マラウイ/コミュニティ開発/2016年度3次隊・長野県出身
| 2012年 | 大学卒業後、八ヶ岳の山小屋に勤務 |
|---|---|
| 2013年 | 高校時代の友人の父が勤める日本企業のマラウイ現地宿舎を訪れる。マラウイを南北縦断し現地の人や各地の協力隊員を訪問 |
| 2017~19年 | コミュニティ開発隊員としてマラウイで活動。18年に同期隊員と団体・ショップの立ち上げに関わる |
| 2019年 | 帰国後、団体活動の改善・向上のためマラウイを再訪。日本に帰国後、再びマラウイに戻り、PENJANI Malawiをリスタートさせる |
| 2023年 | マラウイ人男性と結婚し日本で暮らす。日本からできる活動を続ける |
| 2025年 | マラウイに移住し、子育てをしながら運営に携わる |
アントレプレナーシップ賞を受賞したムスクワ野原さんは、マラウイ北部のムジンバ県ムズズを拠点に、地域の制作者やスタッフと共に、布製品をメインとした土産物を制作・販売するショップ「PENJANI Malawi」を運営している。
活動は常に順調だったわけではない。農家の有志が土産物の販売拠点とできるよう、同期隊員と共に団体を立ち上げ、開業を支援したショップ「TIPULIKANE Malawi」は、ムスクワさんの帰国後にトラブルがあり、団体を解散。しかしムスクワさんはその後、PENJANI Malawiとして団体を再開して約6年間にわたり運営を続けてきた。近年はマラウイの急激な物価上昇という新たな課題にも直面している。困難を克服しながら事業を続ける中で培ったモットーが3つあり、その1つが、“やれる時にやる”というもの。
「マラウイでは停電や断水が珍しくありません。今は電気が来ていても、いつ途切れるか分からない。材料の調達でも、“次の時”や“後で”はありません。いい布は買える時に買わないと、次に同じ柄が入荷するとは限らない。後回しにすると、できなくなることが多いのです。日本では当たり前にある電力や商品のストックがない中、やれる時にやるというのは私の行動のベースになっています」
ショップのスタートは、ムスクワさんがコミュニティ開発隊員として農家の収入や生活の向上を支援していた時のこと。
「農産物の加工品は保存が利かず、販売場所も限られるけれど、布製品なら腐らず農閑期に作って保管しておける。一度身に付けた技術はなくならないし、外国人がよく来る隣町に持っていけば良い値段で売ることもできる。何よりもマラウイの色鮮やかな“チテンジェ”は、私にとって見ているだけで元気になるような布で、それを使いたいという気持ちが強かったです」
PENJANI Malawiには、これまで約50世帯が参加し、約30種類の商品を展開している。地域にある素材や技術に加え、日本人の視点を加えた商品を作ってみるなど、新しい価値を生み出し、それを現地の人たちの収入につなげている。制作者の中には、収入が増えたことで高校生と大学生の娘の学費に充てられるようになったシングルマザーもいるという。
ムスクワさんのモットーの2つ目は“何でも楽しむ”だ。
「これは隊員時代に心掛けていた言葉です。協力隊の任期は2年間。大変なことや、うまくいかないこともありますが、『これは、今ここでしかできないことだ』と考え、苦労も含めて楽しもう、そう思って活動してきました」
そして3つ目は“何とかなる”。
「マラウイでは、ないものや壊れたものをあるもので代用したりします。『大丈夫、何とかなるよ』と言って、不満に思わず、人の失敗も決してとがめない。そんなマラウイの人たちの姿から学ぶことが、今もたくさんあります」
今回、PENJANI Malawiの活動が評価され、受賞の喜びをかみ締めているというムスクワさん。
「共に活動してきたマラウイの仲間たちと、受賞を喜び合いたいです。今後は、これまで個々に作業してきた制作者の人たちが、互いにつながれる場もつくっていきたいと思っています」
マラウイ/小学校教育/2017年度1次隊・千葉県出身
| 2005年 | 大学卒業後、外務省在外公館派遣員として在中国日本国大使館に勤務 |
|---|---|
| 2008年 | 千葉県の公立小学校で教員を務める |
| 2017~19年 | 現職教員特別参加制度を利用して小学校教育隊員としてマラウイで活動 |
| 2019年 | 千葉県の公立小学校に教員として復職 |
| 2021年 | 君津市教育センター主査(指導主事)として勤務 |
| 2026年 | 君津市立の小学校教員(教務主任)として勤務 |
田仲永和さんは、千葉県の君津市教育センター勤務時に立ち上げた「きみつSDGs教育推進事業」で審査員特別賞を受賞した。同事業では国際理解と自然・環境教育の充実化を図り、マラウイで活動中の隊員や地域の人を講師に迎えての講演や授業を企画しているほか、探究学習のためのテキスト『きみペディア』を田仲さんが主導して編集した。
そうした幅広い活躍を可能とした田仲さんのモットーは、“人の力を借りる”というもの。
「『自分には知識がないからできない』ではなく、諦めずに人のつながりを見つけていくと、必要な知識や技術を持っている人につながることができるものです。そこから途切れそうな活動がつながったり、さらに広がったりします」
実際、君津市の教育事業は、多くの人の力を借りることで実現できたという。
「講演も授業も私はコーディネーターの役割で、メインで話してもらうのは、地域で自然や環境、歴史などに関わっている人たちです。そういう人を自分で発掘したり、つながりを頼ったりして会いに行き、授業を一緒に行いたいと提案しました。平日は通常業務があるため休日も使い、1日で10人と会うこともありました。まさにさまざまな人の力の結集でできた事業なのです」
こうした活動をテキストと写真でまとめたのが『きみペディア』。君津市内の海・山・川といった自然、歴史、産業、環境問題など、地域について幅広く知ることができる1冊だ。
人の力を借りるという考えには、協力隊員時代に行き着いたという。
「マラウイの教員養成校で体育と算数の指導法を教えていましたが、より楽しく学べるようにと、『掛け算ソング』『縄跳びソング』など20曲ほどの歌を作りました。しかし作曲のスキルは自分にはない。そんな時、『これいいね』と言ってくれた学生が、音楽にしてくれたのです。そして、それをマラウイの他の学校に広くPRする時も、動画を撮ってくれる人、出演してくれる教育科学技術省の人、といろいろな人の力を借りて効果を上げました」
人が協力してくれるのも、素晴らしいアイデアがあってこそ。それを考えるコツも隊員時代に身に付けたという。
「粘り強く考え続けることです。どうやったら掛け算ソングを多くの人に届けられるか分からず、くじけそうになる時もありましたが、夢に見るほどひたすら考えました。すると1週間に1回くらい、アイデアが浮かんでくることを発見したのです。2週間考えれば2つ、1カ月なら4つ出てくる。きみつSDGs教育推進事業も考え続ければ、突破口が開けると思いながら取り組みました」
社会還元表彰には、田仲さんなりの思いがあり、自ら応募に踏み切った。
「今、教育を取り巻く環境は厳しく、教職に就く人が減っていると感じます。『教育の世界って良いよ、自分のアイデアで、こんな面白いことができるよ』ということを伝えたいのです。教員にはいろいろな縛りもありますが、協力隊経験者には、それを突破できる力が身に付いていると思います」
Text=池田純子 写真提供=ムスクワ野原さん、田仲永和さん