

協力隊員として活動する以上、自らの取り組んでいる事柄が任地に根付き、離任後も続いていくことを誰しも願うはず。もちろん、途上国では政変や関係者の転職などの不確定要素が多く、物事の継続自体が容易ではない。それでも多少なりとも取り組みの維持を担保するために、隊員としてできることはないか。先輩隊員の活動にヒントを得るべく、〈マニュアルを残す〉〈自らが帰国後も関わり続ける〉〈現役隊員をグループ化する〉という3つの方向性から事例を紹介したい。


協力隊員として活動する以上、自らの取り組んでいる事柄が任地に根付き、離任後も続いていくことを誰しも願うはず。もちろん、途上国では政変や関係者の転職などの不確定要素が多く、物事の継続自体が容易ではない。それでも多少なりとも取り組みの維持を担保するために、隊員としてできることはないか。先輩隊員の活動にヒントを得るべく、〈マニュアルを残す〉〈自らが帰国後も関わり続ける〉〈現役隊員をグループ化する〉という3つの方向性から事例を紹介したい。
パラオ/生態調査/2023年度1次隊・東京都出身
高校時代、地球温暖化などの環境問題が世界規模の影響を及ぼすことを知る中で、「環境」と「世界で活躍すること」について関心を持つ。大学で環境系分野を専攻した後、海洋のプランクトンなどに関する研究で修士・博士号を取得。大学の助教授を経て、2023年から生態調査隊員としてパラオで活動した。帰国後は、外務省の任期付職員として勤務中。
この調査方法、絶対違うよな――。生態調査隊員としてパラオの環境系NGO、エビール・ソサエティに赴任した初日、同僚がナマコの個体数調査をするところを見せてもらった名取則明さんは首をひねった。パラオ人で構成されるNGO職員は必ずしも専門教育を経た人ばかりではないものの、自国の環境を守るというやる気をしっかり持っている。さらに、戦後の信託統治領時代に施政を担っていたアメリカとの関係が深く、これまでに研究者も派遣されてきたはずだったが、目の前で行われているやり方は、明らかに誤って伝わっていた。
パラオでは元々ナマコを食べる習慣があり、特に伝統漁では、女性漁師の主な収入源だった。近年ではさほど日常的には消費されないが、海外への輸出が増えたほか、外国漁船による底引き網漁が横行し、生息環境の破壊や個体数の減少が問題となっている。「昔は海底に足の踏み場がないほどナマコがいたそうですが、今では探さなければ見つからないくらいに少なくなっています」。
配属先は環境関連の分野に広く携わる組織で、海洋・森林の環境保全から子どもなどへの環境教育まで広く取り組んでおり、主要な活動の1つが、ナマコの生息状況の調査と放流などによる個体数の回復だった。現状の個体数を調べることは大切な基礎調査であり、過去にアメリカから導入されていたのは、海底に1m四方の枠を置いてその中のナマコを数え、枠を1mずつずらしながら数十mの直線に沿って数えることを1セット、これを複数セット行った上で、ナマコの数を面積で割って生息密度を割り出す手法だった。
「ですが、同僚たちは線も引かずに枠を持って無作為に泳ぎ回り、大まかなエリアの中で見つけた数を記録するだけ。これでは観察した面積を算出できませんし、そもそも面積で割ることもしておらず、とても定量的なデータとはいえない状況でした。何の資料を参照して調査しているのかと聞くと、担当者の口伝でやり方が引き継がれているとの答え。その時点で、マニュアルを残さなければいけないと思いました」
調査方法の資料を残そうと決めた名取さんだったが、まずは現地について知り、同僚となる職員たちとの関係性も構築していくことに努めた。
「Tシャツと海パン、サンダルでどこへでも一緒に付いていって、配属先の業務に加わりました。何でも自分たちでやる習慣があり、皆で壊れた小屋の修理をしたこともあります」
そうして着任から半年ほどたった頃から、マニュアル作りに着手。一旦ドラフトを作って少しずつ更新していく形を取り、月に2回ほど行うナマコの個体数調査で一緒に数を数えたりしながら、実際の現場ではやりにくい部分を確認してドラフトを修正。次の時にやり方を変えてみるという試行錯誤を繰り返した。
「『潮位が高い時には底に全然手が届かない』など現場で初めて分かることもあります。きちんと面積当たりの数を把握するといった一番肝心な部分さえ外さなければ、手法は適宜アレンジして構わないと伝えていました。また、ナマコ漁経験者の同僚から、月の満ち欠けや潮の具合でナマコが多く出てくる時期について教わり、それも取り入れました。現地の知見を含むほうがパラオ人にとって覚えやすく、何よりも“納得感”があると考えました」
マニュアルが文字ばかりでは絶対に読まれないとも考えていた名取さん。できるだけ“絵”として分かるように写真類を多く取り入れながらブラッシュアップしていった。ただ、どうしても突き当たったのは基礎学力に起因する課題で、調査で肝心な「密度」の概念がなかなか伝わらなかった。名取さんは、学校で学んでいても、実生活に落とし込んで理解する経験が日本より乏しいのではと推測する。
「任期内で基礎的な講義も行いましたが、彼ら自身で次の担当者へ教え伝えることは難しいと判断し、Googleフォームにナマコの数などの数字を入力するとExcelのスプレッドシートに自動計算されて調査データが出てくるシステムを作って残しました。技術移転としては不十分かもしれませんが、もし担当者が代わってもシステムさえあれば必要なデータが得られる…というのが落としどころでした」
任期終盤の半年間は、ほぼ完成したマニュアルやシステムを使い、実践を繰り返す期間に充てた。名取さんは見ているだけに徹し、同僚にマニュアルだけを頼りに調査をしてもらうなど、自身がいなくなった後を想定した練習も実施。途中の工程を飛ばすようなミスもいろいろ生じたものの、所定の線に沿って、最低限必要な調査ができる状態までこぎ着けた。そして帰国後の今、新たにナマコ調査に就いた職員から名取さんに連絡があり、いくつか細かな質問のやりとりをした上で「このマニュアルがあればできそう」と言ってもらえたという。名取さんが任期を通して作り上げたマニュアルは、本人が現地を去っても同僚たちの手でしっかりと受け継がれている。
Text=飯渕一樹(本誌) 写真提供=名取則明さん