JICA海外協力隊(民間連携)制度 株式会社小川工務店 JJICA海外協力隊(民間連携)制度 式会社小川工務店

2年間の異国での奮闘を、人間として成長するための礎に

※文章内の制度名、派遣名称は派遣当時のものです。

株式会社小川工務店
代表取締役

小川 寛さん

小川 寛さん

自分が感じた衝撃を社員にも体験してほしい

子どもの頃、TVで見たアフリカに衝撃を受け、いつかは行ってみたいと思っていました。父の会社を継ごうと東京から長崎に戻り、しばらく経った29歳の時、「一回は挑戦しよう」と、青年海外協力隊に応募しました。会社を継ぐと思っていた父は猛反対。派遣前の訓練が終わる頃に「私は反対です」という手紙をもらうほどでしたが、私の熱意を知り、最後は横断幕まで用意して送り出してくれました。

1985年から3年間、ケニアの市役所に勤務し、小学校や診療所を建てる活動に従事しました。そこで学んだのは、人間の根源的な幸せについてでした。それまでは、車とテレビと冷蔵庫があれば幸せになると思っていましたが、そうではなかった。ケニアの人々が家族や宗教を大切にし、日曜日にはきれいな服を着て教会に行く姿を見たとき、「どちらが人間らしいのかな」と思い「はっ」としたのです。私にとってケニアでの3年間は、価値観が転換した大きな経験でした。

帰国後は、貴重な経験ができたことの恩返しとして、「同じような志のある人を送り出したい」と、協力隊の体験談を発表することなどで協力してきました。そんな時に、民間連携ボランティア制度(現「JICA海外協力隊(民間連携)」)ができ、迷わず自社に導入しました。私にとって、民間連携は国際協力を通じた社員教育で、海外で販路を広げるといった意図はありません。たった一度しかない人生を、いかに生きるべきか。この制度を通じて心の幸せを追求し、人生を豊かにしてほしいという思いです。

社員の人生が豊かになれば企業もまた豊かになる

2015年に、最初の社員を上水道隊員としてフィジーに送り出しました。派遣中は社内メールで日報の提出があり、フィジーでの活動を全社員に共有していました。報告を通じて、日本で働く社員も海外での日々を擬似体験でき、自分のことのように一喜一憂できたのは、大きな成果だったと思います。

2017年には、会社の65周年記念事業として、マレーシアへのスタディツアーを企画しました。希望する社員を募り、1週間現地にホームステイをしながら、マングローブの植樹を行いました。観光旅行ではなく、海外のリアルな生活を体験することが、その後の人生にとって大きな力となったはずです。

「なぜ、そんなことをするのか」と聞かれますが、答えは明快です。見識を広げ、さまざまな困難を経験することで、人間力を磨き、充実した人生を送ってほしいのです。「企業は人なり」の言葉通り、いかに優秀な人生観を持った社員がいるかが、企業の人格を決めるのだと思います。

建築部 次長

江口 秀満さん

江口 秀満さん

異なる文化に浸った日々が、自分を一回り成長させてくれた

2015年から2年間、JICAの民間連携制度でフィジーに渡り、水道整備の協力活動に取り組みました。社会人経験は約20年、39歳の時でした。

以前からボランティアに興味があり、JICAの存在も知っていましたが、仕事も家庭もありましたので、自分の思いだけでは行けません。今の仕事を辞めてまでチャレンジしようとは思っていませんでした。しかし、我々のような中間世代は、体力も仕事の経験もあり、本来なら現地で活躍できる世代です。会社からJICAの民間連携制度の話を聞いたときは、「これはチャンスだ」と、真っ先に手を挙げました。

渡航当初は、言葉が全く分からず、精神的に参ってしまいました。最初の3ヶ月は何もできず、「何のために来たのだろう」と日々徒労感に襲われました。しかし、ふと目の前の人たちを見ると、彼らは言葉が通じないことを気にも留めず、何でも受け入れる姿勢です。細かいことに目が行きがちだった私とは対照的に、何かが壊れても「誰かが直すだろう」という悠然とした態度。その時、自分があまりにも「活動目標を達成しなければ」という思いにとらわれていたのだと気付きました。半年ほど経ち、徐々に現地のニーズを理解し、文化の違いを理解できるようになると、自分自身の心が和らいでいくのを感じました。それからは、活動も楽しめるようになったと思います。

自分の活動が引き継がれ、続いていく喜び

フィジーでは、住民が安全な水を飲めるよう、農村を周り、EPS(Ecological Purification System:生物浄化法)という水システムを設置していきました。2年間で約200もの集落を巡って村長と交渉し、最終的には56村に導入しました。私の帰国後は後任に引き継がれ、現地の人たちが導入できる仕組みが整った今は、100村近くまで整備されたようです。また帰国後には、フィジーの大学とビデオ会議も行いました。大学内にEPSのモデル版を作り、授業に取り入れてもらうためのレクチャーを行なったのです。フィジーをはじめ、近隣諸国から優秀な学生が集まってくる場ですから、近い将来、彼らの活動を通じて安全な水がより多くの人に行き渡ることを期待しています。自分の蒔いた種が現地に根付き、成長していくことに、大きな喜びを感じています。

帰国してからの私を、上司は「対応力がついた」と評価します。それは、どこまで下に落ちても、そこから何とか這い上がる力がついたからかもしれません。現在は、働きながら通信制大学の学生をしています。JICAの民間連携制度を通じて広い世界を知った今、学びたいことがたくさん湧いてきて、興味は尽きません。今後はJICAでの経験や、大学での学びを生かして、仕事の幅を広げていきたいと思います。