンターパート、大家さんなど、周りに協力隊員をサポートする人がいたら、その方たちとも協働します。
小川:私も医療機関調査はきちんとした上で、いざ重症の人が来たらお願いします、と普段からドクターとの信頼関係をつくっておくことを心がけていました。
日髙:我々健康管理室はそういった海外での病気やケガを受け止める立場ですから、HAたちから報告を受けた時、どうアドバイスすれば動きやすいのか、顧問医の先生に報告するためにさらにどのような情報が必要か、いつも考えながら仕事をしています。コロナ禍の時期でも、新型コロナウイルス感染症以外に緊急対応が必要な傷病もあり、HAたちは、すごく苦労されたのではないかと思います。
相良:コロナ禍が落ち着いた今も、週に20~30件ぐらいは、健康管理室に傷病相談が来ていますが、HAの皆さんが現地ベースで対応されているケースは、さらにその何倍もあります。
――活動中は、どんな病気やケガが多いのでしょうか。
日髙:皮膚疾患や歯科疾患が多いです。特に皮膚疾患は昔から多く、活動先が汚染地域で、川や海に入って虫に刺されて、そのままにしていたら傷になり、膿んでしまったというのは、よくあるケースです。
小川:協力隊員の方は、ホームステイ先で、ダニにかまれてしまうケースも多いです。
日髙:歯科疾患については、皆さん治療して赴任されますが、任地で詰めものが取れたり、虫歯になったり、入れ歯が合わなくなったりすることもあります。東南アジアや中南米は、それなりに治療できますが、アフリカや大洋州は十分な治療ができる病院が多くないため、治療が難しいです。歯を抜いておしまいという国もあるので、現地の医療で問題がないかどうか、隊員の方からも歯科疾病相談という形で報告してもらいます。
相良:動物咬傷も多いです。狂犬病については継続的に注意喚起していますが、最近は週に1回くらいのペースで、いろいろな地域から動物咬傷ケースの報告があります。
小川:アフリカ、東南アジア、中南米など、デング熱が多い地域の場合、熱が出た時にデング熱の可能性もありますから、早めに連絡してほしいです。
日髙:マラリアについても、赴任前に予防薬を飲む人が多いものの、依然注意しなければいけない疾病です。
小川:オリエンテーションでは、目安として、熱が38度以上出たら、まず薬を1回飲んでみて、状況に応じて、連絡してくださいと話しています。でも気になるなら、いつでも連絡してほしいです。
尾北:寒冷地では、風邪やインフルエンザも多く、本人から連絡をもらったら、まず受診し、診断名を確認してもらっています。雪道で転んで骨折する事例もあります。一方、バイクが多い国では交通ルールの違いから交通事故で骨折してしまうケースもあります。
相良:交通事故は、まずは事故に遭わないための安全対策が重要ですが、不運にも関係者が事故に遭遇した場合の、至急の搬送、治療を想定した備えも重要と考えています。
日髙:現地食を食べて、具合が悪くなることもあります。最初は気をつけていても、ちょっと慣れた3カ月頃におなかを壊すことが多いように思います。
相良:途上国で生活をしていたら、必ず一度はおなかを壊しますよね。だんだん気をつけるポイントがわかってくると思います。
日髙:少しの下痢なら、ちょっと様子を見たらと話しますが、下痢だけでなく熱が出たり、吐いたり、腹痛があったりという場合は、早めに受診しましょうと伝えています。
小川:便の色が赤や白など、いつもと違う何かがあった時、おかしい場合は早めに相談してほしいと思います。
日髙:その他、メンタルヘルスも気をつけたい点です。異文化へ入るストレスというのは、かなりかかりますから。
小川:協力隊員同士で解決できる方もいますが、それが難しい時はHAのほか、話しやすい在外事務所のスタッフにも相談してもらえればと思います。
日髙:ストレスがたまると、抑うつ気分や不安、遠くに行きたい、消えてしまいたいといった気持ちになることがあります。また睡眠障害や食欲不振、疲れが取れない、配属先に行くだけで動悸がするといった症状が体に出ることもあります。
HAはストレスの原因について、様子を直接伺いながら、治療が必要なら病院の受診を勧めたりします。ストレス対策として、運動や趣味など好きなことを見つけてストレス解消することも大切ですね。
――皆さんが、在外事務所にいらした時に、健康管理で気をつけていたことを教えてください。
相良:私はやはり食べ物に気をつけ、意識的に自炊しました。またマラリア対策として、蚊帳の中で寝る、17時以降は外出しないなども徹底しました。
小川:私は食事や運動はもちろん、メンタルヘルスにも気を配っていました。事務所内で、自分が困ったら誰かに頼れるというチーム体制を整えておいたことが、心の安定につながりました。
尾北:私は「早めに対処する」「無理をしない」、この二つを大事にしていました。食事や旅行に誘われても、その時々の自分の体力や体調と相談しながら決める。また手を洗う、規則正しい生活をするといった当たり前にできることもやっていました。
日髙:私は運動が好きなので、マラソンや筋トレをしていました。またお酒を飲むことも好きなので、家族やスタッフとお酒を飲みながら話して、お互いストレス発散をしました。
相良:途上国では周りに日本人が全然いない、自分は圧倒的なマイノリティという状況で、自らの足場を固めて、活動に意義を見出していくのは、やりがいの大きな事であると同時にすごくストレスのかかることと思います。任地でかかり得る疾病の知識を持ちつつ、運動や食事など、やるべきことを日頃からきちんとやることが大切ですね。
(※本文敬称略)
虫刺されや傷から化膿したり、皮膚炎を起こしたりするケースも。蚊帳や虫よけ剤などの防蚊・防虫対策を行うほか、長袖・長ズボン、靴を着用するなど、服装にも注意する。
動物にかまれたり、傷をなめられたりすると、感染症のリスクが生じる。特に狂犬病は適切に処理しないと死に至る怖い疾病。動物にかまれた傷から雑菌が入り、細菌感染症の蜂窩織炎になったという事例も。
粘り気のあるものを食べて、詰めものやかぶせものが外れる、ご飯に小石が交じっていたり、肉料理に骨が入っていたり、硬いものをかんで、歯が欠けるケースも多い。食事をする時は注意。
消化器疾患として多いのが、不衛生な水や食品を口にして起こす下痢症。病名としては「アメーバ赤痢」「ジアルジア症」「腸チフス」など。上気道感染症やインフルエンザなど呼吸器疾患を患う隊員も多い。
よくあるのが、転倒による足首の捻挫や骨折。夜道を歩く時はもちろん、入浴時なども気をつけたい。転倒を防ぐには、普段からウォーキングやストレッチで、体をやわらかくしておくこと。
気候や文化、価値観の違いは頭でわかっていても、なかなか適応できず、ストレスから気分の落ち込みや睡眠障害、食欲不振など心身の不調を訴える人は多い。ストレス解消法を見つけるのがカギ。
Text=池田純子 Edit&Photo=ホシカワミナコ