外国の見知らぬ土地へ行き、活動や生活を立ち上げる――
しかも、周りの人々には日本語が通じない。さらに協力隊員として、活動計画の策定など、不慣れな手続きにも取り組まなければならない。隊員ならば多くの人が当たり前に直面することだが、いざその状況に立たされれば、誰しも途方に暮れてしまうだろう。今回は、任期序盤に隊員が陥りがちがちな悩みについて、3人のOVの経験をなぞりながら、解決策を探った。派遣国や職種により事情はさまざまだろうが、任期のスタートを良好に切るための参考にしてほしい。
北海道大学教育学部在学中に緒方貞子氏の取り組みに感銘を受け、国際協力に興味を持つ。日本の高校で体育教員として長く務めた後、協力隊としてカンボジアに赴任。帰国後は、市立札幌藻岩高等学校に勤務しながら、協力隊経験やカンボジアについての発信や開発教育に関する出前授業を行っている。
「赴任して半年間は思うような活動ができず、もんもんとする日々。それを打破するきっかけになったのが、活動計画表でした」と語るのは2022年に体育教員としてカンボジアに赴任した高木大作さんだ。高校の体育教師としての約15年のキャリアを経て協力隊参加を決めたが、コロナ禍で2年ほど待機を余儀なくされ、派遣国を変更して赴任できたのが同国だった。
「自分の専門である体育の授業を通じて、少しでも現地の体育教育を発展させるお手伝いがしたい。そして、帰国後は協力隊員としての経験を日本の子どもたちに伝えていきたいという強い思いを抱いて渡航しました」
配属先は、スヴァイリエン州スヴァイリエン市にあるスヴァイリエン中高等学校。生徒が運動の楽しさを味わえるような授業の実践や、指導方法の助言、教員が不得意としている体操やダンスの技術指導などを通じて、学校の体育教育の向上を推進していくことが求められていた。期待と不安が入り交じる中、配属先から告げられたのは「とにかく体育の授業をやってほしい」との言葉。赴任2日目にして一人で授業を任されてしまった。
「クメール語は文字も発音も難しくてかなり苦労しました」という高木さん。英語版の指導書を読み込んで内容を理解し、現地語版で必要な単語をピックアップしてから授業を進めた
「最初の1カ月程度は現地の先生の授業を見学させてもらえると確認をしていましたが、いきなり中学1年生11クラスの体育の授業を一人で受け持つことになってしまったんです。カウンターパート(以下、CP)からは『これを見て自分でやってください』と、カンボジア政府と日本の国際協力NPOのハート・オブ・ゴールドが作成した体育学習指導要領を渡されただけ。先生たち自身は体育の授業を受けた経験がなく、指導要領の内容も十分に理解できていない。現地の先生方のサポートを得られない中、葛藤を抱えながらの活動スタートになりました」
拙いクメール語で淡々と授業をこなすしかない毎日が続き、赴任後3カ月頃に提出する「第1号隊員報告書」の作成には頭を抱えた。
「教員としての経験から計画書や課題分析の重要性はよくわかっていましたが、まだCPとの信頼関係が築けず、ニーズもつかみ切れずにいたので、何を書けばいいのか悩みました。自分の現状に満足できていないのに、報告書は書かなければいけないという焦りもありました。また現地の状況を日本と比較すると、どうしてもできていない、足りないと感じることばかりが目について、否定的なニュアンスで書いてしまった部分もあったと思います」
2年という限られた任期をこのままマンパワーとして終わるわけにはいかないと思い、CPに興味を持ってもらえるような授業を心がけたが、反応が薄く、つらい時期でもあった。それでも休むことなく授業に励む高木さんの姿を見て、最初に変化したのは生徒たちのほうだった。
「最初の頃は言葉が通じないことで舐められ、授業中に遊びだす生徒もいましたが、指導書の内容をアレンジして、グループ学習や競争、遊びの要素を取り入れたりと工夫するうちに、先生の授業は楽しい! と乗ってきてくれるようになりました。それが励みになって、まずは目の前の子どもたちと関わることを大切にしようと思って活動を続けました」
状況が大きく好転したのは、赴任して半年後のこと。「第2号隊員報告書」と共に「活動計画表」を作成・提出するにあたり、配属先と今後の活動の具体的な方向性について協議する場が設けられたのがきっかけだった。
「日頃から相談に乗ってくれていた企画調査員(ボランティア事業)からもアドバイスをもらい、今後はCPと2名体制で授業を行いたいことや、それによって指導法を伝授していきたいという要望を、この機にきちんと配属先に伝えることにしたんです。活動計画表は日本語とクメール語で作成しますが、配属先向けにクメール語で書いたものを、英語が堪能なホームステイ先の大家さんに見せてチェックしてもらい、ここが間違っている、ここは意味が伝わらないなど、英語で指摘してもらいながら、精度を高めていきました」
CPは教員歴17年のベテラン。両国の働き方の違いに苦慮することもあったが、要望に応えることも信頼関係を構築する一歩だと前向きに活動に取り組んだ
とはいえ、多忙を極める校長が会議に出席してくれるとは限らないため、事前に活動計画表を見せ、JICA事務所の担当者も同席すると説明して日程を調整した。当日は校長や副校長、CPに加え、JICA側から企画調査員(ボランティア事業)とナショナルスタッフが出席。高木さんが活動計画書を説明しながら要望を伝えると、計画の背景や詳細などをJICAスタッフがフォローしてくれたという。
本来、活動計画表は隊員のやりたいことと配属先のニーズを調整しながら立案するものだが、「配属先やCPからは何も要望が出てこなかったので、そこが一番難しいところでした。事前に校長に話を通すことで、会議の場では、実際に時間割を組む副校長からも了承を得ることができました。やはり責任者レベルの人たちを含め、関係者全員と顔を合わせて話し合えたことが大きかったと思います」。
合意どおり、赴任約10カ月目となる新年度からは一人で授業を行うことがなくなり、CPとのチーム・ティーチングに移行することができた。CPと行動を共にし、対話を重ねていくことで、「走り幅跳び用の砂場が欲しい」「体育用具の保管庫を設置したい」「校内で体育教育の理解を深めたい」といったニーズを引き出し、計画表で予定した取り組みも適宜更新しながら、次の活動への展開や、CPの自立を促すことができた。また、要請にはなかった近隣校での体育教育の普及活動や授業サポート、日本語教室の開講など、高木さんの活動の幅も広がっていった。
「隊員報告書や活動計画表はPDCA(※)を回す意味でも大事なものです。活動期間内に成果を上げなければと思うと苦しくなるので、計画は途中で変わっていくものだと思っていると気が楽になると思います。まだCPとの信頼関係が築けていないうちはネガティブな気持ちも募るかもしれませんが、単なる愚痴で終わらせず、次の活動につながるよう客観的、俯瞰的な視点で物事を捉えていくことが大事です。また、活動の記録や計画表を残して、それを他の人と共有することは、自分のためだけでなく、いつか誰かの役にも立つはずだと思います」
▶高木さんが執筆した「カンボジア通信」のNo.7 では、赴任後半年の活動計画の様子が紹介されている
https://www.jica.go.jp/overseas/cambodia/activities/volunteer/index.html
※PDCA…Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)の4つのプロセスを繰り返すことで、業務のクオリティ向上を目指す手法
Text=秋山真由美 写真提供=高木大作さん