大学卒業後、小学校教諭として横浜市の公立小学校で一般学級の担任を約15年、個別支援学級の担任を約6年勤めた後、協力隊に現職参加した。もともと大学卒業後に協力隊への参加を考えたこともあったが、「スキルのない自分が行っても仕方ない」と断念。その後、約20年の教員生活を経て、今なら自分に何かできることがあるのではないかと応募した。帰国後、復職し、横浜市内の小学校で教えている。
▶働きかける力 ▶発信力 ▶異文化理解・活用力  ▶へこたれない力  ▶自己肯定感
パラオの小学校の同僚の先生や子どもたちと小川さん
赴任先はパラオのガラード州の公立小学校。私が4代目隊員になりますが、先代から引き継いだ課題は「パラオ全体の学力向上」、特に「算数の基礎学力向上」でした。同僚教員の行う算数授業のサポートを中心に、体育の授業支援や日本文化の紹介といった活動を2022年7月から24年3月まで行いました。活動を通して働きかける力、発信力、異文化理解・活用力、へこたれない力が得られたと思います。
まず算数の授業サポートでは、過去の隊員が作成した「マスヒーロードリル」に現地の先生と共に取り組みました。マスヒーロードリルは、1日10問の四則計算で構成されたドリルで、コツコツ継続すると基礎学力が身につくことが実証されています。カバーされていない単元がある、生徒のレベルに合わないなどのデメリットもありましたが、私はマスヒーロードリルを基礎学力向上のための軸に据えました。
最初は子どもたちから「こんなの嫌だ」「計算なんてできない」といった声が上がったものの、「授業開始10分間は、マスヒーロードリルをやりましょう」と、先生方に提案しました。働きかける力によって、子どもたちも今はやる時だと集中するようになり、最後までやり抜く姿勢、やってみようとする意欲が身についてきました。また高得点を取った子には、賞状を渡すといった工夫もしました。
ほかに、月に1回の朝会では10~15分の時間をもらい、ひな祭りや端午の節句など、日本の風習をスライドで見せたり、日本の昔話を聞かせたりしました。日本の学校とオンラインでつなぎ、交流の場も設けました。その際も、私がメインで指導するのではなく、担任の先生に事前に相談し、一緒に計画を練り、当日の役割も分担しました。こうした活動によっても働きかける力が鍛えられたと思います。
保護者に働きかけて、巻き込む取り組みも行いました。例えばマスヒーロードリルで賞状を渡す取り組みや、日本との交流の様子などを保護者に向けてフェイスブックで発信したのです。
そのように発信力が鍛えられましたが、パラオ語が拙い私にとっては発信自体、工夫を凝らす必要がありました。例えば算数では実際に書いて示したり、体育で実演してみせたり、日本文化もスライドを使って紹介したりといったことを心がけました。いろいろな手法を駆使すれば、言葉の壁はなくなると実感しました。
子どもたちに算数の指導をする小川さん
とはいえ、私がいいと思っても、パラオの人からすると「なぜそれをしなければいけないの?」という価値観の違いはありました。パラオでは日本のように自分の考えをノートに書く授業は行われていなかったので、「考えを書いて」と伝えると、先生も子どもも戸惑っていました。また、支援により文房具などは豊富だったため、物を大切にしないことも気になりました。「あくまで私の考えだけど」と前置きしながら、「物を大切にすることは大事だと思う」と伝えました。考え方の溝はなかなか埋められないこともありましたが、私が伝え続けたことで、現地の人たちの受容力は高まったと思います。そうした意味では自己肯定感が培われたかもしれません。
普段の生活でパラオの良さに目を向けることで、異文化理解・活用力を伸ばすことができました。パラオの人たちは、豊かな自然と密接に生きています。晴れた日は畑に行き、雨が降れば漁に行く。だからこそ人の決めた時間にとらわれない。そんな気質に気づいてからは、先生方が授業時間に遅れて来ることに寛容になれました。
パラオの人たちは本当に温かく、私が赴任直後に何度か高熱を出した時も、ホストファミリーをはじめ、校長先生や同僚が気にかけてくれました。独りではないと感じることで、物事を前向きに捉えられ、へこたれない力がついたと思います。
今春から、日本の学校に戻ってきましたが、パラオのゆったりペースに慣れていた私には怒涛の日々です。パラオの小学校は全校生徒が38人でしたが、今は1クラス38人です。でも子どもたちにパラオの話をすると、みんな興味津々。自分の経験を発信することで、日本の子どもたちの視野が広がっていると感じています。先生が一人ひとりに寄り添うパラオに比べて、日本は一斉授業で、自由な発想や発言が出にくい教育ではないかなと思うこともあります。今は子どもたちと向かい合い、先生たちとも話し合って、みんなが自由にやれる方向を模索しています。これから、さらに働きかける力や発信力が問われそうです。
現地の学校と日本の学校をオンラインでつなぐ交流は、互いの文化を知ることができる貴重な機会です。ぜひトライしてみてください。私は前任の小学校と、JICAの教員研修でパラオに来ていた先生が勤務する沖縄の小学校の2校で行いました。小学校はお互いにクイズを出し合いました。中学校では英語でフリートーキングタイムを行ったところ、アニメの話で盛り上がっていました。
Text=池田純子 写真提供=小川ゆいさん