ウガンダ/体育/2016年度1次隊・北海道出身
大学時代に協力隊のポスターを見て興味を持ち、恩師に相談するも、教員経験を積んでからの参加を勧められる。大学卒業後、10年間、中学校の体育教員を務めた上で、現職教員特別参加制度を利用して参加。帰国後は復職し、2025年からは文部科学省の在外教育施設派遣で中国に渡り、日本人学校で体育を教えている。
2016年、体育隊員の松本ひろみさんが赴任したのはウガンダ東部のナブマリハイスクール。同校は1~6年(日本の中学・高校に相当)の生徒約850人が在籍する全寮制の学校だ。ウガンダでは11年に小・中学校に体育教科が導入され、体育・スポーツ推進校を中心に普及が始まった。松本さんの配属先もその1つで、1、2年生の体育授業を同僚と協働で行い、教員の指導力を強化するという要請だった。
ところがCPとして紹介されたのは体育教員ではなく、さまざまな陸上競技を行う学校行事「Sports Day」の運営や、対外試合を担当している人で、教員としての専門はスワヒリ語だった。しかもCPは複数校を掛け持ちで教えていて不在が多く、自分が体育授業を行う意思はなかった。協力隊員を初めて受け入れた配属先も松本さんに授業を一任した。
敷地は広く、バスケットボール、バレーボール、サッカーのコートがあるが、ボールをはじめとする用具はほとんどない。時間割に体育はあるものの、進級や卒業のための試験科目ではないため軽視されていた。週1回、2コマ分となる80分が時間割の最後に設定されていたが、専任教員はいないため、全寮制で朝晩の自習に追われながら身の回りの家事も行う必要がある生徒にとって自由時間と化していた。
出席簿がなく、出欠確認や各生徒の評価も難しかったため、松本さんは生徒に「体育ノート」を持たせた。授業の冒頭では教室でその日に行う運動の名前やその目的について説明し、それらを生徒に記入させた後、屋外に出て身体を動かし、終了時に感想を書いてもらう。例えば、バスケットボールを教えた時は、ルールや基本的なパスの種類、技術的ポイントに加え、授業での到達目標を伝えた上で、少人数のチームに分かれて練習に取り組ませた。体育ノートには松本さんが実技テストの結果や評価も記入した上で生徒に返し、理解度や努力の結果がわかるようにした。
それまでは球技などのゲームをすることが体育だと捉えていた生徒に、身体を動かす楽しさや皆で運動に取り組む喜び、達成感を感じてほしいという思いから考えた内容だ。全員とまではいかないものの、徐々に体育の授業を楽しみにする生徒が出てきた。こうした授業を1人で行いながら、校長と教頭には技術移転できる体育の教員を見つけてもらえるよう、口頭や手紙で繰り返し働き掛けた。
「ウガンダ人の教員にウガンダでできる体育を伝えることの重要性を訴えました。校長は朝礼で生徒に体育に出席するよう話してくれたりしましたが、授業に教員が来ることはありませんでした。『体育の先生がいなければ授業をしない』と宣言した時は、体育教員の免許を持つ教頭が授業に参加してくれましたが、結局、最後まで協働する人はいませんでした」
そうした学校側の消極性から、松本さんは、そもそも配属先は体育授業を行うマンパワーとして隊員を要請したのではないかと感じるようになったという。
そんな状況の中、松本さんは配属先の周囲に目を向けた。
「配属先の隣には全寮制の小学校、向かいには普通の小学校がありました。中学生に体育がなじまないなら、小学校から体育ができる環境をつくったらよいのではないかと考えました」
松本さんは近隣3つの小学校を週1回ずつ巡回するようになった。小学校でも体育は時間割にはあるものの行われていないことが多く、そもそも授業を行うグラウンドもなかった。
体育担当の教員に協働授業を働き掛けると、やる気のある教員が応えてくれた。ロープを使った大縄跳びやリレー競技、音楽に合わせたリズム遊びなど、木々が立つ学校の敷地で行える授業を提供した。
任期後半にはウガンダに派遣されている体育隊員と小学校教育隊員で、小・中学校、高校、教員養成校の教員を対象にした2泊3日のワークショップを開催した。目的は、体育の授業構成や運営方法を学び、ウガンダに合った体育授業について理解を深めてもらうこと。
松本さんの地域からは巡回先の小学校教員2人が参加してくれた。うち1人はスポーツウエアを新調して臨んだ。その教員は、授業に導入しやすい球技として行ったバレーボールの模擬授業に刺激を受け、その後、小学校の空き地に手作りのネットを張ったバレーボールコートを設け、新聞紙で作ったボールで子どもたちに競技をさせるまでになった。
「なかなか触れないボールに向かって子どもたちが大はしゃぎしていました。私が離任する時に、彼が『僕がいる限り体育は続けていくからね』と力強く約束してくれたことがとてもうれしかったです。5年後、10年後にウガンダの体育は変わっているかもしれないと思いながら任地を後にすることができました」
JICAウガンダ事務所の企画調査員(ボランティア事業)で、よく活動を支えてもらっていた方に、「このままではマンパワーだけで終わってしまう」と相談した時、「協力隊は種をまく仕事だよ。すぐに変えることは難しいけれど、皆に種をまいてあげてほしい」と言われて悩みが吹っ切れました。少しずつでも子どもたちに体育に触れてもらえたらいい。そんな思いで活動しました。
Text=工藤美和 写真提供=松本ひろみさん