[特集]先輩たちの工夫に学ぼう
活動立ち上げ期の乗り越え方

お悩み2[語学・コミュニケーションの壁]
〝三言目の壁〟は乗り越えなくていい
ただ諦めずに相手をわかろうとし続けよう

桂 武邦さん
桂 武邦さん
エチオピア/理科教育/ 2015年度2次隊・滋賀県出身

学生時代の宇宙物理学研究の傍ら、途上国への旅行を通じ、教育の大切さを身に染みて感じる。修了後、大阪YMCAでの勤務を経て、途上国の子どもに科学の面白さを伝えたいと協力隊に参加。任期満了後、モロッコ留学や国際協力推進員などを経て、JICAガボン支所で企画調査員(企画)として勤務中。



難解なアムハラ語で
生徒との会話が続かない!
一枚の手紙で変わった意識

配属先の生徒たちと。授業以外で話す時は、現地語のアムハラ語での会話が多かった

配属先の生徒たちと。授業以外で話す時は、現地語のアムハラ語での会話が多かった

   ほとんどの協力隊員が赴任して直面するであろう語学の壁。すぐには乗り越えられなくても、「諦めずに相手をわかろうとすることが大切」と話すのは桂 武邦さんだ。

   2015年に理科教育隊員として赴任したのは小学1年生から中学2年生までの生徒800人超が通う中規模の公立学校で、要請は現地にある物を使った実験の普及や、研修などによる理科教員の能力向上だった。教員たちは基本的に英語が話せたものの、生徒とは現地語のアムハラ語でコミュニケーションを取らなければならないことも多く、語学にはかなり苦労したという。

「当時受け持っていたのは中学1、2年生。中学生の授業は英語ですが、授業以外の場ではもっぱらアムハラ語を話す生徒たちとの会話が続かず、困りました。アムハラ語はひらがなのように一つの発音に一つの文字を持つのですが、日本語よりも発音の種類が多く、文字の形も200以上あって習得が難しいんです」。赴任後1カ月間の現地語学研修でアムハラ語を学んでいたが、最初はろくに話せない状態だった。

「まず、一言目に挨拶を交わして、二言目には大体その日の天気や授業、家族のことなどを話しますよね。でもその後の三言目が続かないんです。天気や家族のことならなんとなく予想がつきますが、完全なフリートークになると、途端に相手が何を言っているのかわからなくなってしまう。最初の頃は、じゃあ、もう行くねって、すぐに諦めて会話を終わらせてしまう時も多かったです。名付けて、〝三言目の壁〟です」

生徒から渡された手紙。「今見返すとちょっとしたメモ書きみたいですが、とても感動しました」

生徒から渡された手紙。「今見返すとちょっとしたメモ書きみたいですが、とても感動しました」

   自由な会話が続かない三言目の壁は桂さんの前に立ちはだかり続けた。

   当初は、2年間という限られた活動期間でより効果的な取り組みをすることを重視し、「生徒よりも、英語でコミュニケーションできる先生との活動に時間をかけたほうがいいのではないか」とも考えた。しかし、ある日、生徒から手紙をもらったことがきっかけでその考え方が変わったという。

「手紙にはたどたどしい英語で、私はあなたのことが心配です、と書かれていました。薬品を扱うのに手袋もしていないのは危険だから、学校に言ってちゃんとした実験器具と手袋を買ってもらってください、と。心配をさせてしまい先生としては失格ですが、あまり交流のなかった生徒が自分のことを気にかけてくれていたんだと知り、その優しさに感動しました」

   それからは目の前の生徒としっかり向き合うことと、諦めずにコミュニケーションを取り続けることで、「三言目の壁」に臨もうと心に決めた桂さん。

「会話中にわからないことがあれば、ボディランゲージを交えたり、絵を描いたり、板書をしたり、言い方を変えるようにお願いしたりと、それはもうしつこく、相手の言っていることを理解しようと努めました」

   もちろん、何度聞いてもわからないこともある。

「そんな時は、数パーセントしか理解できていなくてもひとまず相手の顔を見ながら相づちを打ち、会話を先に進めるのも一つの手です。そのうちに自分がわかる単語が出てきて、話の筋が見えたりします。また、このリアクション自体も大事で、結果的にわからないまま会話が終わってしまったとしても、少なくともちゃんと聞いているよ、という意思を示すことができます。そうすると相手はあまり嫌な気にならないので、また次の日チャンスが巡ってくるわけです。活動先に限らず、周りの人々ともそうしたアプローチを繰り返して仲良くなれるでしょう」

相手のことを尊重する姿勢と
取っつきやすいキャラで
粘り強くやり取りを続けよう

   桂さんは活動序盤も、コミュニケーションの努力をしなかったかといえば、そうではない。例えば、桂さんはとにかく現地に溶け込もうと、活動初日から誰にでもフレンドリーに話しかけることを意識していた。

他校にて実施した先生向けの理科教育研修イベント

他校にて実施した先生向けの理科教育研修イベント

「笑顔を絶やさず、どんどん話しかけるようにしました。配属先にただ一人の外国人として、まずは、『別に怖い人間ではないんだ』と思ってもらうように意識していました。また、現地では日本の感覚からすると、人との距離感が近かったり、同性の大人同士でも気軽に手をつないだりとボディタッチが多かったりするのですが、それがこの国の友情の表し方だと思える部分は自分も合わせるようにしました」

   取っつきやすいキャラクターで良好な関係を構築したことで、日々の授業のサポートから、校外学習と呼ばれる大きなプログラムの引率まで、気軽に同僚に依頼できるようになった。

「理科の先生たちは実験器具の少なさや経験不足から、自ら実験をしてみせることは諦めている節があり、理科教育隊員として課題を感じていました。そこで活動当初から身近にある物を使ってこんな実験はどうですか? と提案していたのですが、その時に忘れてならないのは、相手を尊重すること。実験普及の営業スタッフになったつもりで、まずは〝下手〟に出て、興味を持ってもらえるようお願いするスタンスです」

   コミュニケーションを取るうちに、相手のバックグラウンドを知ることで理解が深まり、接し方も変わっていく。

「赴任当初は先生たちが約束をすっぽかすことに憤りを覚えることもありました。例えば、他校も巻き込んだ教育研修に先生が来ないことも。ですが、実は大学で学びながら先生の仕事をしている人が多く、休日も勉強で忙しいのだと聞きました。そのように、事情を知らないままでいたら負の感情ばかりが出てくると思いますが、コミュニケーションを諦めないことで語学の上達はもちろん、相手の気持ちや派遣国の文化、課題理解にもつながり、わかり合える日が来るはずです」


編集室のOVから一言

つづく(お悩み3[配属先・任地に溶け込むには]へ)

Text=秋山真由美 写真提供=桂 武邦さん

知られざるストーリー