同僚に対して知識と技術を伝える、住民の意識啓発に取り組むなど、現地への技術移転や現状改善を念頭に派遣される協力隊員。しかし、さまざまな要因で思い通りの活動を進められず、日々、配属先が抱える業務をこなすばかりの「マンパワー」状態に悩む隊員は少なくありません。今月号の特集では、3人のOVに登場してもらい、各人がマンパワーだった時期をどう捉えていたか、そこにメリットは全くないのか、また、状況改善のために何を試みたかなど、現役隊員に向けたお話を聞きました。
同僚に対して知識と技術を伝える、住民の意識啓発に取り組むなど、現地への技術移転や現状改善を念頭に派遣される協力隊員。しかし、さまざまな要因で思い通りの活動を進められず、日々、配属先が抱える業務をこなすばかりの「マンパワー」状態に悩む隊員は少なくありません。今月号の特集では、3人のOVに登場してもらい、各人がマンパワーだった時期をどう捉えていたか、そこにメリットは全くないのか、また、状況改善のために何を試みたかなど、現役隊員に向けたお話を聞きました。
ブータン/理学療法士/2023年度3次隊・神奈川県出身
大学の授業をきっかけに協力隊に興味を持つ。卒業後、理学療法士として3年半ほど病院に勤務し、外国人患者にも対応する中で、より良いリハビリテーション提供のため患者の文化や生活といった背景を理解したいという希望を持ち、退職して協力隊に参加。帰国後は訪問看護ステーションで訪問リハビリテーションに従事。
理学療法士隊員の蜂屋遼平さんの配属先はブータン西部のパロ県にある中核病院だった。理学療法部門の患者は8割が外来、2割が入院患者で、膝痛や腰痛など整形外科疾患を中心に脳梗塞などの後遺症にも対応していた。
要請内容は、同僚3人と共に患者に対するリハビリテーション(以下、リハビリ)を実施し、それを通じて同僚の知識・技術を向上させること、さらに通院できない患者向けの訪問リハビリを展開することが期待されていた。
ところが要請を出したカウンターパート(以下、CP)は既に異動しており、リハビリ部門のリーダーである新たなCPからは「あなたが訪問リハビリを始めても、引き継げる人はいない」と言われてしまう。CPを含めた3人の同僚のうち2人は経験10年以上のベテラン。そうした環境で蜂屋さんは要請にある院内でのリハビリ提供から始めた。
同僚のサポートを受けながら、半年後には彼らと同様の患者数に対応するようになった蜂屋さん。CPが休暇で8カ月間不在の中、患者の多い時期には3人で1カ月間に約600人に対応した時期もあるなど、まさにマンパワーに徹する日々が続いた。「患者に向き合うことが元々好きなので、忙しいことは苦ではなく、3年半の日本での経験と知識で即戦力になれて、充実した気持ちでした」。
一緒に働くことで、同僚たちの課題も見えてきた。「痛みを緩和する物理療法が中心になっているため、機能回復を目指す運動療法も増やすことや、問診の精度向上、患者の状態把握のための評価を行う必要があると感じました」。
同僚の治療を邪魔しないタイミングで、蜂屋さんは患者に問診を追加したり、筋肉や関節を動かす運動療法を行ったりすることで、彼らに少しずつ伝わるようにした。「時には自分からも同僚に質問し、相互にコミュニケーションを取ることを意識しました。日本では治療方針で齟齬が生じることもありますが、ブータン人は気さくなため、互いの意見を尊重し合いながら進めることができました」。
マンパワーとして働くことを通じて、蜂屋さんは同僚から治療に関わる現地語の単語を教わり、多くの患者とのやりとりを通じてコミュニケーション力を身に付けていった。患者の外出機会を増やすため、寺院へ参拝に行くことを盛り込んだ際には、『今日はここまで歩けたよ』とうれしそうに報告してくれる人もいた。また、同僚とも患者の情報を交換したり、勉強会を実施したりする関係を築くことができた。
一方で蜂屋さんは訪問リハビリについても忘れなかった。治療を続ける中で、「通院するのが困難だから自宅に来てほしい」という患者の訴えを少なからず耳にして必要性を感じていたからだ。蜂屋さんは業務の合間を縫って、同僚と共に、あるいは1人でタクシーを利用して院外へ赴き、その地域の保健所の紹介を受けて患者宅を回った。
「実際の家屋の状況を見ると、ブータン特有の造りで大きな段差があったり、戸口が狭く車椅子が通れない家もあることに気付きました。民族衣装の腰に帯を巻く動作が困難な人もいました。そうした生活環境や家族構成を確認し、リハビリ器具の必要性を考え、生活の中で行う運動の内容や注意点、家族にサポートしてほしいことをフィードバックすることができ、病院内での仕事とは異なるやりがいを感じました」
しかし、同僚を巻き込むには至らず、交通手段の乏しさや、連絡の取れない保健所もあることから、蜂屋さんは継続を諦めかけた。そんな時、脳梗塞の予防・啓発を行っている現地NGOの責任者と出会い、「農業リハビリ」を実施したいと相談された。これは、ブータンに昔からあるバター撹拌器や石臼などの身近にある農機具や生活用具を使った作業を通じてリハビリを行うというアイデアだった。
「リハビリ器具がなくてもできて、帰任後も継続してもらえる。しかも、病気で負い目を感じている患者が家族の役に立つことができ、自己肯定感の向上にもつながるため、農業リハビリに大きな可能性を感じました」
程なく、栄養士・看護師隊員と共に、他県に新設された病院に出張しての勉強会があった。出張により1週間、蜂屋さんという“マンパワー”が不足するが、同僚は快く送り出してくれたという。
蜂屋さんはそれをチャンスと捉えてNGOに協力してもらい、出張先で農業リハビリを実践する機会に恵まれた。「患者が笑顔で作業する姿や、『こんな動きができるなんて』と家族が驚く表情に、農業リハビリの効果を実感。そして配属先に訪問リハビリの代替アプローチとして提案しました」。
マンパワーとして働きながらも、配属先以外の人とも関わったことで新たな視点を得て、状況の改善案を見いだした蜂屋さん。帰国後も農業とリハビリのコラボレーションの可能性について考えていきたいと話している。
私は、マンパワーとはやりたい活動を実現するための土台だと捉えていました。また、協力隊員の仲間からは、活動開始当初は言葉の壁もあってできる仕事がなく、「何のために来たのだろう」と悩んだ時期があったという声も聞きます。その点、私は海外で自分の専門性を生かして働けること自体に感謝していましたし、地道な作業に従事したことが訪問リハビリや農業リハビリにつながったと思っています。
Text=工藤美和 写真提供=蜂屋遼平さん