スリランカ/環境教育/2013年度2次隊・大阪府出身
高校時代に開発途上国のごみ問題に興味を持つ。大学卒業後、廃棄物処理や資源リサイクル事業を手がけるDOWAエコシステムで5年間勤務。スリランカからの帰国後は、自然エンジニアリングで太陽光発電所建設のプロジェクトマネージャーなどを務める。
環境教育隊員として一般家庭への生ごみコンポストの普及活動や、現地の人々に向けた環境啓発などに取り組んだ北さんだったが、そもそも日本人と同じような学校教育を受けておらず文化的背景も違う住民たちに対し、環境啓発のプレゼンで基本的と思われた言葉や表現が通じない状況に直面した。さらに、現地の社会階層に対する意識など、日本の感覚と乖離した課題に葛藤することも多々あった。
北 俊宏さんが赴任したスリランカのキャンディ市は人口約12万人を擁する主要都市の一つで、日々大量のごみが一般家庭やホテルなどの観光施設から排出される一方、行政の処理能力が十分に追いついていない状況だった。要請内容は、市役所の廃棄物管理課でごみ分別の啓発や家庭での生ごみ堆肥化の推進、学校における環境啓発活動の普及といった、各種の環境教育活動を行うこと。もともと日本で廃棄物分野の知識や経験を積んでいた北さんは、赴任して現地の状況を知る中で、すでに同課が実施している学校などへの啓発活動をフォローアップするほか、新たに家庭用の生ごみコンポストを普及させることでごみの減量化を目指そうと活動の方向を定めた。
ただ、実際に地域住民や学校の子どもたちに向けた活動を始めると、思いがけない課題にも直面した。
「赴任当初、学校でのワークショップで話した内容がうまく伝わっていないとの感覚がありました。私はネイティブではないので語学の壁があるのは当然でしたが、それよりも、コミュニケーションを取る相手のことを何も知らずに話していることが問題でした。例えば、相手が何に対して笑ったり怒ったりするのか、相槌の取り方、どのような環境でどのような教育を受けてきたのかなど。それを理解してみると、たとえ辞書にある正しい言葉でも、相手の年齢や教育水準などよって伝わらなかったり、他により日常的な表現があったりするのだと、何回かワークショップを重ねるうちに気づきました」
例えば環境教育では、ごみが分解されるまでの期間を想像させたり、有機物・無機物などの基準で分別基準を考えさせたりする活動があるが、それには前提となる文化背景や教育水準を実施する側が事前に理解している必要がある。
「日本ならば理科の実験や家庭科の実習、各種情操教育などを通じて、自然科学や栄養学の知識を自然と身につける機会がありますが、まだ一方向の授業が多く座学中心のスリランカでは条件が全く異なります。ごみのポイ捨てがいけないという道徳も、日本では家庭のしつけや社会の仕組みの中で育って身につけるものなので、それらの前提を共有していない相手に言葉だけで説明しても、本当の意味では伝わらないのです」
その他に、現地社会の事情にまつわる葛藤を感じることもあった。「スリランカでは社会的な職業区別などの意識が根強く、ごみの清掃・回収は決まった役割の人の仕事と見なされています。隊員として草の根的に彼らを観察したり手伝おうともしましたが、配属先での私の立場は、専門性を持って清掃作業員を管理するスーパーバイザー的な位置づけでした。そんな私がごみ収集車に一緒に乗って現地を回ってみようとすると、周囲の職員たちにはあまり良しとされない雰囲気がありました」。
多くの途上国の例に漏れず、清掃員以外の人間が一緒にごみを拾うと清掃員の仕事を奪うことになると言われたこともあり、異文化の中で、外国からのボランティアとして難しい立場での活動となった。
赴任早々、ワークショップなどの場で意思疎通の壁を感じた北さん。言語外のコミュニケーション能力も大切だと感じたが、非ネイティブの北さんにはすぐに身につけられるものではない。そこで選んだ方法は、不完全でもワークショップを積極的に行い、とにかく場数を踏むことだった。
「言葉以外の部分は体験しなければわからないことが多いので、とにかく経験を積もうと考えました。日本的な感覚ではしっかり計画を立てて良い仕事をしなければ!と思いがちですが、50%程度の完成度でも即興でトライし、徐々にやり方を修正することでワークショップの質自体も上がっていきました。PDCA(※)という考え方がありますが、これは言わばDDDPDCAですね」
※PDCA…Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)の4つのプロセスを繰り返すことで業務のクオリティ向上を目指す手法
教育や社会道徳といった前提の食い違いは互いの文化に起因するので、簡単に解決することはできないだろう。そうした中で日本の考え方を伝えるには、「価値観を構成する“仕組み”を俯瞰することが重要です」と北さん。自分自身が幼少期にどんな場所で、何を学んだのか振り返り、なぜその考えが良いとされるのかを考える。
「まず自分の経験や日本のことを基礎的な要素にまで分解してみると、何となく当然の常識と捉えてきたことが、現地では当たり前でないことに改めて気づくことができるはずです。その上で現地の人に伝わりやすいことを提案すると、受け入れられやすくなると思います」
活動の中で感じたスリランカの社会的な職業区別などについては複雑な思いがあったものの、自分が何をすべきか、答えは見つからなかったと振り返る北さん。
「協力隊の2年間は、文化的背景まで理解して問題解決を図るには短い時間ですが、自分なりの答えを見出そうともがいて任期を全うしたことに満足感もありました。国際協力は長い年月にわたる事業でもあるので、無理に正解を求めず、自分が今どの立ち位置にいるのか時間軸を俯瞰して、現状を楽しむのも良いのではないでしょうか」
Text=飯渕一樹(本誌) 写真提供=北 俊宏さん